風を受けて舞いあがる凧ー自分の仕事のモチベーションを言い表すとこれに尽きる。風が強ければどこまでも舞いあがる。風がなくなった瞬間に力を失い落下する。

この風とは何かというと、人からの期待や好意のようなもの。私の仕事はいつもここからはじまる。だからここからはじまらない仕事は基本的にできない。腹に力が入らないのだ。

少なくともうちの事務所に設計をご依頼くださる方は、少なからずこれがあって我々の事務所の門を叩いてくださる。そしてそれを受けて私は舞いあがる。

そこにたくさんの期待を感じると、私はぐんぐんと高度を上げてゆく。それはまるで成層圏を破るかのよう。おだてでもいい、嘘でもいい。そこに風がなくては凧はあがらないのだ。

でも中には、風がなくても自ら備えたジェットエンジンでどんどん高度を上げてゆく人たちもいる。グライダーのような私から見ると、そんな人はとても眩しく映る。強い意志を持ち、仕事を自らの創作の意識で向き合う。

だからそんなジェット機からは、「そんな風に流されてばかりいないで、自分が行きたいところに行けばいい」と発破をかけられることもある。確かにそんなエンジンがあれば、国境を超えて世界のどこにでも行けるのだろう。正直憧れる気持ちもある。

でも私は風を読む。強い風には高く舞いあがり、弱い風には墜落しないようギリギリの水平滑空を試みる。風は追い越さない。風とともに生きる。

なんだか映画のタイトルみたいだ。

26. 02 / 28

河野くん退社

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sekimoto

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スタッフの河野力龍くんが今月いっぱいで退社することになり、昨晩は仕事を終えてから近所のイタリアンのお店で送別会を開きました。突然のお知らせとなってしまいましたが、これまでお世話になった皆さま、誠にありがとうございました。

河野くんは産休入りした岩田さんに代わって、彼女の担当案件の現場サポートや新規案件の実施設計などを担当してくれていました。結果的に短い期間の在籍となってしまいましたが、色々と助けられました。これまで本当にどうもありがとう!

昨晩は久しぶりに4人揃っての食事。
いや、実はこの4人でこうやって顔を合わせて食事をするのははじめてだったかもしれない!?とふと思いました。𠮷岡さんがイレギュラーな勤務シフトになっているので、なかなかみんなの顔が揃わないんですよね。

昨日はこの機会にみんなで腹を割っていろんな話をしました。これがとても楽しかった!

私もこれまで本当に多くのスタッフと仕事をしてきたのですが、最近のスタッフの変化としては、かつては皆独身のスタッフばかりだったのが、最近では結婚(または同棲)しているスタッフの方が多くなってきたこと。

それに伴ってこんな食事の会話も、家族のことや結婚、子どものことなどすっかり所帯じみたものになっています笑

また中には産休を取るスタッフも出てきたり、フルタイムではない時短勤務、ほかの副業と兼業したり、以前のリオタデザインでは考えられないような働き方の多様性も生まれつつあります。我々も激動の社会変化の只中で、これからもしたたかに仕事を続ける方法を模索しなくてはなりませんね。

河野くんのこれからにも大いにエールを送りたいと思います!
みなさま、昨晩はお疲れさまでした。

昨晩、リビングデザインセンターOZONEの担当者より25年に亘ったサービスがとうとう終了する旨の連絡があった。衝撃、、ひとつの時代が終わったと思った。

建築家に頼みたいけど誰に頼めば良いかわからない、設計事務所は敷居が高い。そんな建て主さんと建築家の間を橋渡しをしてきたのがOZONEだった。いわば建築プロデュースのはしりだった。

かつて開催されたOZONE登録建築家を一堂に会した交流会では、年に一度顔合わせをする建築家仲間も多くいた。それもひらかれなくなり、登録建築家や工務店もどんどん減っていった。

もうかつてのように、建築家がどこにいるのかわからない時代ではなくなった。Instagramをひらけばアルゴリズムが自分好みの設計者を勧めてくれる。YouTubeでは家にいながらルームツアーだって楽しめる。

人手不足による労働者ヒエラルキーの逆転は、OZONEが掲げてきた相見積もりやコンペによって依頼先を決めるという原則論を覆した。これは設計事務所業界がこれまで常識と信じて疑わなかったことが、OZONEが君臨したこの四半世紀でほぼひっくり返ったことを意味する。

その昔、OZONEによる記念すべき第一号コンペ「野田の整形外科医院」を獲ったのは、私が独立前に所属していたエーディネットワークだった。私がその担当者だった。

昨年末に参加したコンペが私にとって最後のOZONEコンペになってしまった。そして5月に竣工する住宅でOZONE案件は静かに終わる。

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◼️OZONE家design(旧OZONE家づくりサポート)終了のお知らせ
https://www.ozone.co.jp/news/topics/2208/

26. 01 / 29

中のコト

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sekimoto

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> 思うこと


昨年あたりからパソコンの電源ボタンを押しても起動しない(何度か押すと起動する)というトラブルが起こりはじめ、今日はとうとう何度押しても起動しないという最悪の事態に。

こんな時の切り札はChatGPT。修理に出さなくても、外付電源スイッチを回路に組み込むことで直ることがわかり、早速パーツを注文。千円ちょっと、わずか一日で直りそうでまずは一安心!

この話をスタッフにするもピンとこないようで、そもそもパソコンの中を開けて見たことがないという。そうなんだ、、昔からパソコンのメモリは自分で増設していた者としては、中のパーツを自分で交換するというのは当たり前の感覚なんだけど。

パソコンの蓋を開けて見せたら「こんなにスカスカなんですね!」とびっくりしていた。ここのどこにデータが入っているんですか?という素朴な質問に答えながら、昔はHDDだったけど今はSSDなんだ云々とパソコン講座になってしまった。そんなの大した知識じゃないけど、今の子は本当にメカに弱くてびっくりする。

例えばインターネット。今どきの住宅ではネットがライフラインと同じくらい重要であるにもかかわらず、光コンセントやONUの話をしてもちんぷんかんぷん。LANや電話線の送り、HUBにルーター、ハテ??大丈夫か君たち!と思ってしまう。

思えば、スマホの時代は「中のコト」がわからなくてもなんとかなる時代だ。そもそもスマホは自分で中を開けられないわけだし。ネットだってどこからともなく電波が飛んでくる。

先日はテレビにLANやWIFIがなかったらアマプラやNetflix見れないでしょ?と言ったら、自分はパソコンで見てますと言われて頭を抱えてしまった。

メカに詳しいのは若者の証、みたいな時代を生きてきたんですが、もはや今どきメカに詳しいのはオジサンの証なんですかね。


今日はJIA関東甲信越支部「新春の集い」第一部のセッションを良い席で聞きたくて早めに会場入りしました。

今建築士による継続した自己研鑽の認定制度としては、日本建築士連合会による「統括設計専攻建築士」と、JIA日本建築家協会による「登録建築家」とがあります。ただこの二つは似て非なるものです。

この長年けして交わることのなかった二つの制度、二つの団体が手を取り合い、統一した認定制度「(仮)JAPANアーキテクト」の創設に基本合意し、歴史的な一歩を踏み出しました。

海外で言うArchitect は日本にはなく、海外で我々が名乗れるのはあくまでKenchiku-shiです。ところがこの認定制度ができることで、海外基準に合わせて、我々の資格が国際的なArchitectと同等の資格として認められるものになります。

そのためには業界を二分する二大勢力が手を結ばなくてはなりません。これは二大政党が連立与党を発足させるようなもので、社会的なインパクトはとても大きなものになると思っています。

自らの肩書きを「自称建築家」ではなく、クオリファイされた国際基準の建築家でありたいと考えてきた者としては、これはとても喜ばしいことです。

なんといっても建築設計界の二大巨頭、日本建築士連合会の古谷誠章会長と、JIA日本建築家協会の佐藤尚巳会長とが肩を並べてビジョンを語る絵はとても痺れるものがありました。

向こう一年くらいでまとめたいという新認定制度、今後の動きにも注視していきたいと思います。まぁ、いま若い学生に伝えられることがあるとすれば、「とりあえず大学院だけは出ておけ」ですかね。