仕事でキャリアを重ねればその分仕事の質は上がってゆく。それは確かなことだと思うけれど、果たしてキャリアに比例して人は本当に成長し続けるのかと問われると、実はそうでもないのではないか。そんなことを最近よく思う。

キャリアを重ねると、経験則が判断を後押しするようになる。直感力が上がり、瞬時に判断ができるようになる。そして迷いがなくなる。

迷いがなくなると仕事のスピードは上がる。かつてはつまらない検討に半日を費やしてしまうこともあったのに、今は一瞬だ。迷う余地なんてない、だってそれしかないのだから。成功体験がその決断をより揺るぎないものにする。思えば「技術」というものは、成功体験の積み重ねのことを言うのだろう。

しかし技術(スキル)が上がると、それを持たない者との距離は開く一方だ。相手が何に悩んでいるのか、次第に理解できなくなる。向こうからすればどうしてそんなに簡単に答えが出るのか、そのことが理解できないに違いない。両者に横たわる溝は深刻だ。

大学の非常勤講師なども、教え方が確立できていなかった5~6年前が私の講師としてのピークだった気がする。技術は日々上がっていても、結果は必ずしも伴わなくなる。まるで引退を考えるアスリートのように。

先日仕事を崩したいという主旨のことを書いたのだけれど、そんな日々のことも心理の底にある気がする。経験は自分を助けてくれる。しかしそんな便利なショートカットは思考停止を招きやすい。それが人としての成長を止める。

それが老いだとするならば、仕事は自らの経験値の及ばない領域に向かってゆかなくてはならないのかもしれない。


先週金曜日と日曜日に「玉川上水の家」のオープンハウスを開催させて頂きました。久しぶりの都内開催で駅から近かったこともあり、多くの方に足を運んで頂きました。お越しくださった皆さまありがとうございました!

玉川上水の家は、大きな主旨としては玉川上水の緑道を臨むテラスと、そのテラスにつながるリビングダイニング空間のあり方が大きなポイントになっていました。各所に設けた抑制を利かせた適切なサイズの開口部によって、効果的に室内に光と風、そして眺望を引き込むことに成功したと思います。

また造作にあたっては建て主さんより様々なご要望を頂き、デザイン的にも調和する状態にするために高い密度の設計になりました。今回のオープンハウスでも、随所に設えた収納スペースにも皆さん関心を持たれたようでした。

また同業者は、その高い施工精度にも驚かれたようです。こちらは大和工務店さん、そしていつも繊細な家具造作を実現して下さる藤沢木工所さんのおかげです。ご苦労をおかけしました。こちらも心より感謝致します。

他にも細かいポイントを説明しようと思えばいろいろあるのですが、今回は控えておきます。なんだかそちらが主であるかのように印象づけたくはないので…。美しくすべてが調和した状態に住まいを着地させることこそが我々に求められた設計スタンスです。担当の砂庭さん、他のスタッフも皆さんお疲れさまでした!


今後もこのようなオープンハウスをブログには告知することなく開催することがあります。もしご案内が欲しい方は事前にご連絡頂ければ、メーリングリストに加えさせて頂きます。次回は来月中旬に新座市にて開催予定です。



油絵を寄りで見てもわからない。そう思いませんか?

昨年フィンランドでアルヴァ・アールトの建築を見ました。アールトの建築は留学中を含めてもう何十回も見てきましたが、その空間に身を置く年齢に応じて感じることが異なるのです。それがアールトの建築の不思議であり魅力だと思います。

昨年見たアールトに強く感じたのは、全体に流れる不整合です。アールトの建築は部分と全体が一致しません。一般の方がそれを見てどう思うかはわかりませんが、我々のような設計を生業とする者が見ると、まるで煙に巻かれたような違和感を覚えます。これが世に言うアールトミステリーです。

我々は建物を設計する時に、一定のルールを設定します。それは構成原理であったり、素材感であったり、細部の納まりだったりもします。そのある一定のルールをチームで共有することで、協働作業を成立させていたりもします。またそれは空間に安定と調和をもたらす手法であるとも我々は信じています。

アールトの建築は寄りで見ると、その部位ごとにはほぼ完璧に設計されているのですが、また別の空間に移動すると、場当たり的と言えるほどに素材使いを変化させ、全く異なる世界をそこに作り出したりします。

凡人の私などはもうパニックです。でもおかしくないんです。なぜだろう?

たとえばアールトの名作マイレア邸では、暖炉のある西洋的リビングルームの脇に、いきなり和室のような温室が立ち現れ、中庭を挟んで向こう側には伝統的なフィンランドの納屋風サウナ小屋が目に入ります。それがコンクリートと鉄とレンガと木が渾然一体となってモダニズムの白い躯体とつながるのです。もう意味が分からない。

でもおかしくないんです。それどころか美しい。自然界はカオスでできているように、アールトの建築はカオスでできている。しかしそこに秩序があり、調和すら見いだすことができるのです。

アールトは趣味で油絵を描きました。いわゆる抽象絵画です。夏の間はムーラッツァロの夏の家のロフトに籠もって、キャンバスに向かったそうです。

アールトの建築は本質的に油絵の建築なのでしょう。油絵は寄りで見てもわからない。奔放な筆運び、そして不調和な色使い。寄りで見るとカオスでしかないものが、引きで見ると世界がひとつにまとまるのです。単なる整合性ではないもの、ひとつの言葉では語れない奥行き。

私が最近建築に思うことはそのことに尽きます。

我々リオタデザインの仕事は、精緻で整合性の高い仕事が最大の持ち味です。ただ、我々がこの先に進むべき方向性はおそらくその延長線にはありません。ひとつの到達点を迎えた今、私はそれを崩したいと思っています。

author
sekimoto

category
> 仕事



昨日「玉川上水の家」の施主検査がありました。

植栽も整い、内部も細部に至るまで精度の高い仕上がりになりました。工務店は我々にひとつも指摘をさせないという気概で社内検査を行い、そこをさらに深掘りして我々がチェックをし、チームとして建て主にはひとつも指摘をさせまいという意識で当日を迎えました。

建て主さんからは軽微なご指摘をいくつか頂戴しましたが、我々にとってこれは施主検査を迎える状態としてベストの状態と考えています。現時点で、お引渡しまでにはまだ2週間ほどを残していますが、この余裕がクオリティの確保には絶対的に必要なのです。

一般的なレベルからするともうお引渡しでも全く問題ない状態なのですが、我々にとってはまだ98%といったところ。残り2%くらいを残りの時間で磨き上げます。最高のプロ意識を共有して頂いた大和工務店さんには、あらためて感謝しかありません。

造園は小林賢二さんです。小林さんの造園もまた、完成度を更に高めてくれています。最高の仕事人たちとの仕事は本当に気持ちが良いものです。







東京デザインセンターでの、建築知識編集長 三輪さんとのクロストーク(ケンチク編集現場@ゲンバー④)が無事終了しました。

建築メディア界でも、もはや色物扱い?になりつつある突き抜けた特集記事と表紙(カバー)について、創刊号から歴史を紐解きながら、編集会議の裏側や業界の問題意識を踏まえてお話をお伺いしました。

歴史ある専門誌をあそこまで崩すのは相当勇気がいったはず。慣例と変革、ヒントになる良いお話を頂きました。今日来た方は、明日から建築知識を見る目が変わるでしょうね。いやぁ楽しかったです!私はやっぱり、人から話を聞く仕事が性に合っているようです。

もっとぐいぐい聞きたかったこともありましたが、また後でコッソリ聞きたいと思います笑。三輪さん、企画の船曳さん、今日はありがとうございました!