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sekimoto

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昨日は日大理工2年生の「園児のための遊び場・学び舎」の全体講評会でした。今期はじめての課題でしたが、力作が揃い考え方のバリエーションについても学生のポテンシャルを見せられた気がしました。

最後の懇親会では、他ユニットの学生にも声をかけて、自身の指導教官とは違う視点でアドバイスをもらうという機会も貴重だったと思います。

一方で、、

自分が選出した4人の学生のうち2人が当日休む、そもそも全体講評会の聴講学生が少ないなど、朝から心が折られた日でもありました。

事情はいろいろだと思いますが、それなら他の子を選んであげれば良かったとか、そもそも今どきの学生は講評会自体に出たくないのか?(たまに辞退を申し入れてくる学生もいます)など、ぐるぐる考えて下がるテンションを必死に保ちながらの一日でした。

一方全体講評で選出された上位作品には熱意と”やりきった感”が漲っていて清々しかったです。もちろんうちのクラスの学生もがんばりました。皆さん、お疲れさまでした!



先日松山で講演をした話を書きました。いつもなら設計事例を写しながらその説明をするところですが、今回写真スライドは一枚も使わないという自分でも相当チャレンジングな冒険をした講演でした。(おかげで嫌な汗がたくさん流れました…)

ただ一方で、普段自分はどういう考えで仕事をしているのだろうと、我々の仕事を見つめ直す機会にもなりました。話しながら、我ながらすごく普通の話をしているなとつくづく思いました。聞いていた方はさぞや退屈だったのではないでしょうか。

ですが、これこそが私の仕事観の根幹であることに変わりがありません。講演では他にもその先にある各論についてもお話ししましたが、自分の胸に刻むためにも冒頭部分についてここに残しておきたいと思います。


■ 我々は何のために仕事をするのでしょう?

「あなたは何のために仕事をしているのですか?」
こう問われたら、あなたはどう答えるでしょうか?

・お金のため
(生活のため/家族のため/趣味や交際のため/遊ぶため)
・自己実現のため
(夢を叶えたい/なりたい自分になりたい)

それはどれも正しいと思います。私にもそのような気持ちがあることは否定しません。でも一番大きな動機ではありません。では何のために?と問われたらこう答えます。

「誰かの役に立つため」

当たり前すぎる答えかもしれませんが、ただ普通にそう思います。

逆に言うと「仕事をする」ということは「誰かの役に立つことをする」ということだと思います。だから、そう思えない仕事をしていると人の心はすさんでゆきます。自分は何のために生きているのか、その目的を見失ってしまうのです。

すぐに仕事を辞めてしまう人は不幸な人だと思います。自分が誰かの役に立っていると思えないのです。もしかしたら、むしろ誰かに迷惑をかけている、もしくは不幸にしているとすら思っているかもしれません。

あるいはこういうケースもあるかもしれません。人は仕事に自己実現を求めます。なりたい自分になりたい。かつて私もそうでした。だから、なりたい自分になれていないことが焦りとなり、環境を変えることで実現できるのではないかと考えるのです。

当時の自分に欠けていたのは、自己実現の先に何があるかという考えでした。自己実現を果たすことで結果的に人の役に立つことができなければ、やはりその人の人生は迷路に入り込むことになると思います。

たとえば独立することが夢だったとしても、独立した先の目的意識が、社会や誰かの役に立つという目的につながっていなければ、独立した瞬間にその人は路頭に迷ってしまいます。ただ、お金のためだけに仕事をすることになるのです。

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■ 我々はどこを向いて仕事をしているのでしょう?

では、我々はどこを向いて仕事をしているのでしょうか?

仕事をする目的が「誰かの役に立つため」だとしたら、答えは簡単です。我々は依頼主の方を向いて仕事をしなくてはなりません。そんなこと当たり前じゃないかと思いますか?しかし、意外とこれは常に胸に刻んでいないと忘れてしまいがちなことなのです。

会社に勤めておられればなおさらな事です。個人ならできることも、企業になると企業論理や利益が優先される場面も多々出てきます。また、上司がいれば上司の意見や指示に従わなくてはならない場面も出てくるでしょう。それは勤め人であれば仕方がないことだと思います。

ただここで胸に手を当ててみてください。

実は上司の指示に従っているのではなく、上司の顔を見ながら仕事をしてしまっていることはないでしょうか?人間は誰しも承認欲求がありますから、褒められると嬉しいものです。自分に直接評価を下す上司に気に入られたいと思うのは当然のことです。

ただ先ほどの「誰かの役に立つ」という意味は、「上司の役に立つ」という意味ではないのです。

それは私の事務所でも日常茶飯事で起こることです。スタッフ達は皆優秀ですが、往々にして私に認めてもらいたいと思うがあまり、私の方を見て仕事をしてしまいます。

私がそう言ったわけではないのに、時に私が過去に承認した判断基準をもとに物事を決めようとしてしまいます。そしてそれを我が事務所のルールであるかのように錯覚してしまうのです。我々の依頼主は毎回、趣味や性格も異なるのにもかかわらずです。

これを私は「思考停止」と呼んでいます。
私ではなく、我々はどこを向いて仕事をしているのかを考えなくてはならないのです。常にゼロベースで、です。私のさらにその先にいる、依頼主(あるいは利用者)に対する思いやりや想像力、言い換えると「当事者意識」こそが設計力を育むのだと思います。

ほかにも、建築家であればメディアや社会的評価の方を向いて仕事をしてしまうこともあります。同じ業界人から「すごい」と言われたい、「いいね」されたい。これもまた承認欲求です。また現場に立たされれば、目先のトラブルの解決や職人さんの手間、工期やコストの問題などが優先されてしまうこともあるでしょう。

そんなときは必ずこれを思い出すようにしています。思い出すだけでなく、声に出して関係者とそれを共有します。

「我々はどこを向いて仕事をしているのか」

どんなトラブルも、これに優先されるものはありません。美しい家を作るという行為も、結果的に依頼主に喜んで頂くためであって、メディアや誌面を賑わせるためではありません。逆に言えば、これさえ踏み外さなければ、その人は間違いなく依頼主に信頼され、感謝される存在になれると思います。

依頼主に感謝されると、「自分は何のために仕事をしているのか」という冒頭の問いに対する明確な答えが自分に返ってきます。自分は人の役に立っているのだと実感することができます。

人にとって、自分が誰かから求められる存在であるということほど嬉しいものはありません。それこそが仕事の本質であると私は思います。

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昨晩は愛媛の松山にて、コラボハウスというハウスメーカーさんにて講演をさせて頂きました。

コラボハウスさんのことは、昨年の北欧旅行に社員さん(林さん、森さん、中さん)が参加されていたことから知り、その後のご縁もあって今回全社員さんが集まる場でお話をさせて頂く機会を得ました。

社員さんの定期集会を兼ねていたようですが、大きなホールに満席の100名ほどとなり、普段ここまで多くの方の前でお話することは少ないので、いつになく緊張しました…。

コラボハウスさんというのは愛媛を中心に展開されているハウスメーカーさんなのですが、お話を聞けば聞くほどユニークな会社で、代表の一人である清家さんもまた…こんな個性的な経営者の方を私は知りません笑。

設計力も高いコラボさんを前にどんな話をしようかと悩みましたが、いつもは具体的な設計事例の話などをするのですが、今回は私が仕事をする上で心がけていることや、建て主さんとの接し方など、普段あまりお話しないようなことを中心にお話しさせて頂くことにしました。


さすがだなぁと思ったのは、これは意識の高い会社の特徴でもあるのですが、この規模の会場になると講演後の質問も少なくなるのですが、次々に手が挙がり、それも的を得た質問ばかりで唸らされました。

その後の打上げの席でも私の周りに集まって下さり、次々に様々な質問を矢継ぎ早にして下さったのもとても嬉しかったことでした。中には、講演を聞きながら、質問をびっしりノートに書き出していた人も。

経験上、こういう時にも気後れして講師のそばに寄り付かなかったり、せっかくの機会なのに何も質問をしない人もいて歯がゆくなることもあります。

日頃スタッフや学生にも、人を見たらとにかく質問をしなさいと諭している身としては「さすが」と思う場面でした。これは各社員さんが、皆当事者意識と問題意識を持っている証だと思います。

また普段はこのような講演は聞かないとおっしゃる営業畑の方にも響いたようで、お店を移した二次会の席でも私の話から受けたインスピレーションについて熱心に聞かせて下さるなど、こちらもとても感激しました。


今回は慣れない話をしたこともあり、正直自分の伝えたいことの半分も伝えられなかったように感じていたのですが、少なからずの方に届いていたようでしたら救いになります。

今回はこのような機会をありがとうございました。コラボハウスさんの底力と、最高のおもてなし力を感じた1日でした!



建築家・益子義弘先生の設計によるホテリアアルトのことは、たびたびこのブログに書いたり、「建築知識ビルダーズ|2017年NO.29」に特集記事として書かせて頂いたりしましたので、ご存じの方も多いかと思います。

そんなホテリアアルトの別館の計画が進んでいるという話は、以前から益子先生から伺っていて、私も一ファンとして完成を楽しみにしていたのですが、先日4日にその完成記念レセプションがあるということで、益子先生よりお誘いを頂きお邪魔してきました。
なかなか足を運べる場所ではないかもしれませんので、この貴重な機会をレポートしたいと思います。

ちなみに以下の写真は、2017年3月にビルダーズの取材依頼で木藤編集長とアトリエにお邪魔した時のものなのですが、テーブルの上にこの別館の模型が乗っています。この時点ではまだ基本設計中でした。


まず基本情報としてですが、ホテリアアルトは裏磐梯にある、元は上尾市の保養施設だった建物が益子義弘先生の改修設計により現在の姿に生まれ変わったホテルです。

私は過去に3回ほど宿泊したことがありますが、そのホスピタリティ溢れるサービスと佇まいは、訪れる度に心の底から癒やされます。宿泊費がちょっと高いのですが、えいやっと奮発する価値は充分にありますので、是非一度は体験して頂きたいと思います。

ホテリ・アアルト
https://hotelliaalto.com/


本館の設計はリノベーション(改修)によるものですが、この別館の計画はあらたに”新築”として計画されたものです。本館は少し小高い丘の上に建っていますが、別館はこの本館から水辺に向かって下った場所、まさに池面すれすれという場所に建っています。

裏磐梯と言えば国立公園である五色沼がある場所ですから、まさに「裏磐梯にやってきた」ということを心から実感できる空間体験になると思います。さすがにここまで水面すれすれに建つホテルは裏磐梯にはないはずです。

それがどのくらいかと言うと、


レストランから


お風呂から


そして客室からも、池面(五色沼なので沼面でしょうか?)が触れるくらい近くに感じることができます。遠景からは、池面に浮かんでいるようにも見えます。

もうここで、この解説を終わりにしても良いとすら思います。この先にある細かいディテールをちまちま説明するなど野暮というものです。この佇まいこそがすべてなのですから…。


こちらは本館です。
本館は、前述のように既存の保養所を改修設計するという設計の自由度に対しての足枷がありました。今回は改修ではなく新築設計ですから、さぞや伸び伸びと設計できるかと思いきや、おそらくは先の改修以上に多くの制約がのしかかったであろうことは、実際に見ると容易に察しが付きました。

改修設計なら、プランや構造など含めて、ある程度はコントロールができます。気に入らなければ壊して作り替えてしまえば良いのですから。しかし自然が相手ではそうはいきません。

設計意図としても、自然地形を生かして造成などは原則行わないという大きな設計方針があったようです。


たとえば、とある客室から外を眺めると、こんな感じで手付かずの自然を眺めることができます。一般宿泊者なら感激して下さるポイントだと思います。

斜面のふちの部分に多少手が入れられている以外は、文字通り自然がそのままの状態で見えています。植栽も後から植えたものはないそうです。


窓から下を見るとこんな感じです。天然の湧水がこんこんと湧き出てせせらぎになっています。この水の底に藻が生えていることに注目して下さい。竣工直後のリゾートホテルで、このような状態になっていることはまずありえないことです。

これは工事を着工する前に、この敷地のへりの部分を決め、先に外構工事を行ってから建て始めたということのようです。

今どきのリゾート開発なら、自然であるかのように見せかけて人工的に水を流したり、コンクリートで固めてコントロールしやすいようにするところですが、その形跡が見当たりません。


また建築関係者の悲しい性ですが、「このズブズブに水が湧き出してくる中で、基礎工事はどうやって進めたのだろう…?」と壮絶であったであろう施工の裏側も頭をよぎってしまいます。きっと泊まっても安眠できないかもしれません笑

実際に聞くと、基礎もさることながら、掘るとごろごろと巨大な溶岩石に当たってしまい、根切り工事もままならなかったとのこと。建物周囲の池面にさりげなく?ころがっている巨石はその残骸です。

一般の方はまったくそんなことを考えなくて良いのですが、建築関係者ならそれを眺めて、眠れぬ夜を過ごすと良いと思います。



客室は本館同様、益子先生の設計の真骨頂を堪能することができます。本館でも感じたことですが、細かい設えを取り出してこの納まりがどうとか、寸法がとか、そういうところも沢山ありますが、そんなことはここでは書きません。

設計がすっと一歩引いていて、でしゃばりすぎない。この部屋で一晩を過ごすゲストのために、あるいはゲストの振る舞いがここに加わることでようやく客室として成立するような、そんな意図を感じます。それが素晴らしいと思うのです。

僭越ながら、私も自らの設計もそうありたいといつも願っています。
人は我々の住宅を見てディテールがどうとかよく言いますが、実際には我々はそんなことどうでもいいんです。人に気を遣わせないために、人一倍気を配る。それが住宅を設計することだと思うからです。


一方でこんなところもあります。共用廊下に施したちょっとしたデザイン。益子先生らしい遊び心が滲み出ていて大好きです。

建築って、機能一辺倒で合理的なだけじゃダメなんですよね。「え、なにこれ。おもしろい」とか、そこまで意識的にさせなくても、言葉では説明できないような場所を作ると、その場所に愛着のようなものが生まれるような気がします。

ここでは長い廊下を歩かせるのに退屈させないように、という心遣いが見て取れます。きっと「この照明おもしろいね」なんて会話を交わしていると客室に着いてしまうんでしょうね。

リゾートホテルにありがちな、超長い廊下を苦痛に感じる私は、こんな設えもニヤニヤしながらすごく共感してしまいます。



そんな長い廊下の途中にある、こんな読書コーナーもいいですね。
裏話として、当初喫煙コーナーにしようとしたら周囲の大反対で読書コーナーになったのだとか?愛煙家である益子先生らしいエピソードです。

椅子に身を沈めると、美しい水面を一望することができます。天井も低く抑えられていて本当に落ち着きます。宿泊したら、少し早く起きて誰も居ないこのスペースを独り占めしたいなと思いました。

この美しい窓ですが、実は現場で大工さんが窓の取り付け高さを間違ってしまったらしく、設計より低くなってしまったのだとか。でもその説明を聞いても全く違和感がありません。もしかしたらこの大工さん、天才かもしれません。



そしてレストランに下がるこの照明もオリジナルです。これがとっても完成度が高くてびっくり。とても「ちょっとデザインしてみました」というレベルのものではありません。益子先生曰く、水面にはばたく水鳥のような佇まいをイメージされたそうです。

担当したスタッフの宗像くんから製作の苦労話を聞きました。ここでは詳しく書きませんが、訪れたら是非着座して、この”水鳥”と水面とを重ねながら風景を眺めてもらいたいと思います。



これは本館前の庭から別館を眺めた写真です。
池面に向かって下っていることもありますが、ほぼこの別館の外観を納めることは不可能です。そのくらい控えめな建ち方をしています。唯一のファサードは湖面からという。



全体としてどこが元からある改修で、どこからが新築で増築したのか、おそらく過去に訪れた人もわからないくらい自然な建ち方になっていることが、この計画のすべてと言って良いと思います。


他にも感じたことや気付いたこと、お話ししたいことが山ほどありますが、この空間を私の言葉で説明することほど野暮なものはないと思いますので、ここでは控えさせて頂きます。以下にいくつかその他写真を載せておきます。

この別館は今月11日から宿泊が開始になるようです。
すでにリピーターを中心に予約が多数入っているようで、年内は数ヶ月先まで別館の予約は埋まっていると聞きました。

ですが先ほど覗いたら、ピンポイント的に宿泊できる日程はあるようです。私のイチオシは、池にせりだした最も先端にある「105号室」です。私もいつか泊まりたいと思います!

ホテリアアルト予約ページ
http://www2.489ban.net/v4/client/plan/list/customer/aalto

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なんと、今回ホテリアアルトのオリジナルウィスキーも作ってしまったのだそうです!もちろん、こちらは運営側の話ではありますが。単にラベルを張っただけではなくて、モルトから吟味して作ったオリジナルだそうです。そこまでやるか…。


たびたびの書籍告知で申し訳ありません。
エクスナレッジ社からの新刊で「緑の家。」というタイトルの本が出ました。こちらには私の自邸(OPENFLAT)が掲載されています。

『緑の家。』 (エクスナレッジ)
> Amazonのサイトへ


住まいそのものというより、タイトルが示すとおり植栽や外部空間と室内とのつながり、暮らし方のようなところにフォーカスがおかれた編集になっています。

そのため掲載された事例も竣工してすぐのものではなく、私の自邸も築12年を経過していますが、このように数年の風雨に晒されて、内外の関係が程よく融和した事例が選ばれて掲載されている印象です。


私の自邸のほかにも、中村好文さん、堀部安嗣さん、手嶋保さん、アンドウアトリエさんといった敬愛する建築家の方々や、大学の同級生でもある布施木綿子さんの主宰される佐藤・布施建築事務所さんなど、同志たちの仕事も収録されています。

常々緑と住まいは対をなすもので、予算はなくとも植栽だけは手を抜かないでやりましょう!と言い続けている私としては、間取りの解説本も良いですが、たまにはこんな本を手に取って頂き「やっぱ、何はなくとも緑だよね~」などと呟いて頂けたら嬉しく思います。

書店で見かけましたら、是非お手に取って見て下さい!