丸山弾さんの芳賀町の家へ。不思議な佇まいの家。和でも洋でもない感じ。地面から生えたのではなく、空から降ってきたみたいな、そんな印象の家だった。

室内も抽象化されていて、視線を外に導くための設えだという意図も伝わってきた。「船みたい」田園風景に囲まれた環境を海だとするなら、そんな例えがしっくりくる。たぶん、弾さんが感じた敷地の印象はまさにそんな感じだったのではないか。戦わずに浮かべた。それが導いた答えだったのではないかと想像した。

私なら何ができただろう、と考えるともしかしたらもう少し風景の見え方にヒエラルキーを付けたかもしれない。風景を等価に捉えるというのは弾さんの住宅の特徴なのかもしれない。

空間の抽象化は、同時間に来ていた若原さんに似ているようで違うこともわかった。若原さんは視点が動的で、弾さんは静的なのだ。同じく同時間にいらした石川素樹さんはもっと違う。風景との距離の取り方、視点など気づきがいろいろあってとても楽しかった。

最後はそんなたまたま居合わせたおじさんたちで記念撮影。弾さん、今日はご案内ありがとうございました!



左から、私・石川素樹さん・若原一貴さん・丸山弾さん

26. 09 / 10

20年目の贈り物

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sekimoto

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昨日は午後から外出して夕方に事務所に戻ってくると、事務所のテーブルに見慣れない箱が。留守中に対応してくれた妻によると、20年ほど前に手がけた「ひかりハウス」のTさんが不在中ご夫婦でいらして届けてくださったのだという。

え、Tさん!?

ひかりハウスは、なんとこの日(9月9日)がちょうど竣工20年の記念日だったとのことで、この日に私にお二人で贈り物をお持ちくださったそう。もうだめ、これだけで泣きそうです。

ひかりハウス
https://www.riotadesign.com/works/06_hikari/#wttl

ひかりハウスは2006年に竣工した住宅で、私にとっては駆け出しの頃の仕事です。Tさんのお父様がアルミのリサイクル業をやられていたというお話から、外装や中庭のルーバーに大胆にアルミを使用した住宅です。さすがにここまで攻めた住宅はその後はありません笑


箱にはお手紙も添えられていました。

当時小学生だったお子さんたちは皆大きくなって家を離れたこと、お住まいは一部に手を入れた以外は当時のままお住まいであること、週末になると頻繁にご友人が集まり、ご自身の趣味も楽しめる家であること。

すまいの20年の”成人式”にあわせて、私に何か贈りたいとご夫婦で話し、北欧のモビール「ヒンメリ」を習って作ったこと。(なんと材料のライ麦から畑で育てたそう!)

そしてこう結ばれていました。
「このおうちのおかげで、毎日が平穏で、安心で、とても幸せです」

あぁ、、なんて幸せなんだろうと思いました。本当に涙が出そうなくらい嬉しかったです。この仕事を続けてきてほんとうに良かったと思えた瞬間でした。

箱を開封すると、


す、すごい!!!

私もヒンメリを自分で作ったことがあるのでわかりますが、このサイズのヒンメリを作るのにどれだけの時間をかけられたことか。これは1~2日ではないですよ。しかもすごくきれい!まるでプロの作家さんが作った作品のようです。

早速、事務所の天井から下げさせて頂きました。


写真だと伝わらないかもしれませんが、これ本当に大きいんです!

本当に嬉しいです。私の事務所には他では絶対に手に入らないお宝がごろごろ飾ってあるのですが、またもうひとつ宝物が加わりました。


この”お宝ヒンメリ”に混ざって、こんな可愛らしいお人形も。これってE.T.じゃないですか笑 うわ、かわいい~~!!

ってよく考えたら、もしかしてこれも手作りですか?

このことにはお手紙にも触れられていませんでしたが、きっとそうなんじゃないかという思いが確信に変わっていきます。昨日お会いできなかったことが本当に悔やまれます。Tさん、本当にありがとうございました!!

◇
20年も前に家を設計してくれた人を思い出して、夫婦で20年目の記念日に贈り物を届けに来る。そんなことある?今でもにわかに信じられません。それってどんな思いなんだろう、と建て主さんの気持ちに思いを馳せます。

竣工時にお礼のお手紙を頂くことはたまにあります。もちろんそれもとても嬉しいことです。一年後に食事に呼んで頂くこともあります。10年の節目にご訪問することも。

でも20年前に家を設計してくれた人に、ここまでの思いを届けに来て下さる方はそうはいらっしゃらないと思います。我々の仕事はそういう仕事なのだと、あらためて自分の仕事を見つめ直す出来事になりました。背筋が伸びる思いです。

今進めている仕事も、建て主さんにとって20年後の今日の日を幸せな気持ちで迎えられますように。そして私もまた、その日にまだ元気でいられますように!

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sekimoto

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> 思うこと


今月3日、大手ハウスメーカーの大和ハウスが、新築一戸建ての注文住宅部門を23道県から撤退させ、東京や大阪など大都市のみに集約する旨の発表をしました。また請負う注文住宅の最低価格は5000万以上に限定するとのこと。この報道は業界にも激震が走りました。

おそらく大和ハウスで建てた地方の建て主さんは、きっと「大手だから安心」だと思っていたに違いありません。でもここが大手の怖さでもありますよね。上層部の決定で一気にオセロがひっくり返るのですから。半沢直樹の世界。ある意味、倒産よりたちが悪いです。

これはあまり知られていませんが、大手ハウスメーカーが建てた家は、我々設計事務所や地元の工務店には触れません。仕上げを変えるくらいならできますが、構造は一切いじれないのです。ですから、壁を抜いて二室を一室にするとか、新しく窓を増やすといったことは一切できません。

これはなぜかというと、大手ハウスメーカーが採用している工法は特殊で「型式認定」というものを採用しているからです。

型式認定というのは「同一の規格や仕様で大量生産される構造物が、法令や安全基準に適合しているかをあらかじめ一体で審査して認定する制度」で、これによって個別の確認申請が簡略化され、費用や手間は大幅に削減されます。我々が何ヶ月もかけて確認申請を下ろすのとは大違いです。

ところがこの型式認定は各ハウスメーカー独自のルールで設定されているので、これを外れて建てることは出来ません。これはもちろんリフォームにおいてもです。しかもその中身はブラックボックスなので、それを触れるのはそれを建てたハウスメーカー一社のみなのです。

つまりそのハウスメーカーで建てた建て主さんは、未来永劫そのハウスメーカーからは手を切れないということになります。なんかこれって、よく考えると怖いシステムですよね。

うちの事務所にも過去に何件も同様の相談が持ち込まれました。ハウスメーカーで建てた家をリノベーションしてほしい。壁を抜いて広い間取りに変えてほしい。できますよね?

そのたびに事情を話してそれはできないことをお伝えすると、皆さん愕然とされます。それをするには結局同じハウスメーカーに頼むか、建て替えるしかないのです。

一方で、いわゆる木造在来工法といわれる我々の得意とする昔ながらの木造なら、ルールがとてもシンプルで汎用性に富んでいるので、他の設計者や工務店が建てた家でも自由にリノベができます。結局前者は長期的な構造の自由度に欠け、将来に大きなリスクを抱える可能性があるのです。

◇
冒頭の大和ハウスの話に戻ります。

撤退されてしまった地方都市の建て主さんは今後どうなるのでしょう?大和ハウス側は、別会社による全国対応の窓口を設けるので問題ないとしているようですが、本当にそうでしょうか。

たとえばトヨタのディーラーで買った車は、ディーラーに持ち込まなくても街の修理工場ならどこでも直してくれます。でも型式認定で建てられた住宅は、原則として大和ハウスの下請けの認定工務店でなくては構造をいじることはできません。

お世話になっていた地元の営業所が撤退し、その担当者もいなくなり、別会社に切り離された窓口に直接メールや電話をしなくてはならない建て主さんはどれだけ心細いことでしょう。きっと「見放された」という思いになるのではないでしょうか。

大和ハウスは、もはやハウスメーカーというより物流施設や海外事業、不動産事業などで大きな収益を上げている企業で、戸建て住宅での売り上げは全体のわずか一割以下なのだそうです。つまり住宅は不採算部門。ドライに考えたら、そりゃあそうなるよなという気がします。

また最低5,000万以上という強気の姿勢も、裏を返せばそれ以下は儲からない、やる意味がないということです。こちらもまた事実なんでしょうが、こうはっきり言われては身も蓋もありませんね、苦笑

これは「大手ハウスメーカー神話」の終わりのはじまりという気がします。リオタデザインは大手ハウスメーカーとは一切競合しませんので、別にライバルを攻撃しているわけではありませんよ。ただ、世も末だなと思います。

業界の再編がますます進みそうな気がしています。
世の中は平等に出来ていて、すべての人に均等に機会があると思うだろうか?

でも実際には世の中には「運が良い人」というのは存在していて、同じように努力しているのに、ある人はするすると上に行き、ある人は取り残される。あいつはいいな、ずるい。そう思うだろうか?

この建築の世界は才能がうごめく世界だ。そんななか独立して仕事をする人たちは皆才能の塊だと思う。でもそんな中でも頭一人抜けた活躍をしている人というのはいて、その人は何が違うのか見ていると、みんなひとつの共通点に行き着く。それは圧倒的な人脈の広さと、それを引き寄せる気さくな性格の持ち主であること。一緒にいて楽しくなる人のまわりには人が集まるのは必然だろう。

一方、思うように結果が残せない人にも共通点があって、それは一見人当たりが良いのだけれど、どこか秘密主義だったり相手に心をひらかない頑なさのようなものがあること。そのどこか心に鍵をかけたような近寄りがたさは、その場限りの人付き合いを引き寄せ、結果としてその人は孤立しやすくなる。

これまで様々な団体に首を突っ込んできて、会報誌の編集長やセミナー企画の立案などいろんな役回りを経験してきた。次の講師は誰に頼もうか、これは誰に寄稿をお願いしようか、次はどなたの活動を取り上げようか。そんな会議の場で、企画者たちは名簿の上から順に頼んでいくようなことをすると思うだろうか?

実際には違う。人は一瞬で決まるのだ。「この人が良いと思う」誰かが声を上げる。みんなの頭にその人の顔や活動がふわっと浮かぶ。詳しくは知らない、けれど面白そう。「いいと思う!」それで決まることがいかに多いことか。人選は意外なほどに恣意的。公平性もへったくれもない。

そこで爪痕が残せれば、次からは”その人”という名のショートカットができあがる。人選の基本は「一人は冒険、一人は安定」。その安定枠に入ればその人のエスカレーターは約束される。指名される人は指名され続ける。

「カネがあればなんでもできる」そんな台詞がドラマなどで出てくることがある。でも実際の社会では聞いたことがない。それは真実ではないからだ。それは魅力ある人のもとには人が集まり、機会は集中し、結果として財をなす(こともある)という循環を表現したものにすぎない。

「ヒトがいればなんでもできる」人さえつながれば黒が白くなることも、横のものが縦になることだってある。ずるい。そう思うだろうか?けれどそれが社会の真実。人とのつながりがすべてなのだ。

一昨日の住宅部会のテーマは「お金の話」。設計料のこと、設計契約のこと、現場でのトラブル、裁判沙汰の話?など、ここでは書けないオフレコ話で盛り上がりました。こういう話は表立ってはなかなかできず、人の話もあまり聞くこともないのでみんな興味津々!

この日思ったのは、自分の常識は他人の非常識なんだなということ。私もそうですが、誰に教わったわけでもなく、独立してから試行錯誤を重ねて皆さん現在のスタイルを作り上げているんですよね。

みんな我こそは本流という体でお話しされますが、私からしたらどれも真似できないことばかり。丹羽修さんの「契約時には施主が希望する条項をひとつだけ入れる」という“ひとつだけ願いを叶える”方式も面白くて目から鱗でした。

若手からベテランへも質問が多く飛び交いました。私も駆け出しの頃、こんなふうに教えてくれる先輩が周りにいたらと羨ましく思いました。

この日はできませんでしたが、「過去にやらかしたとっておきの失敗話」なんていうのも個人的には美味い酒の肴になりそうです笑

先日はスタッフに「駆け出しの頃に味わった悔しくて涙が出た話」をあれこれ話したのですが、まだ自分の中にも未発掘エピソードが眠っていたことに気づきました。記憶の底に封じ込めたあれやこれや。またいつか文章にして供養してみたいと思います。