FIFAサッカーワールドカップもあと残すところ3位決定戦と決勝戦を残すのみ。とても寂しい。
当初はワールドカップも日本戦くらいしか観ないだろうと思っていたのに、DAZNに1ヶ月限定で入ったらどハマりしてしまい、気づけば(ハイライトベースではあるものの)ほぼ全試合観たんじゃないだろうか。仕事が終わってから、その日の試合のハイライトをチェックをするのが日課になっていたし、そこまで注目されていなかった対戦カードの試合にもちゃんとドラマがあり、見終わった後は一編の短編映画を観たような気分にもなった。
私自身はそこまでサッカーに詳しくないし、一部のスター選手しか知らないにわかファンだという前提で書くのだけれど、私にとってサッカーの魅力は自身の仕事観や人生とつい重ね合わせてしまう点にある。
豪快なシュートも良いけれど、私はチームのグルーヴ感が感じられる華麗なパス回しや連携プレーにより引き込まれる。
それは言葉ではなく、皆が同じ目的を共有したときに阿吽の呼吸で繰り出されるプレーであるということ。常に2手3手先の展開を読んで、味方がボールを奪った瞬間にはほかの選手はもう走り出している。シュートを放った瞬間には、次の展開を予測して二の矢、三の矢が放たれている。
この連動なきところにはゴールは生まれないということなのだけれど、この流れるような歯車が噛み合った時の一体感はなんともたまらない。
それは建築はけして一人ではできないということと似ている。長年プロジェクトを共にしているスタッフは、私が動き出したときにはアイコンタクトひとつですでに次の段取りに手を掛けている。我々と現場を共にする工務店もまた、図面の行間を読んで我々が気づいていないリスクに先回りして対処してくれている。
これは言葉ではないのだ。仕事で最も大切なのはグルーヴ感。これは教えられない。わかる人はわかる。
サッカーの神がかったプレーにはそれがある。たとえばメッシのように。20日の決勝戦が今から楽しみでならない。
当初はワールドカップも日本戦くらいしか観ないだろうと思っていたのに、DAZNに1ヶ月限定で入ったらどハマりしてしまい、気づけば(ハイライトベースではあるものの)ほぼ全試合観たんじゃないだろうか。仕事が終わってから、その日の試合のハイライトをチェックをするのが日課になっていたし、そこまで注目されていなかった対戦カードの試合にもちゃんとドラマがあり、見終わった後は一編の短編映画を観たような気分にもなった。
私自身はそこまでサッカーに詳しくないし、一部のスター選手しか知らないにわかファンだという前提で書くのだけれど、私にとってサッカーの魅力は自身の仕事観や人生とつい重ね合わせてしまう点にある。
豪快なシュートも良いけれど、私はチームのグルーヴ感が感じられる華麗なパス回しや連携プレーにより引き込まれる。
それは言葉ではなく、皆が同じ目的を共有したときに阿吽の呼吸で繰り出されるプレーであるということ。常に2手3手先の展開を読んで、味方がボールを奪った瞬間にはほかの選手はもう走り出している。シュートを放った瞬間には、次の展開を予測して二の矢、三の矢が放たれている。
この連動なきところにはゴールは生まれないということなのだけれど、この流れるような歯車が噛み合った時の一体感はなんともたまらない。
それは建築はけして一人ではできないということと似ている。長年プロジェクトを共にしているスタッフは、私が動き出したときにはアイコンタクトひとつですでに次の段取りに手を掛けている。我々と現場を共にする工務店もまた、図面の行間を読んで我々が気づいていないリスクに先回りして対処してくれている。
これは言葉ではないのだ。仕事で最も大切なのはグルーヴ感。これは教えられない。わかる人はわかる。
サッカーの神がかったプレーにはそれがある。たとえばメッシのように。20日の決勝戦が今から楽しみでならない。
コロナ禍に製材企業である野地木材工業(現nojimoku)さんの企画で、伊礼智さん、小谷和也さんと毎月ゲスト建築家を呼んでオンラインで際どい話をするという「のじもく酒場」が終了して早数年。このたび「のじもく酒Bar」として新装開店しました!
■のじもく酒Bar[第1杯] ゲスト:丸山弾(前編)
-居酒屋は閉めて、Barを開店しました
https://youtu.be/MqcgFt2R57A?si=EOPhRNvhiIWsySIk
久しぶりだから事前に打合せをという話から、そんなのいらないになり、結局ぶっつけ本番。野地さんの進行が今回も秀逸。コスプレも一新!安定の伊礼さん節、小谷さんの軽妙な関西ツッコミに加えて、初回ゲストの丸山弾さんの熱い語りが今回のハイライト。
酔いがまわるにつれて、尻上がりに話は盛り上がり、、でも本当にやばい話は全カットされていますのでご安心を?シーズン2もどうかお楽しみに!
.
◇
[7月18日追記]
前回の続編である[第2杯]の動画も公開されました。あわせてご視聴ください!
■のじもく酒Bar[第2杯] ゲスト:丸山弾(後編)
-設計に人間性がにじみ出る?関西弁と、小芝居と、長い世間話
https://youtu.be/6gpO-YaQ69M?si=zfTFjmzZzEmP8goh
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■のじもく酒Bar[第1杯] ゲスト:丸山弾(前編)
-居酒屋は閉めて、Barを開店しました
https://youtu.be/MqcgFt2R57A?si=EOPhRNvhiIWsySIk
久しぶりだから事前に打合せをという話から、そんなのいらないになり、結局ぶっつけ本番。野地さんの進行が今回も秀逸。コスプレも一新!安定の伊礼さん節、小谷さんの軽妙な関西ツッコミに加えて、初回ゲストの丸山弾さんの熱い語りが今回のハイライト。
酔いがまわるにつれて、尻上がりに話は盛り上がり、、でも本当にやばい話は全カットされていますのでご安心を?シーズン2もどうかお楽しみに!
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[7月18日追記]
前回の続編である[第2杯]の動画も公開されました。あわせてご視聴ください!
■のじもく酒Bar[第2杯] ゲスト:丸山弾(後編)
-設計に人間性がにじみ出る?関西弁と、小芝居と、長い世間話
https://youtu.be/6gpO-YaQ69M?si=zfTFjmzZzEmP8goh
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昨日は打合せのため、後期から非常勤講師を務めることになった長岡造形大学へ。長岡造形大は大学同期の与那嶺をはじめ、旧知の川島茂さん、津村泰範さんらが教授陣を固める。私は後期、住宅の課題を担当する。
カリキュラム打合せのあとは、キャンパス内の施設をひと通り案内して頂く。大学だから広いのは当たり前としても、日芸や息子の通っていた東京造形大ともまた雰囲気が異なり、とてもおおらかで伸びやかな印象。空気感が一番近いと思ったのはアールト大学。キャンパスに漂う木の香りまでそっくりだった。
とても良いなと思ったのは、学生のための製図室やワークスペースがしっかり確保されていること。ちょっとしたラボのようになっていて、放課後も居残って図面を描いたり、学生同士が課題のディスカッションをしている光景がそこかしこにあった。こんなところあったら居心地良くて帰らないだろうな。
3Dプリンターも使い放題らしく、この日もフル稼働で動いていた。原寸のワークショップも、敷地が広いのでいくらでもできる。まさに工房の中で学んでいるような環境だ。
学生のほとんどは一人暮らしとのことで、都市型大学と違って誘惑が少ない環境が、純粋に創作へと向かわせている印象も受けた。それもまたオタニエミの森に閉ざされたアールト大学のようだった。遠いと思っていたけれど、秋からの長岡通いが急に楽しみになった。
フィンランド的といえば、ただ打合せのために来たのに、学科主任の佐藤先生をはじめ何人も先生が出てきて半日がかりで案内をしてくれたり、長岡まで来てくれたのだからと夜も席を設けてくださったりと、これまたここはフィンランドかというおもてなし。心に沁みました。
かつて日大理工学部で非常勤講師をしていた時、授業のアシスタントを務めてくれていた歴代のTA(ティーチングアシスタント・おもに現役の大学院1年生が務めてくれる)を集めて、TA会と称する呑み会を毎年定期的に開いていた。メンバーも年々増えて、一時期は10人くらいの規模で集まっていたこともあった。
ずいぶん長いこと続けていたこの会だったけれど、コロナ禍とメンバーの子育て時期とが重なりしばらく休止。そして今年ひょんなきっかけで、久しぶりにまたみんなで集まろうということになった。
当時のメンバーと揃って対面で会うのは実に7年ぶりくらいのこと!そこまで経っていないでしょと思っていたけれど、数えてみたらそうだった。時間が経つのはオソロシイ。
また当時のオリジナルメンバーに加えて、このブランクの期間にあらたに知り合った学生さんや新社会人の子にも声をかけ、この日もまたかつてのような新旧入り混じっての楽しい交流会になった。
なかなか社会に出ると、社内のつながり以外の人間関係を持つことは難しくなる。同じ建築でも、設計事務所、ハウスメーカー、コンサルと多方面で活躍する仲間の近況を聞けば刺激になるし、また現役生や新社会人にとってはきっと励みや目標にもなる思う。
メンバーには私が36歳ではじめて非常勤に着任した時の初代TAもいれば、私がはじめて教えた一年生だった子もいる。あれから18年、当時一年生だった子は今や当時の私と同じ歳になり二児の母。感慨深いし、こんなにも長い期間変わらぬ人間関係が続いていることにも感謝したい。
メンバーも皆今や社内で重要なポストを担い、子供もそろそろ小学校にあがる頃だという。新しい仕事の考え方も、今度は私の方が学ぶ立場になりつつある。皆さんどうもありがとう。これからも細く長く続けていきましょう!
会合などがあると、持ち回りで議事録係などの役が回ってくる。私はこの議事録作成という仕事が大嫌いで、嫌な仕事はとっととやっつける性格から会合後にはすぐにやっつけ仕事のように記録を起こして相手に送ってしまう。
実際私は会合で前回の議事録がまわってきてもほとんど目を通すことはないし(本当はいけないのだろうけど面倒くさい)、だから自分でも議事録を付けながらこんなの誰が読むんだろうって思ってしまう。
そこで最近はAI議事録というのを重宝して使っている。ご存じの方も多いかもしれないけれどPROUDというカードサイズの超小型レコーダーで、会議中起動させておけば会合後に自動的にかなり正確なAI要約を作ってくれる。
最近では私がこれを持っていることをみんな知っているので、会合前に「関本さん、いつものお願い」と頼まれる。会議中ボタンを押して、AI要約議事録を終了後に送れば一部を修正するだけで公式記録にできる。みんなの貴重な時間を浪費しなくて済む。つくづく便利な世の中になったと思う。
ところがこのAI議事録、書かれていることはほぼ事実ベースで、よくもあの長々とした会議をこんなに正確に要約するものだと感心するのだけれど、あとで読み返すとなぜか頭にあまり入ってこない。どこか他人事で、新聞記事を読んでいるような気分にもなる。
議事録なんて所詮こんな無味乾燥なもので十分だと思う一方で、これが住宅の設計打合せの記録だったりすると、どこがハイライトだったかがわからなくなるのだ。舞台で大根役者がセリフを棒読みしているのを見せられているみたいな。それなら自分自身でつけたミミズが這ったような文字の方がよほど頭に入る。不思議なものだ。
そこであらためて思うことは、我々は人に話を聞くときはある程度のバイアス(先入観や偏見)をかけて聞いているのだなということ。逆にそうやって聞かないと、人の言葉なんてお経を聞いているようなものにしかならないともいえる。
◇
相手の話を聞くときに、我々は相手の言葉(日本語そのもの)というより、相手の声音だったり、表情だったり、前後の文脈を組み合わせてその人の言葉以上の意味をそこから読み取ろうとする。それによっては、日本語の意味として「肯定」でも、「否定的肯定」の文脈で語っているように聞こえることもある。
極論すれば、ある程度の「決めつけ」をしないと設計のストーリーは定まらないともいえるかもしれない。フラットに聞いているように見せかけて、実は一定の決めつけをしながら話を聞いている。それはまったくをもってバイアス以外のなにものでもない。
雑誌の取材などでも、きっと編集者さんやライターさんもそうやって相手の話を聞いているのだろう。良くできた記事(一読しただけでするするっと頭に入る記事)というのはストーリーが一種のバイアスのかかった筋で紡がれていて、そこに適切な強弱が足され、無駄なノイズや矛盾する要素は巧みに排除されているからだ。
あんなに余談ばかりで話もあちこちに寄り道したというのに、書き手が定めた本筋以外はばっさり切り捨てられて、書かれていないことはしゃべった本人も覚えていないという状態。そんなこと言ってないのに、もしかしたらそう言ったのかもしれない。そんな記事に出会うと、あぁこのライターさんは優秀だなと思う。
これがAIなら、すべてをまんべんなく情報を網羅して取りこぼすことのない、ある意味完璧な記事を書くのだろう。でもどこも間違っていないのに、頭に入ってこない。心に響かない。そういう記事になるかもしれない。
要約とは編集である。そういう意味ではAIのもっとも得意な領域であるとも言える。しかしAIは敵わない。人間が一番ほしいのは「バイアスのかかった編集」だからだ。言いかえると「都合の良い事実」。白雪姫で王妃が魔法の鏡に向かって「鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰?」と問いかけるあれである。
住宅の設計がAIに取って代わると言われているけれど、私はそうはならないと思う。我々がこの「魔法の鏡」を手放さない限り。
実際私は会合で前回の議事録がまわってきてもほとんど目を通すことはないし(本当はいけないのだろうけど面倒くさい)、だから自分でも議事録を付けながらこんなの誰が読むんだろうって思ってしまう。
そこで最近はAI議事録というのを重宝して使っている。ご存じの方も多いかもしれないけれどPROUDというカードサイズの超小型レコーダーで、会議中起動させておけば会合後に自動的にかなり正確なAI要約を作ってくれる。
最近では私がこれを持っていることをみんな知っているので、会合前に「関本さん、いつものお願い」と頼まれる。会議中ボタンを押して、AI要約議事録を終了後に送れば一部を修正するだけで公式記録にできる。みんなの貴重な時間を浪費しなくて済む。つくづく便利な世の中になったと思う。
ところがこのAI議事録、書かれていることはほぼ事実ベースで、よくもあの長々とした会議をこんなに正確に要約するものだと感心するのだけれど、あとで読み返すとなぜか頭にあまり入ってこない。どこか他人事で、新聞記事を読んでいるような気分にもなる。
議事録なんて所詮こんな無味乾燥なもので十分だと思う一方で、これが住宅の設計打合せの記録だったりすると、どこがハイライトだったかがわからなくなるのだ。舞台で大根役者がセリフを棒読みしているのを見せられているみたいな。それなら自分自身でつけたミミズが這ったような文字の方がよほど頭に入る。不思議なものだ。
そこであらためて思うことは、我々は人に話を聞くときはある程度のバイアス(先入観や偏見)をかけて聞いているのだなということ。逆にそうやって聞かないと、人の言葉なんてお経を聞いているようなものにしかならないともいえる。
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相手の話を聞くときに、我々は相手の言葉(日本語そのもの)というより、相手の声音だったり、表情だったり、前後の文脈を組み合わせてその人の言葉以上の意味をそこから読み取ろうとする。それによっては、日本語の意味として「肯定」でも、「否定的肯定」の文脈で語っているように聞こえることもある。
極論すれば、ある程度の「決めつけ」をしないと設計のストーリーは定まらないともいえるかもしれない。フラットに聞いているように見せかけて、実は一定の決めつけをしながら話を聞いている。それはまったくをもってバイアス以外のなにものでもない。
雑誌の取材などでも、きっと編集者さんやライターさんもそうやって相手の話を聞いているのだろう。良くできた記事(一読しただけでするするっと頭に入る記事)というのはストーリーが一種のバイアスのかかった筋で紡がれていて、そこに適切な強弱が足され、無駄なノイズや矛盾する要素は巧みに排除されているからだ。
あんなに余談ばかりで話もあちこちに寄り道したというのに、書き手が定めた本筋以外はばっさり切り捨てられて、書かれていないことはしゃべった本人も覚えていないという状態。そんなこと言ってないのに、もしかしたらそう言ったのかもしれない。そんな記事に出会うと、あぁこのライターさんは優秀だなと思う。
これがAIなら、すべてをまんべんなく情報を網羅して取りこぼすことのない、ある意味完璧な記事を書くのだろう。でもどこも間違っていないのに、頭に入ってこない。心に響かない。そういう記事になるかもしれない。
要約とは編集である。そういう意味ではAIのもっとも得意な領域であるとも言える。しかしAIは敵わない。人間が一番ほしいのは「バイアスのかかった編集」だからだ。言いかえると「都合の良い事実」。白雪姫で王妃が魔法の鏡に向かって「鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰?」と問いかけるあれである。
住宅の設計がAIに取って代わると言われているけれど、私はそうはならないと思う。我々がこの「魔法の鏡」を手放さない限り。
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