韓国の釜山でひらかれていたユネスコ世界遺産委員会は、AALTO WORKS(アルヴァ・アールト設計による13の建築群)をユネスコ世界遺産に認定する決定をしました。
このニュースは、アールト財団をはじめ、アールト関連アカウントやアールト建築を擁する各行政のオフィシャルアカウントでも一斉に配信され、昨日のインスタグラムはこれ一色で埋まりました。まさに打ち上げ花火のような「アールト祭り」状態!フィンランド人にとってこれがどれほど誇らしいことかが伝わってきて、胸が熱くなりました。
アールトの建築は、これまでも世界遺産の登録に関わらず行政やアールト財団の献身的な活動によって手厚く守られてきました。今回登録されなかったとしても、それは変わらなかったと思います。その上で今回の世界遺産登録の意味を考えると、
・コルビュジェ、F.L.ライトと肩を並べて、アールトの建築群が近代建築の傑作として世界遺産として認められたこと。
・世界遺産に指定されることで、単に建物を維持するだけでなく、将来の世代へ継承するための国際的な保存基準と保護体制がより確固たるものになること。
・これまで個別に評価されてきたアールトの単体の建築が「AALTO WORKS」という群として、つまり「アールトの建築」として包括的に認知され評価されたこと。
といったことがあると思います。
つまりアールトの建築が「フィンランドが守るべき財産」から「人類全体で守るべき財産」になったことで、商業主義や政治力から建築が半永久的に守られることも同時に意味します。建築団体や市民の声を無視して解体が決行されてしまった丹下健三氏の旧香川県立体育館の例を考えれば、これほど強い保存への意思表示はないと思います。
以下に、昨晩配信されたアールト財団からの声明文の要約(翻訳)を添付します。
https://www.alvaraalto.fi/en/news/aalto-works-series-inscribed-on-the-unesco-world-heritage-list/
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【アールト作品群(AALTO WORKS)がユネスコ世界遺産リストに登録】
人間味あふれるデザイン・アプローチを特徴とし、アルヴァ、アイノ、エリッサ・アールトによる近代建築の決定的な役割を示す13の建築群「アールト作品群」が、ユネスコの世界遺産リストに登録されました。この決定は、韓国・釜山で開催されたユネスコ世界遺産委員会において2026年7月26日になされたもので、フィンランドで8番目の世界遺産となります。
登録された13の建築・建築群は、モダニズム、フィンランドの福祉国家の発展、そして人間的な視点を象徴しています。現地に出席していたアルヴァ・アールト財団のCEOトンミ・リンダ氏は「ユネスコ世界遺産への登録は、アールト夫妻の生涯の仕事が国内のみならず国際的な建築・デザイン史においても重要であると認められた明白な証であり、フィンランド人として誇りに思います」と喜びを語りました。
登録されたアールト作品群:
1. パイミオのサナトリウム(1929–33、パイミオ)
2. アールト自邸(1935–36、ヘルシンキ)
3. スニラ製紙工場・住宅街(1936–38、1947、1951–54、コトカ)
4. マイレア邸(1938–39、ポリ)
5. セイナッツァロの町役場(1949–52、ユヴァスキュラ)
6. ユヴァスキュラ大学 アールト・キャンパス(1951–71、ユヴァスキュラ)
7. セイナヨキ・シヴィックセンター(1951–87、セイナヨキ)
8. ムーラッツァロの実験住宅(1952–54、ユヴァスキュラ)
9. 文化の家(1952–58、ヘルシンキ)
10. 国民年金局(KELA)(1953–57、ヘルシンキ)
11. スタジオ・アールト(1954–55、1962–63、ヘルシンキ)
12. 3つの十字架の教会(1956–58、イマトラ)
13. フィンランディア・ホール(1962/1967–75、ヘルシンキ)
「長年にわたる準備作業が実を結びました。アールトの遺産は、建築が獲得し得る最も権威あるグローバルな評価を受けました」とリンダ氏は述べています。
◼️デザインの核心にある人間的アプローチ
建築家アルヴァ・アールト(1898–1976)の偉大な業績には、最も身近な協力者であったアイノ・アールト(1894–1949)やエリッサ・アールト(1922–1994)、そして事務所のスタッフたちが不可欠な役割を果たしました。
1920〜80年代に設計されたこれら13の建築は7つの地域に点在し、住宅、コミュニティ、労働、家庭生活のニーズに応えてきました。教育、地方自治、行政、福祉、精神生活、余暇といった課題を建築の力で解決しようとしたものです。
20世紀のモダニズム精神に基づき、身分や富、健康、年齢、性別に関わらず、すべての人の快適で機能的な日常環境を追求しました。市民のウェルビーイング(幸福)は社会発展の核心であり、近代建築はフィンランドのアイデンティティの一部となりました。
◼️長年にわたる準備の背景
今回の登録は40年に及ぶ準備の成果です。1986年のスニラ地区の提案や、2004年のパイミオのサナトリウムの暫定リスト入りなどを経て、複数の建築をセットにした「アールト作品群」構想が浮上。2021年に暫定リストへ掲載され、2025年2月1日に正式提案されました。
今回の登録は、ル・コルビュジエ(2016年)やフランク・ロイド・ライト(2019年)の作品群に続くものであり、20世紀のフィンランド近代建築として世界遺産リストを補完することになります。
◼️世界遺産登録の意義
アルヴァ・アールト財団のミュージアム・ディレクターであるユッカ・サヴォライネンは、「この登録によりフィンランド・デザインへの国際的評価が高まり、デザイン先進国としての地位がより強固になります。また、保全、教育、文化観光など多様な分野での新たな協力の機会が生まれます」と強調しています。
以前投稿した写真家・高橋恭司さんによるアールト自邸オリジナルプリントが届きました。元は私がコーディネーターを務めた2002年のエクスナレッジホーム創刊号[Who's Alvar Aalto]のために撮り下ろして頂いた写真を、先日の個展で購入したもの。
展示で眺めていたよりも、手に取って間近に眺めると光の妙が際立って見えます。8x10と呼ばれる大判カメラによる撮影。デジカメには到底再現出来ない質感だとあらためて感じます。
これまで数多のメディアで撮り下ろされてきたアールト自邸ですが、この写真には圧倒的な異質さがあって、構図を眺めているとピアノの上のアイノの肖像写真が亡霊のように浮かび上がってきます。
そうか、恭司さんはアルヴァではなくアイノの影をこの空間に感じて切り取ったのかもしれない。真の意図はわかりませんが、スピリチャルカメラマンと呼ばれる高橋恭司さんらしいカットと言えそうです。
この写真のネガは焼き捨ててしまったそうなので、世界で一枚だけのオリジナルプリントになります。一生の宝物として、事務所に大切に飾りたいと思います!
来週の土曜日(6月13日)になりますが、北欧建築・デザイン協会(SADI)の総会にあわせて記念講演を企画しております。今年はギャラリーA4(エークワッド)館長でもいらっしゃる岡部三知代さんに「今も輝く作品を残した女性たち」というテーマでお話を頂く予定です。こちらはどなたでもご参加頂けます。
ギャラリーA4では過去にもアルヴァではなくアイノ・アールトにフォーカスを当てた展覧会企画で話題になりましたが、ほかにも、トーヴェ・ヤンソン、バージニア・リー・バートンといった女性作家の展覧会企画、そして現在はノエミ・レーモンド(アントニン・レーモンドの妻)の展覧会も開催されています。講演ではそうした前出の時代を切り拓いた女性作家達の生き方や残した仕事についても触れて頂く予定です。
これまで展覧会といえば「時代の大看板」ばかりに脚光が当てられてきましたが、A4のキュレーションにはよりフラットに社会を捉えようという視点があると感じています。
現在開催中のノエミ・レーモンド展には先週足を運びましたが、これまでアントニン・レーモンドの設計と言われてきた作品のいくつか(特に住宅作品)や家具などはノエミによるものであることは今回初めて知りました。これはアルヴァとアイノの関係にもとてもよく似ていて、二人は分かちがたく”二人で一人のレーモンド”であるとも感じました。
講演会は会員以外の方もお申し込み頂けます。会場の「東陽町ぐりんたす」はギャラリーA4と目と鼻の先ですので、当日「ノエミ・レーモンドの建築と意匠」展とハシゴする形で是非足をお運び下さい!
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『今も輝く作品を残した女性たち』
― ギャラリー エー クワッドでの展覧会を通じて ―
講師:岡部三知代 氏(ギャラリー エー クワッド主任学芸員/館長)
日時: 2026年 6月13日(土) 15:30~17:30(受付15:00~)
会場:Toyocho green+ | 東陽町ぐりんたす 2階ホール
参加費:一般 2,000 円/学生 500 円
定員 : 50名(先着順・事前申込制)
■お申し込み方法と詳細はこちらより
https://sadiinfo.exblog.jp/36477107/
ギャラリーA4
「ノエミ・レーモンドの建築と意匠」展(6/18まで)
https://www.a-quad.jp/
今から25年前、フィンランド留学中に現地コーディネートを担当した「エクスナレッジHOME創刊号/アールト特集」。建築知識社はこの時エクスナレッジ社になり、編集長はのちに社長になる澤井聖一さんが就任、アートディレクターに角田純一さんを起用という、当時超保守系出版社だった建築知識社が社運をかけて、攻めに攻めて出した雑誌がこの「エクスナレッジHOME」だった。
どのくらい攻めたかというと、日本から連れてきた写真家の一人が高橋恭司さんだったということがそれを象徴していた。
高橋恭司さんは90年代を代表するカルト写真家。けして雑誌の取材で編集者の指示で写真を撮るような人ではない。エイトバイテン(8x10)という大型写真機を使って、一日数枚しかシャッターを切らないというカリスマがアールトを撮る。それが逆に創刊号の目玉の一つにもなっていた。
そんな恭司さんの行く先々で当時どんな事件(ハプニング)が起こったのか、それはことあるごとに話しているのでここでは書かない。
そんな高橋恭司さんがこの雑誌のために撮った2001年のアールト写真が現在、新井薬師前の「スタジオ35分」にて展示されていて、今日ようやく足を運ぶことができた。
ギャラリーは隣のバーと繋がっていて、来場者は必ずバーでワンドリンク頼むというシステム。これ初めてきた人は、もしかしたら扉開けた瞬間に閉じちゃうかもしれない。
恭司さん、あろうことか当時のネガを全部燃やしちゃったそうで、ここに飾られているのは恭司さん自身が当時暗室で焼いたオリジナルプリントで、この世にこれしかもう残っていないという。すごく欲しかったのだけれど値段見たら心折れる金額で、流石に写真一枚にそこまで出せないと潔く諦めもついた。
最後ワンドリンク飲んで帰ろうと思っていたのに、一人バーカウンターで飲んでいると酔いが回ったのか「このまま帰っていいのか?」とぐるぐるしはじめ、、
結局買ってしまった!
高橋恭司さんによるアールト自邸のオリジナルカット。いい写真だ。25年前の私から、今の私にタイムスリップして届いた一枚。遠い昔の忘れ物をいま取り戻したような不思議な体験だった。
バーの店主も写真家で恭司さんと親しいらしく、私が25年前に現地コーディネーターを務めたのだと伝えるとすごくびっくりしていた。スピリチャルカメラマン高橋恭司さんのまわりでは今も不思議な事件が起こり続けている。
映画「かもめ食堂」が公開20周年を記念して、現在2週間限定で劇場公開している。人気があるからもう少し公開期間は延びんるんじゃないかと思うけど、久しぶりに週末にスクリーンで見てみようと思う。
かもめ食堂は、フィンランド・ヘルシンキを舞台にサチエ(小林聡美)が食堂をひらくという話。設定はある意味荒唐無稽だけれど、そこに流れている空気感や、小林聡美さんの肩の力の抜けた演技が私の知るヘルシンキの空気感にぴったりはまっていた。
再公開もあいかわらずものすごい人気で、小林聡美さんや片桐はいりさんが登壇する回は予約が瞬殺で埋まってしまった(トライしたけれど全く歯が立たなかった)。そして当時の劇場パンフレットの復刻版は初日でソールドアウトしたらしい。
冒頭に載せた写真は20年前当時のパンフレット。大切にとっておいて良かった。当時のチラシには当時の公開日も刻まれている。20年後に再公開されるなんて当時は考えられなかった。
フィンランドに行ったことのない人も、うちの建て主さんは「かもめ食堂」だけは知っている、DVDで見た、大好き!という方がとても多い。フィンランド人気の火付け役にもなった映画だ。
公開当時、劇場ではじめて見てびっくりしたのは、そこに私の友人の家が使われていたことだった。現地アソシエイトプロデューサーに名を連ねていた森下圭子さんも当時の友人で、ロケ地に使われた家の友人とも共通の友人でもあったので、森下さんのコーディネートなのかと思ったらそうではなく、荻上監督が自分の足で見つけてロケ地に直談判したらしいと聞き二度びっくり!
映画の中で、酔っ払ったフィンランド人が担ぎ込まれて本棚の前で過去を独白するシーンです。その他にもそのフィンランド人宅のテラスで語り合うシーンや、リンゴの木に藁人形を打ち込むシーンもこの友人宅が使われています。
かもめ食堂は実在したカフェ(Kahvila SUOMI)をロケ地に使ったところ、映画人気でこのカフェに日本人観光客が殺到し、のちに実際に「かもめ食堂」に店名を変更したという経緯もある。私は家族と10年前に訪れた。
そんなかもめ食堂も昨年9月に閉店し、今は別の経営者によって、別の場所にお店が移されていると聞いた。でもあの場所でなくては意味がないようにも思える。
そんな思い出の詰まった映画。フィンランドってこんな感じなんだと思ってくれたら、その”感じ”はかなり実感に近いと思います笑
DVDなどでも見れるけれど、まだ見たことのない方はこの劇場公開中に是非スクリーンで!上映館はこちらより。
https://filmaga.filmarks.com/articles/331141/
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