この服いいな、この靴いいなと思うと、たいがいそこには「Lady's」と書かれている。そこには私のサイズはない。とても残念だ。一方の「Men's」と書かれたものは、やたらとワイルドだったり無骨だったりして、全然かわいくない。これもいつも残念に思う。

私はなにもフリルの付いた服が欲しいわけではなく、ニュートラルなデザインのものが欲しいだけなのに。そういうカテゴリーの決めつけに遭遇すると、ついイラッとしてしまう。男は男らしく、女は女らしく、みたいな。

じゃあ男らしいって何だ。革ジャン着てトガッた靴を履いたら男らしいのか。それはある意味「男らしさ」のわかりやすい記号ではあるけれど、浅はかだし、そこに安易に乗っかるのはしゃくに障る。

かくして「男は男らしく」「女は女らしく」の無意識な決めつけや刷り込みが、社会に無意味な同調圧力を生んでゆく。

それは建築にも言える。
たとえば一般の人が口にする建築の評価に「格好いい」がある。

でも私は「格好いい建築」にはあまり興味がない。そもそも「格好いい建築」って何だ。光と影的な?コンクリート打放しとか。はたまた、スポーツカーが停まっていそうな空間?うす暗くて、イケメン俳優がワイン飲んでそうな空間とかだろうか。

それより私は「かわいい」といわれる方が嬉しい。「かわいい」には愛嬌や、ひらかれた価値観としての明るさや普遍性がある。人を寄せ付けないカリスマではなく、すべて受け容れてくれる懐の深さとか、お茶目さとか、そういうものがある空間っていいなと思う。

私は仕事においても、個人においても、いつもニュートラルでありたいと思う。あらゆる派閥やグループから距離を置きたい。団体に所属はしても、所属先のためにではなく共に活動する誰かのために汗をかきたい。どこまでも個人でありたい。

だから北欧が好きなのかもしれない。

昨晩は、北欧建築・デザイン協会(SADI)創立40周年記念レセプションがありました。

来場者は110名を数え、過去最多の来場者数を記録しました。我々実行委員会は、3月からおよそ9ヶ月間の準備期間を経てこの日を迎えましたが、最後の一週間は一部の関係者はほとんど仕事にならなかったのではないかというくらい密で緊迫感漂うメールが飛び交っていました。

第一部にはスウェーデン人落語家、三遊亭好青年さんの軽妙なフリートークで場を温めて頂き、第二部ではトロムスさんによる絶品の北欧料理のご提供がありました。記念誌も発刊され、会員によるフォトコンテストの受賞発表では、W受賞、トリプル受賞をする人も続出しました。

北欧家具talo、ラボットプランナー(ホテリ・アアルト)、フィンエアー、アンドフィーカ、e-octといった名だたる北欧関連企業、また各国大使館からも豪華プレゼントの提供を頂き、かつての賑やかなSADIクリスマスが帰ってきたと、私も感慨ひとしおでした。

嬉しかったのは、私の出した「DOMUS」の写真が見事「北欧家具talo賞」を射止め、artek90周年モデルであるSTOOL60・ロイムをゲットしたこと!また、実行委員会が司会を務める私に極秘裏のサプライズとして「MVP賞」を用意してくださり、実行委員長である私に特別賞を贈って下さったことです。

あれほど念入りに段取りを共有したのに、予定にないスライドが出てきたときは私も狐につままれたようでしたが、川上会長から記念品を渡され、労いのお言葉を頂けたことは本当に嬉しく、一生の思い出に残る出来事になりました。こちらも本当にありがとうございました。

景品として、遠藤悦郎さん秘蔵のフィンエアービジネスクラスでかつて販売していた、ハッリ・コスキネンデザインのグラス(グレーバージョン)を頂きました。二度と手に入らない激レアグラスとのこと、こちらも宝物にします!


SADIのメンバーは皆本当に穏やかで優しく、人のことを非難することもありません。目上の先輩方も実行メンバーになにか思うことがあっても、いつも尊重して下さり我々のやりやすいように気を遣って下さいます。
会では何人もの方から温かな労いの言葉を掛けて頂きました。心から尊敬できる大人って実際にはそんなにいないものですが、ここにはそんな方で溢れています。

これこそが私が北欧に惹かれる根そのものであり、私のホームグラウンドだと思える所以です。そんなSADIの40周年を盛り上げることが出来て本当に良かったです。

多くの来場者の皆さま、本当にありがとうございました!実行委員会の皆さん、お疲れさまでした。まずはゆっくり休んで下さいね。









JIA建築家大会2023東海in常滑に行ってきました。

JIAでは毎年開催している全国大会も、私は参加するのははじめて。今期は関東甲信越支部の広報副委員長なども務めているため、少しでも顔をつなげられればとのことでの参加でしたが、そもそも建築家大会という意味がよくわかっていない私としては、行く前は少々不安もあり、、。

ですが、いつもの住宅部会メンバーや学生たちとの交流、またあらたに広がった関係などもあり、とても楽しく充実した2日間になりました。学生たちとは、LIXILの工場見学やろくろを使った陶芸体験も。

本当は今日もこのあとクロージングのレセプションもあるようなのですが、私は明日立会いの現場などもあり、後ろ髪を引かれる思いでひと足先に失礼させてもらいました。

皆さまお疲れさまでした!最後まで楽しまれてください。




映画「アアルト」いよいよ今週金曜日(13日)から全国ロードショーです!

いつまでかっていうと、、実は最初の動員数でその後の上映期間が決まるんだそうです。だから、なんだもう終わりか~もっと長く上映すれば良いのに、なんて言ってる人は自分で自分の首を絞めているわけです。

是非見たい!という方は13日とは言いませんが、今週末に是非劇場に足をお運び下さい。ロングラン上映にどうかご協力を。

私は試写ですでに2回観ていますが、3回目はやっぱり劇場でと思います。建築系の映画って、マニア向けの淡々としたドキュメントが多いのですがこの映画は違います。とても詩的でストーリーがあるんですよね。一般の人でも十分に楽しめます。

そして抜群の編集!ヴィルピ・スータリ監督の力量も存分に発揮され、フィンランドのアカデミー賞であるユッシ賞で編集賞や音楽賞も受賞しているんです。

字幕監修は宇井久仁子さん。SADIで共に活動するメンバーです。私もパンフレットに寄稿させていただきました。

動くアアルト、しゃべるアアルトも必見!CIAMでコルビュジェと交流するアアルト、これはモホリナジの秘蔵映像です。個人的にはパイミオサナトリウムが大迫力のドローン映像で展開されるシーンが最高にシビれました!是非劇場で。

映画『アアルト』
https://aaltofilm.com/

23. 10 / 07

火中の栗

author
sekimoto

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> 思うこと
> 社会


小学生の頃の話。当時ごみは校庭の焼却炉に持っていて燃やすことになっていた。掃除当番は最後にごみを集めてここに捨てにいく。その日私は掃除当番ではなかったのだけれど、なぜかごみを焼却炉まで捨てに行き、戻ってきたらすでにホームルームははじまっていて、先生が教壇で何かを話していた。

遅れて教室に入って行った私はバツが悪かったのだけれど、よく聞くとどうも私の話をしているらしい。「関本くんは、誰もごみを捨てに行かないのを見かねて、自らごみを捨てに行った。偉い!」どうもそんな話をしていたようだ。

私はごみを捨てに行っただけで褒められるとは思っていなかったので、急に恥ずかしくなってしまってずっと机で俯いていた気がする。でも今でも覚えているということは、きっと嬉しかったのだと思う。

昔から私は、面倒くさくてもちょっと頑張ればできることをやらないというのが気持ちが悪い。「誰もやらないなら僕がやろうか?」思えば私のこれまでの人生は常にこれだった気がする。

今所属している諸団体でも、私は今幾つもの役職を抱えている。SADIでは理事、企画副委員長、40周年記念実行委員会委員長、事務局アドバイザー。JIAでは支部広報副委員長、住宅部会副部会長、広報誌Bulletin編集委員。来年もすでにいくつかのポストが内定している。いつまで経っても役務が減らない。

前述の役職は、その肩書きとは裏腹にどれも地味に時間や手間を取られることばかりだ。皆それを知っているからやりたがらない。そりゃそうだ、我々の本業は建築設計。面倒くさい雑務なんて誰もやりたくないに決まってる。

でも誰かがやらなくちゃいけない。いつかはやらなくちゃいけない。

「誰かいませんか?」の声に、つい反応してしまう。困っている人がいると助けたくなってしまう。かくして私は皆がうつむく中、つい「じゃあ私がやります」と手を挙げてしまうのだ。

私は人からやらされるのが嫌いだ。だから会社勤めはできない。やる時は常に自分から手を挙げてやる。お願いされる場合でも、誰でも良い仕事ならやらない。私しかできないと相手が思ってくれるなら、私は喜んで奉仕を申し出る。これは自分に課したルールだ。

秋が近づくと、各団体では次年度の人事について水面下の綱引きがはじまる。放っておけない私はいつもそこに巻き込まれる。オンライン会議に聞き耳を立てているスタッフからは、また火中の栗を拾ったと呆れられる。

かくして実務でも、、火中の栗が向こう数年分びっしり埋まりつつある。