26. 09 / 30

身の丈に合った

author
sekimoto

category
> 思うこと
> 社会


身の丈に合った選択をする。身の丈に合ったものを身につける。「身の丈に合った」というのは日本人の美徳のひとつで、過度な贅沢を戒める言葉だ。

けれど、我々のような設計事務所に相談にいらして、結果的にそれを諦めるときにも、この言葉はよく使われる。「身の丈に合った家にすべきだと考え直した」「身内から身の丈に合わないと咎められた」など。

それはまるで、設計事務所に設計を依頼することが「身の程知らずの贅沢」であるかのようだ。そのたびに、そうじゃないのに、と思う。

そもそも、その「身の丈」というのは、いつの時点の身の丈なのだろう。

我々がつくり出す身の丈は、いわば「近い未来の身の丈」だ。自分が本当に住みたいと思う家を建てる。それによって多少の背伸びをすることになったとしても、新しい環境がその人の気持ちや行動を変え、暮らしそのものを少しずつ変えていくこともある。

人は今の身の丈に合わせて家をつくるだけではない。新しい家に暮らしながら、その家に似合う自分になっていくこともあると思う。

それが、その人にとっての「あるべき身の丈」ではないだろうか。我々がつくる家もまた、そんな少し先の身の丈を見据えてつくっている、ともいえる。

我々と家づくりをして、建てなければ良かったという人には幸いまだ出会ったことはない。むしろ家を建てたことで、暮らしだけでなく、その人自身の何かが確実に変わっていく姿はこれまで何度も見てきた。

これは建築に限らず、デザインを生業とする仕事は皆そうなのだと思う。

今ではなく、少し先の未来。
こうありたい、と願う気持ち。

そこに寄り添い、まだ形になっていない未来を少しだけ先取りして見せること。それが我々の仕事なのだと思う。そして「あるべき身の丈」を手に入れた人は、やがて本当にその身の丈に合った暮らしをつくりあげていく。

どうかその住まいが、身の丈に合った住まいでありますように。

このシルバーウィークの旅行では、極力写真はiPhoneを使わずにデジカメ(RICOH GRⅢ)で撮影した。GRは建築を撮るには画角がやや狭い(35mm判換算で28mm/iPhoneは13~24mm)のが玉に瑕なのだけれど、初日にこそiPhoneとGRを併用していたものの、そのあまりのGRの画質の良さにそれ以降はiPhoneで撮ることをやめた。

正直iPhoneの手軽さは捨てがたく、ポケットに忍ばせていつでも撮れるし、SNSなどにも投稿しやすい。コンパクトとはいえGRを常に首や肩から提げているのはやっぱり邪魔だし、ついカバンにしまいたくなる。

iPhone17Proに換えたときは、そのあまりの写真の解像度の高さにもうデジカメはいらないと本気で思った。けれどiPhoneは広角であるが故に主題がボケる。コントラストが強くて写実的になりすぎる傾向もある。感動した風景も、写真をあとで見返すとひどくつまらない風景に見えることもある。

GRは画角が狭い代わりに、自分の目で見ている中心だけをトリミングしてくれるのがいい。うっすら霞がかかったようなソフトなフォーカスも情緒的。なにより立上がりがめちゃくちゃ早いので、電源ボタンを押してから1秒後にはシャッターが切れるのもいい。

この旅行の写真で、以下の写真のうち最初の写真はGRⅢ、次の写真は同じアングルでiPhone17Proで撮ったもの。これは人によって好みが分かれるかもしれない。あなたはどちらが好みでしょう?(ちなみに、ここ数日上げている旅行の写真はすべてGRの写真)

<追記>
GRですが、現在は後継機のGR4が出て価格も23万以上もしているようです。それで買えれば良い方で、品薄で手に入らなくなっているとも聞きます。
信じられないかもしれませんが、最初に5年前に息子にプレゼントしたGR3は当時8~9万くらいでした。そのあと自分のがほしくなり2年前に今の機種を買いましたが、その時点で13万くらい。ずいぶん値上がりしたとびっくりしたのですが、その直後から市場から消え、値段が信じられないくらい高騰して今に至ります。良いカメラなんですけどね、、。

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↓RICOH GRⅢ

↓iPhone 17 Pro

↓RICOH GRⅢ

↓iPhone 17 Pro

↓RICOH GRⅢ

↓iPhone 17 Pro

↓RICOH GRⅢ

↓iPhone 17 Pro


坂倉準三氏設計の旧上野市庁舎は市民による保存運動の末、2022年にPFI事業の公募が行われ、MARU。architectureの設計により図書館と宿泊施設を持つ施設【SAKAKURA BASE/泊船】へとコンバージョンされた。

同市に残されていた坂倉建築は過去に次々と壊され、この旧市庁舎は最後の砦のようになっていた。写真で見ても実にプロポーションがよく、一度実際に空間体験と宿泊をしてみたかった。





図書館は今年の4月にオープンしたばかりだというが、すでに多くの市民によって活用され、愛されているのがひしひしと伝わってくる。夜は21時まで空いているので、高校生は遅くまで粘って勉強しているし、仕事帰りの会社員も多くの人が利用していた。

2階に設けられた「泊船」と名付けられた宿泊施設は、元は市長室や会議室などの執務スペースだったものを客室にコンバージョンしたもの。とても上質な改修で、照明計画も美しい。シングルガラスによる熱損失を障子やハニカムスクリーンで補っている。入口のドア枠は当時の枠を再利用しているとのこと。





2階の中庭に向けてはコルビュジェばりの象鼻のガーゴイルが伸びていて、これもとてもチャーミングだった。中庭に繁ったクローバーと薄いグリーンのカーペットもとても空間に合っていた。とにかく改修に当たっては隅々にまで坂倉建築へのリスペクトが感じられ、心を打たれた。素晴らしい仕事だと思った。

まさかこれを解体しようだなんて議論が起こっていたこと自体が信じられない。この建物は市民の誇りそのもの、地方都市に残る至宝だと強く感じた。旧香川県立体育館も、絶対にこういう施設に生まれ変わらせることができるはずだと思う。



2014年竣工のDIVEもかれこれ築12年。構造家の山田憲明さんと協働した崖に2.7mも持ち出したキャンティレバーは今見ても鮮烈。スターウォーズに出てくる要塞みたいだなと改めて思う。

最近の集中豪雨でのお困りごとのご相談に。当時小さかった娘さんは高校3年生。建築学科を目指していると聞き嬉しかった。

過去のほかの建て主さんのご家庭でも、お子さんの建築学科進学率は群を抜いている。家が与える影響の大きさを思う。

断続的に見える景色が、その向こうに広がる風景を編集し拡張する。最近感じていたことを、昨日のイベントで中村篤史さんの語った視点に頷いた。

つくばの古い集落の一角に建つ家。周辺は昔から皆同じ苗字だという。集落の風景に馴染ませるというより溶け込ませたい。最近続いているカモフラージュ・ローカリティ。

最近農家の持つ構えにとても興味がある。そういえばアールトのマイレア邸も、モデルになっていたのはニエメラの伝統的農家だった。