中学生になった息子が好きなゲームを自分で作りたいと、プログラミング教室に通い始めて早3ヶ月。入門編のソフトであるスクラッチ(小学生向けの教育プログラム)には早々に退屈したのか、次に3Dで作れるユニティというソフトを使って玉転がしゲームを昨日までに完成させました。
これは球を壁にぶつけないように注意深くポイントをゲットしてゆくという単純なものなのですが、ちゃんと獲得ポイントも表示され、いろんな視点からフィールド全体を眺めることもできます。
私は門外漢なので、こういうものを作るのがどれだけ大変なのか、あるいは意外と簡単なのかはわからないのですが、自分で考えた世界観が、単純なものであっても目の前に実現できるということは素晴らしいことだと思っています。いつもは話しかけてこない息子が、自分から完成したゲームを披露してくれたので、きっと彼も達成感を感じたのでしょう。
早速彼は次のゲーム製作に取りかかりました。今度はまた別のソフトを使ったRPG(ロールプレイングゲーム)の製作です。昨日一晩で、上の画面のようなシークエンスを作り上げました。例によって、これだけ見ると私などは「お、すごい!」と思うわけですが、マインクラフト世代の彼らにしてみれば、このくらいは朝飯前なのかもしれません。
息子の通うプログラミング教室は本当に自由な教育方針で、カリキュラムに依らず、生徒の興味の赴くまま好き勝手にやらしてくれます。そういうところも、うちの子の気質に合っている気がします。
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ご存じかもしれませんが、2020年から小学校でもプログラミングが義務教育化される動きがあります。賛否両論あるようですが、私は賛成です。今や社会はプログラミング知識なしでは産業は成り立ちませんし、きっと英語や数学よりも役に立つ場面が出てくるはずです。
プログラミングというと、難しいコンピューター言語を操るオタクな世界のように思われがちですが、プログラミング知識のない私が言うのもなんですが、息子を見ているともっと日常的でドライな、会社員がSNSをやるのと同じくらいの世界のように思います。
そして思えば、建築やデザインという世界もまさしくプログラミングと同じ世界なのだと気づかされます。顧客(社会)が何を求めているかを考え、それに対していかにわかりやすく、直感的で使い勝手の良い提案をしてゆくか。予見される不具合(バグ)をどこまで織り込むか。それを図面や仕様書という形で構築してゆく。それが設計であり、デザインという世界の本質です。
そしてより美しく、より多くの人の共感を得られるものだけが社会に残ってゆく。これはもはや建築やデザインにとどまらず、社会の仕組みそのものだとも言えます。
今世界を席巻し、まもなく日本上陸を伝えられるスマホアプリ「ポケモンGO」の一連の報道などを見ると、これから社会の仕組みやあり方にまでインパクトを与えられるのは、こうしたゲームやアプリ分野をおいてないような気もしてしまいます。
私は建築をやっていなかったら何をやっていたかなと思うことがたまにありますが、写真やグラフィックデザインにも興味があるのですが、今の時代ならプログラミングも悪くないかもしれません。もっとも、私はゲームには全く興味はありませんが。
リオタデザインのクライアントには、なぜかSE(システムエンジニア)が多いという傾向があります。そしてその方達は、我々の仕事を自分たちの仕事ととてもよく似ていると口を揃えるのです。私が前述のようにプログラミングを捉えていることと、これは偶然ではないような気がします。
16. 07 / 07
住宅はむずかしい!?
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sekimoto
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> 大学
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大学の2年生第2課題の「住宅」が今日提出を迎えました。
学生にとって住宅設計ほど難しいものはないのではないでしょうか。美術館に馴染みのない学生がいたとしても、住宅を知らない学生はいないはずです。それなのに、彼らが一番難しいと口を揃えるのが住宅なのです。
人生経験の浅い彼らは、これまでの生活体験だけで空間を作ろうとします。実家の間取りが彼らに固定観念を植え付け、また生活実感の乏しさから、住宅とは本来どういう場所であるべきかという思考になかなか辿り着くことができません。
この点においては、我々のクライアントの方が専門教育を受けているはずの彼らよりも、よっぽど住宅の本質をわきまえていると言えるかもしれません。
根気強く指導したこともあり、プランニングは皆とても良くなりましたが、そこに生活のストーリーや”空間”を作れた学生は一握りでした。もっとも私も二年生の住宅課題など恥ずかしくて人に見せられるようなものではありませんでしたので、あまり偉そうに言えることではないのですが。
授業の最後に「建築」と「建物」の違いは何だと思うか?という問いをしました。この問いに答えはありません。私も今も考え続けていますが、その都度その答えは変化してゆきます。授業ではそんな私の考えを話し、放課後残った学生ともそんな話を続けました。
建築学科の学生であるならば、建築を作り続けてもらいたい。建築とは何かを考え続けてもらいたいと思います。
16. 07 / 06
配管女子
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sekimoto
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> STAFF
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新人スタッフにとって、最初の担当案件はとにかく大変。これまでなんとなく見たことはあっても、それを図面にするとなるとかなりの確率で頭が真っ白になるものだ。
専門用語はもとより、これってどうやって固定するんだろう?これってどうやって作るんだろう?この隙間って配管通るのかなあ?日々試練の連続である。
結局現場を一通り経験すると、つまらない納まりにあんなに悩んでいたのがばかばかしくなるくらい、現場はこともなげに納めてくれるものだということがわかる。ただ、悩んだ分だけ本人にはスポンジのように吸収される。最初からお任せで放り投げていては成長はないのだ。
そんな試練の真っ只中にある我が事務所の新人スタッフ。今日は自ら他の現場への同行を志願してきた。どうやら設備図を描きながら、見たことも触ったこともない設備配管にイメージが追いつかず困惑しているようだ。昨日も私に言われた「防音ラッキング」の意味が理解できなかったらしい。
現場に着いて、まず目にした「防音ラッキング」に早くもテンションMAX。これかー!何枚も写真を撮り、憧れのイケメン俳優に遭遇したかのような喜びようである。
配管女子。今どき女子のあたらしいトレンドかもしれない。
骨組みの空間を見るとイイなぁ、といつも思う。骨組みの空間はどんな空間にも化けることができる。可能性をいっぱい秘めた産まれたばかりの赤ん坊のように。
この骨組みの魅力に触れるたびに、自分はいかに常識に縛られているかを思い知る。私はこの空間があれば十分だ。金物なんて見えていて構わないし、仕上げだっていらない。
でも実際には、季節の変化に耐えられるよう断熱材が、安全のために手摺りが、快適性のために設備機器が、美観のために仕上げが施されて無事クライアントに引渡される。
私はいつか骨組みだけの家に住んでみたい。それはきっと原始人のような生活かもしれない。何もないから不具合も起こりようがない。秘密基地のようできっと楽しいと思う。
英国はEUを離脱すべきではなかった。
私は直前まで英国は残留を選ぶと思っていた。これから英国には試練という言葉では足りない苦難が待ち構えているだろう。経済危機、そしてそれは雇用にも影響を及ぼし、移民問題をしのぐ深刻な問題へと発展してゆくに違いない。
ただそれは国民が選んだ結果であり、自業自得だとしても、それが飛び火し迷惑被るのは日本経済である。なにしてくれてんねんて思う。
今朝の新聞に世代別の投票行動が載っていた。離脱という名の”独立”を選んだのは、”偉大なる英国(グレートブリテン)”幻想を持つ65歳以上の世代だ。そして残留という名の国際協調を選んだのは、圧倒的に次代を担う18~24歳の世代である。
「若者よ、あとは頼んだぞ」といったところか。
「顧問の先生には退部届出しておいたわよ」とお母さん。
イギリス、部活辞めるってよ。
ほんと、なにしてくれてんねんて思う。
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