もう25年も前のこと、フィンランド留学中にLabraというグループを作っていた若いフィンランド人建築家たちのコンペのプロジェクトに関わったことがあった。
その中のメンバーで、のちにK2Sというグループを結成することになるMikko Summnanenが日本に来ているとのことで、フィンランド仲間とともに25年ぶりに再会した。
当時のLabraにはMikko以外にもNikoやKimmo などK2Sメンバーがみんな揃っていた。今思うと奇跡の時間だった。
Mikkoは日本にも留学経験があり、カタコトの日本語も話す。K2Sはヘルシンキの中心にKammpi Chapelを設計していて、このチャペルは見たことがある人はいるかもしれない。今もフィンランドの一線で活躍する設計事務所だ。
Mikkoとは同じ歳。相変わらずとってもフランク。やっぱりフィンランド人はこういうところがいい。この日は懐かしい当時の話でも盛り上がった。彼は日本の魚拓にはまっていて、明日は魚拓のスペシャリストから魚拓を教わるのだという、笑
機会をセッティングして下さった遠藤さん、ありがとうございました!タイムスリップして夢のような時間でした。
埼玉には二つの誇るべき近代の名建築があり、ひとつは埼玉会館、そしてもうひとつは埼玉県立博物館、ともに前川國男氏の設計によるものだ。今日はそのうちのひとつ、県立博物館にて松隈洋氏、橋本功氏ら登壇によるシンポジウム「前川國男は埼玉で何を考えたか」と建物見学会があり参加させて頂いた。
今年は埼玉会館創立100周年の年で、県内では前川國男関連のシンポジウムやセミナーが続いていて可能な限り足を運んでいるのだけれど、今回は県外の人も含めて思いのほか多くの知人にも会い、関心の高さに驚いた。
私は高校が大宮にあり、弓道部の練習や試合でよく隣接の弓道場には足を運んでいた。その隣の地味な博物館が、まさかそんな名建築であったとは当時の高校生には思いもよらなかった。
当時の印象で“地味”と感じたその佇まいが、今日の話では前川氏にとってはある意味“本意”であったことに腑に落ちたとともに、あれから40年を経て隣の博物館にこのような形で足を運ぶことになるとは、これも思いもよらなかったことだった。
外部と内部をほぼ等価に考え、豊かな環境に溶け合うようなその佇まいは、埼玉会館の街にひらかれたプロムナードと同根の思想にあることも、久しぶりに訪れた空間を解説付きで眺めたことでしみじみと理解に落ちた。前川國男さんの建築は、埼玉県民に本当に愛されていると思う。
このたびは素晴らしい企画をありがとうございました!
このシルバーウィークの旅行では、極力写真はiPhoneを使わずにデジカメ(RICOH GRⅢ)で撮影した。GRは建築を撮るには画角がやや狭い(35mm判換算で28mm/iPhoneは13~24mm)のが玉に瑕なのだけれど、初日にこそiPhoneとGRを併用していたものの、そのあまりのGRの画質の良さにそれ以降はiPhoneで撮ることをやめた。
正直iPhoneの手軽さは捨てがたく、ポケットに忍ばせていつでも撮れるし、SNSなどにも投稿しやすい。コンパクトとはいえGRを常に首や肩から提げているのはやっぱり邪魔だし、ついカバンにしまいたくなる。
iPhone17Proに換えたときは、そのあまりの写真の解像度の高さにもうデジカメはいらないと本気で思った。けれどiPhoneは広角であるが故に主題がボケる。コントラストが強くて写実的になりすぎる傾向もある。感動した風景も、写真をあとで見返すとひどくつまらない風景に見えることもある。
GRは画角が狭い代わりに、自分の目で見ている中心だけをトリミングしてくれるのがいい。うっすら霞がかかったようなソフトなフォーカスも情緒的。なにより立上がりがめちゃくちゃ早いので、電源ボタンを押してから1秒後にはシャッターが切れるのもいい。
この旅行の写真で、以下の写真のうち最初の写真はGRⅢ、次の写真は同じアングルでiPhone17Proで撮ったもの。これは人によって好みが分かれるかもしれない。あなたはどちらが好みでしょう?(ちなみに、ここ数日上げている旅行の写真はすべてGRの写真)
<追記>
GRですが、現在は後継機のGR4が出て価格も23万以上もしているようです。それで買えれば良い方で、品薄で手に入らなくなっているとも聞きます。
信じられないかもしれませんが、最初に5年前に息子にプレゼントしたGR3は当時8~9万くらいでした。そのあと自分のがほしくなり2年前に今の機種を買いましたが、その時点で13万くらい。ずいぶん値上がりしたとびっくりしたのですが、その直後から市場から消え、値段が信じられないくらい高騰して今に至ります。良いカメラなんですけどね、、。
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↓RICOH GRⅢ
↓iPhone 17 Pro
↓RICOH GRⅢ
↓iPhone 17 Pro
↓RICOH GRⅢ
↓iPhone 17 Pro
↓RICOH GRⅢ
↓iPhone 17 Pro
京都滞在は最後にTIME’Sへ。
安藤忠雄さんによるTIME’Sは第一期が1984年に竣工。下層部は高瀬川の水面スレスレに建てられ、1991年には第二期も実現し、都市的な文脈を紡ぎながら立体迷路のように入り組ませた構成がとても魅力的だった。
安藤さんは学生時代のヒーローだった。学生の頃の作品は(多分同時代の学生が皆そうであったように)安藤さんに強く影響されていたし、TIME’Sは行政と折衝して無理を通したとか、勝手に隣接地に第二期を計画して実際に建ててしまったとか、そんな武勇伝にも心が躍る思いだった。(実は就活でもいちばん最初に電話をしたのが安藤さんの事務所だった)
ところがそんなTIME’Sも、数年前のコロナ期に通りかかったらほぼ閉鎖されていた。行く末を案じていたものの、最近になって京都建築センターが入り積極的に建築ツアーなども行っているという。
久しぶりのTIME’Sは、相変わらずテナントは歯抜け状態だったけれど、いくつかのテナントは入っていて、水辺も活用されていてちょっと嬉しかった。ちょうど開催中のTIME’S展も、自分の原点を思い出す良い時間になった。またかつての活気が戻ることを願って!
建築を生業にしている人なら多分知らない人はいない。なぜなら大学の近代建築史では必ず出てくるし、建築士試験にもたびたび登場するからだ。今回たまたまオープンデーに当たっていることがわかり、この機会にと訪れた。
見れて良かった。そのあまりに神々しい姿に、私の中では歴史的建築物のカテゴリに入っていて、失礼ながらもう実在していないと勝手に思っていた。現役バリバリ。京都議定書の会議もここで開かれたことを知った。
ほぼ神殿。会議場というより出雲大社を見ているような気分だった。いま目の前にあることが信じられない。
1963年にひらかれたコンペは戦後もっとも注目されたコンペだった。195案の中から芦原義信、菊竹清訓、大谷正人らを抑えて選ばれたのは、丹下健三氏の事務所から独立し、当時まだ39歳だった大谷幸夫氏だったという。以来、1998年竣工の第4期計画まで30年以上も一貫して大谷氏が計画に関わっている。
その構成と象徴性。プロポーションやエレメント、そこから導かれた空間性や合理性。世の中にこんなに完璧な建築があるとは思わなかった。鳥肌がたった。やはりこれは神殿に違いない。
全体に貫かれた台形の構成原理は、民家の合掌づくりにも、大社の千木にも見えるけれど、大谷氏はそうした説明をしていないという。「山肌に迫っていた議場の壁面を内側に傾けることで、建物を山肌から離し山を圧迫することを緩和しようとした」ためとのこと。
格好いいな。私なら絶対たまたまそうなったことであっても、日本の伝統に従ったのだとか、それが国際会議の場に相応しいのだとか言っちゃうだろうな。あくまで機能、以上!はぁ、大谷さん。やっぱり神。
剣持勇氏の手がけた家具も素晴らしくて、この硬質な空間に柔らかさと人々の集う居場所を与えていた。こうした外部の美術家やデザイナーとの協働のために、全体予算の2%を充てることが最初から明記されていたという。これも素晴らしい。
やっぱり私は日本の60年代の建築が好きだ。全体を覆う執拗な小叩き仕上げにもあらわれているように、今では多分絶対に作れない建築だ。桂離宮、修学院離宮とあわせて300年残して欲しいと思う。
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