author
sekimoto

category
> 仕事
> 思うこと



人というのは一度便利なものを見つけるとなかなか手放せなくなる。構造材ならベイマツ材。強度の高いベイマツを使えば梁成をひとまわり小さく出来る。階高をなるべく小さくしたい、ロングスパンを飛ばしたいと考えると、おのずと梁材のスペックはベイマツ表記となりがちだ。しかも安いときている。

しかしそれが固定化すると、次は「梁=ベイマツ」なのだと思い始める。天井の懐があってもベイマツ。スパンが短くてもベイマツ。国産材をもっと使っていこうと言っているのに、そろそろ安易にベイマツばかり使うのは卒業しようよということで、今進めている建物では梁と柱をすべて国産の杉材にすることにした。ベイマツにしたい気持ちをぐっとこらえて、梁をちょっと大きめに。

しかし杉と書くだけなら誰でも出来る。セットで必要になるのが性能表示だ。杉を梁に使うならE70は欲しい。そこで性能表示材、JAS製材の話になる。

そこであらためて古川泰司さんと山田憲明さんの対談記事を読み返した(以前はちゃんと読んでいなかった)。ふむふむ。そうやって問題意識を自分の中に落としてから読むとすんなり内容が入ってくる。なるほど、そういうことだったのか。やっとわかった。(理解が遅いんです、、いつも)

それでもいくつか知りたいことがあり、古川泰司さんに直接電話した。考えたら、本の中の人に直接電話して聞くというのは、なんという贅沢だろうとあとで気づく。山田憲明さんにもあとで教えてもらおう。私のまわりには師がいっぱい。古川さん、ありがとうございました!

弊社スタッフの砂庭が先月末(1月31日付)にて、リオタデザインを退社しました。リオタデザインでの在籍期間は約4年間でした。

砂庭は当初大学3年生の夏休みに、山形の大学よりオープンデスク(インターン)としてうちにやってきました。当時はオープンデスクも母校の日大から来ることはあっても、山形のような地方大学から来るというのは異例のことで、しかも滞在費はすべて自腹でホテルに泊まるというので、その覚悟に驚きました。

オープンデスクを終了したのちもオープンハウス(内覧会)のたびに上京し、卒業後はリオタデザインに晴れて入社しました。うちに来るのだろうと思っていたので、うちで働きたいと言った時は二つ返事で受け入れました。おかげで、学内でも就職内定第一号だったそうです。つい最近まで彼女のパスワードは、「リオタデザインに内定をもらった日」だったのだとか。

そんなことで、彼女のリオタデザインでの在籍期間は4年間でしたが、その前からも含めると約6年の付き合いになります。20代なかばの若者にとって、6年という期間は人生の1/4にもあたります。それを考えると重いですね…。

そんな彼女だからこそ、リオタデザインを誰よりも理解していたと言えます。彼女の特技は、私の口癖やふるまいを完コピして再現することでした。私の不在時にはよくモノマネをしていたそうです笑。私がどういうときに怒るかとか、こういうとき私が何を言うかなど、すべて分かって行動を先回りしてくれるようなスタッフでした。

彼女の最大の魅力は、その持ち前の明るさと愛嬌です。彼女の無邪気なおしゃべりは事務所の雰囲気をいつも柔らかくしてくれました。彼女とは、現場の行き帰りにも仕事を離れて日常の何気ない話をよくしましたが、そんなひとときも私にとっては楽しい時間でした。担当した住宅の建て主さんからもとても可愛がられていました。それこそが彼女の財産だと思います。

一方で、所内での打合せでは私もずいぶん厳しいことを言ったと思います。彼女のおおらかさは長所でありながらも、私の求める仕事の正確さになかなか近づけず苦労している様子を、私も心配しながら見守ってきました。ちょっと言い過ぎたかな…と私も反省することもしばしばでした。

ただ、彼女は自分自身の仕事についてどのように自己評価しているかは分かりませんが、リオタデザインの過去のスタッフが皆そうであるように、今では間違いなく同世代のなかではダントツで図面が描けると思いますし、今では現場のことや建て主さんの気持ちなど、すべて把握して行動できる誇らしい仕事人になったと思います。


今後彼女は郷里である青森に戻って、また別の環境で建築の仕事を続けるとのこと。こちらで仕事をしている他のOBスタッフのように今後頻繁に会うことは叶いませんが、また再会する時の彼女の成長した姿を願い、気持ちよく送り出したいと思います。

砂庭さん、4年間おつかれさまでした。そしてありがとう!!
体に気をつけて、今後益々の活躍を願っています。


最後に、私も愛用する名刺入れをプレゼントしました。

一昨日のJIAのシンポジウムには、私の大学の教え子やその友達など10名を越える学生さんが参加してくれました。

当日はJIAとしては異例となる建築家と工務店との協業や、設計施工型の工務店の持つ可能性など、幅広いテーマを扱ったという点でも画期的だったと思いますが、これだけ多くの学生が参加したイベントというのも異例だったのではないかと思います。

先の工務店との協業というテーマが示す通り、これからは建築家が設計仲間に囲まれて建築を語っているだけではだめだと思うのです。

そして同じように、学生も大学の中だけで設計課題をこなしているのでは話になりません。言っておくけど、君たちがやっているご都合主義の設計課題なんて、社会に出たらこれっぽっちも役に立たないからね。

昨日参加してくれた学生たちは、懇親会で建築家たちに囲まれて、束の間大人の世界を垣間見たことと思います。そう、それが君たちが生きるリアルな建築の世界なんだ。社会とつながろう。街を歩こう。そう植久さんも言っていたよね。

私もその昔学生の頃、JIAの卒業設計コンクールへの出展に絡んで、実行委員の建築家の方達に呑みに連れて行ってもらったことがありました。

若かった私はずいぶん生意気なことを言っていたと思うのですが、咎めるどころか「君は面白いねえ!」と楽しそうに話を聞いてくれました。それが誰だったかなんて覚えていませんが、それを今でも忘れないというのは、きっとすごく嬉しかったんだと思う。

昨日の学生たちがとても嬉しい感想をくれました。以下引用させてください。将来のJIAそして建築を担う若者たち。昨日のことは忘れないで欲しい。


編集者の方や実際に建築に携わる仕事をしている方々のお話を聞いたりすることができ、貴重な体験ができたなと感じました!

トークセッションでは、省エネや工務店建築家の関係性など、興味深い内容が多くて勉強になりました。その後の二次会でも様々な話を聞けて、多くのことが学べました。食事まで奢っていただいて...本当にありがとうございました!

編集者の視点で建築を考えるということは、普段の講義では出来ない貴重な経験でした!協業の話をはじめ、これからの建築業界に求められるものがほんの少しだけ分かった気がします。本当に楽しかったです。

シンポジウムだけに留まらず、社会で働いている方々を紹介していただきありがとうございました!働いている大人の話を聞けたことは、新鮮で面白かったですし、将来の進路を考えるにあたって貴重な時間になりました!ありがとうございました‼︎


24~25日の2日間に亘りまして「花小金井の家」のオープンハウスを実施させて頂き、大変多くの方に足をお運びいただきました。お越しくださった皆さま、誠にありがとうございました。

この住まいに込めた外部への意識や街並みへの配慮については先に書いた通りですが、内部の設えについても思うところを少し書きたいと思います。


今回、目上のとある建築家の方からはこんなコメントを頂きました。「兎角、機能とデザインとを天秤に掛けがちだが、見事にコトのデザインを両立している」

「コトのデザイン」
なるほどと思いました。ようやく我々の仕事を最も的確に表現した言葉と出会えたような気がしました。

同業の設計者などからは以前より、とにかく我々の設計は細かい、建主に向き合った設計であるということをよく言われてきました。

でも私にはいつもこれがとても不思議で、だって我々より細かい繊細な設計をされている方は他にもたくさんいるし、住宅を真面目に設計されている方なら、皆さん建主に向き合っていないはずがないからです。


おそらくリオタデザインの設計の最大の特徴は、とにかく「モノではなくコトを設計している」ということなのだろうと思います。

例えば収納ひとつとっても、多くの設計者は収納場所を考えます。納戸を設けたり、吊り戸棚などを設けて、内部には可動棚などを設けるところまでかもしれません。これはモノの設計です。

我々はそこに、いつ、どんな物を、どんな風にしまって、どんな風に取り出すかというシュミレーションをした上で、そこに例えば無印良品のラタンボックスが何個並ぶかというところまでを計算して設計に織り込んでゆきます。これはコトの設計ということになるかもしれません。

あるいは床にスキップ(段差)を設けると、空間に奥行き感が生まれたり、デザイン的にも特徴ある空間になります。写真映えもするかもしれない。これはモノの設計ですね。

けれども、この段差にふと腰掛けた時に窓の外の緑が目に飛び込んできて、背板を省いた収納を通して向こう側の家族の顔が見えると楽しいだろうなという設計は、コトの設計です。


私はそんな設計の趣旨を相手に語る時、つい熱が入って小芝居をしているようになることがあります。でもそうしないと伝わらないんです、我々の設計は。実際に出来上がって生活すればわかって頂けるのですが。

そんな我々の設計手法を、私は「映画のワンシーンを撮るように」と表現してきました。私は映画を撮ったことはありませんが、映画監督の気持ちはとてもよくわかります。シーンごとにストーリーがあり、カメラアングルもここでなくてはいけないというポジションがあるはずなのです。

機能かデザインかではなく、コトをデザインする。
今回の住宅はそんな言葉がぴったりくるような住宅でした。


本日、大学の非常勤講師として最後の授業を終えました。

母校である日本大学理工学部建築学科の非常勤講師は、2007年より通算で10年務めさせて頂きました(途中2年の退任期間あり)。前期後期をあわせると、のべ400人くらいの学生さんを教えたことになります。

しかし10年、400人教えただけ教え方が上手くなったかというと全くそんなことはなく、もしかしたら過去のほうが上手く教えられていたのではないかと思うことさえあります。皮肉なものです。

啐啄(そったく)という言葉があります。雛が卵から孵ろうとするとき、卵の内側から嘴でコツコツとつつく音に反応して、親鳥が外側から殻をつつき割るという状態。禅においては、師弟間の呼吸がぴったり合い、機が熟したタイミングで師が弟子に教えを授けるさまを差したりします。

親子の関係もそうですが、上から一方的に授ければ人はそれを吸収するわけではなく、教える者、教わる者同士が共に心を開き、相手の言葉に耳を傾ける状態を作らなければ教育というものは成立しません。まさに啐啄です。

人との出会いというものはいつも一期一会です。あるときにはクラスの意識と自身の感性がぴたりと合って、素晴らしい作品群が次々と生まれることもあれば、最後までちぐはぐで自分の言葉が学生の心に届いていないと感じるときもあります。そんな時の無力感といったら…。

教えるという技術はおそらく着任当時から比べれば上がっていると思いますが、人の心は残念ながら技術では開きません。前回は開いたアカウントに次はまた鍵がかかり、最後にようやく開くと次にはまた鍵がかかり。この10年はまさにその繰り返しだったような気がします。

ごく希に、今日は良い指導ができたと手応えを感じて帰路につくこともありましたが、ほとんどはドーンと落ち込んで帰路についていました。学生は好きでしたが彼らの能力を引き出しきれない自分が歯がゆく、自分は講師には向いていない、いつもそう思っていました。そんな日々からもようやく解放されます。

それでも続けてこれたのは、たまに学生がこちらの言葉に反応して見せる、何かを発見したような好奇心に満ちた表情。あの表情を引き出したくて毎回どんな言葉をかけようか考え続けてきました。私の未熟な指導についてきてくれた学生には感謝しかありません。どうもありがとう。

そして大学関係者の皆さまにも心より御礼申し上げます。

もう大学からお呼びがかかるようなことはないでしょう。私のフィールドは、やはりリアルな設計の現場にあるような気がします。これからは分相応のフィールドで、自分の力を出し切りたいと思います。