今日はちょっとしたウェブ媒体の取材のためにトンガリの家へ。

降って湧いたトンガリ祭り。トンガリの家に通うのは、ここ1ヶ月でもう3回目くらいになるでしょうか。取材やら食事会やらが続いているせいですが、いつ行ってもYさんご夫婦は明るく迎えて下さいます。

さて、そんな竣工してからも通い詰めているトンガリの家ですが、いつも感心させられることがあります。それは家の”住みこなし力”について。


正直言って、Yさんのお宅は物が多いです。いつ行っても至る所に物が溢れています。でも、なんかセンスが良いんですよね。

Yさんの家に行くと、私はずっと棚ばかりを眺めてしまいます。そこにはいろんなものが飾ってあって、でもそのどれもがとっても愛情に溢れていて、家族の歴史がそこに刻まれているのです。


奥様はテキスタイルをやっておられたということで、どうも”織られたもの”がお好きなようです。家の至る所にはラタンや木で織られた籠が所狭しと置かれています。

ただこれも、家を建ててからお店でまとめて買ってきたという体ではなく、これまでにいろんな場所で、気に入った籠に出会うたびに一つ一つ買って増えてしまったという感じで、証拠にどれも形が不揃いでデザインも微妙に異なります。でもこれがまたいいのです。



ベッドのリネンも季節によって変えているようです。ソファのクッションも北欧のテキスタイルでまとめられていました。柄が同じで形が違うものもありました。

トンガリの家に来ると、幸せな生活というのは好きなものに囲まれて暮らすことなんだな、ということをあらためて感じます。先に書いたように、おしゃれな家を建てたからといって、慌ててセレクトショップで買い揃えたのではなく、これまでもYさんご夫婦は美しいものに囲まれて生活されてきたのでしょう。

しかしこれまで、その生活を納める器だけがなかった。それらが我々の設計した住宅の隅々に納められ、その居場所を得たように感じられたのは設計者冥利に尽きることです。


うちのクライアントの中には、本当に物を少なくして、竣工写真のままの状態でいつまでも暮らして下さっている方もいます。本当に頭が下がります。

それもまた家に対する愛情の表れだと思いますが、一方で家族の思い出や歴史のいっぱいに詰まったものが、部屋いっぱいに飾ってある家というものも良いものです。大切なのはぶれないことで、好みの統一がなされている空間というのは、物が多くても決して雑然とはしないものです。私はこういう生活感のある空間も大好きです。

最後に外部の植栽。竣工時にはまだまだ寂しかった道路際は、イイ感じに草花が育っているようでした。思い入れがあり移植した花梨の木も、今年も大きな黄色い実をつけてくれたそうです。


学生ってある意味義理堅いなと思うのは、過去に半期教わっただけの先生のところに、いまだにエスキース(設計指導)にやってくるということ。もう非常勤は1年以上前に退任したというのに。

学校では一人10分くらいのエスキースが、うちでは4時間コースになるわけですが、これはわざわざ足を運んだ子へのご褒美みたいなものでしょうか。もっともエスキースは1時間、あとはずっと脱線話でしたが…。

でもこういう話を、きっと彼らはずっと覚えているものなのかもしれませんね。

15. 07 / 05

里山の蛍

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sekimoto

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> 子ども
> 生活



私は蛍を見たことがなかった。ほんの数年前まで。

正確に言うと、イベントでビニールハウスのようなところを行列しながら見たり、客寄せ目的で放たれた都内の蛍なら見たことがあった。

しかし数年前、クライアントに誘われて、軽井沢町塩沢地区の蛍を見に行ってびっくりした。手を伸ばせば届く目の前を、野生の蛍が無数に飛び回る姿を見たのははじめてで、私はあやうく涙が出そうになった。

それをどうしても子どもに見せたくて軽井沢へ。まだシーズンの始まりとあって、飛んでいる数は少なかったとはいえ、それでも十分な数の蛍の姿がそこにはあった。

塩沢地区では、蛍を育てるためにわざわざ田んぼや水路を、トラスト運動によって年々増やしているのだという。よその蛍を放ったり、餌を撒いたりすることは一切しない。正真正銘、野生の蛍。

川の上を儚くも力強い光を放ちながら飛び回るその姿は、本当に美しかった。夜のフィールドを歩き回るという体験もまた、子どもには楽しかったようだ。

ガイドさんによると、来週〜再来週にかけては数百匹の乱舞が見られるだろうとのこと。野生の蛍を見たことのない方、是非一度足をお運びください。感動しますよ!

塩沢村エコミュージアム・里山キャンパス
http://ecomuseum.visitor-center.jp/

15. 07 / 02

無責任問題

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sekimoto

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> 思うこと
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引渡しに合わせて家具が届いた。ところが階段を見るなり、配送屋さんは「上げられません」。上げられないのではない。傷をつけるのが怖いのだ。

でもハシゴを使えば中庭からも上げられるはず。工務店さんが「手伝いましょうか?」と申し出ると、「いや、責任問題になるので」と断られたという。

結局「じゃあ置いていってもらえば我々で上げますので」ということで、このひとコマ。ものの10分ほどで荷上げは完了して、無事セッティングも完了した。

我々はもうこういうのは慣れっこになってしまった。しかし、そのたびに私は無性に腹がたつ。だって不可能を可能にするために、我々がどんな気持ちで設計や施工と向き合いこの日を迎えたか。しかし彼らは階段を一瞥するなり帰ってしまうのだ。

プロなら上げてみろよ!
手段はひとつじゃないだろうに。

我々の仕事は、つまるところ責任を一手に引き受ける仕事である。だって、普通じゃないことをやるんだから。メーカーのマニュアル通り、保証という名の庇護のもとでは実現できることは限られている。私はそんなものに縛られて本質を見失う仕事なんて、心底くだらないと思う。

だから我々はそこから勇気を持って踏み出す。
時に保証から外れることも厭わずに。なぜか?

それはクライアントが保証の世界から一歩踏み出して、我々に依頼して下さっているからだ。安全で平坦な道はいくらでもあったのに、わざわざデコボコ道を我々と歩んで下さっているからに他ならない。

すぐに責任という言葉を持ち出す人は、自分が責任を持ちたくない人である。責任が強いのではなく、要は無責任なのだ。


15. 07 / 01

ランウェイ

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sekimoto

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> 思うこと
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住宅は極めてリアルで実務的な設計領域である。
しかし一方で、私は建築専門誌で前衛的な住宅を眺めるのも好きだ。それは参考にするとかしないとかいう次元を超えて、学生時代から一貫した「建築を見るのが好き」という嗜好がさせる行為のように思う。

パリコレでモデルさんがキッチュな格好でランウェイを歩いている。共感ポイントをはるかに超えるツッコミどころについて、ファッション業界の人たちの目にはどう映っているのだろう?と思うことがある。

うわっ斬新!負けた。とか、この素材感次試してみよう!とか思うんだろうか。でもそれ、街で着てたら捕まりますから。

そして、ほんとにそんな家設計したら訴えられますから、というのが実際建っているという事実。すごいなあ。専門誌をペラペラとめくりながら、いつもそんなことを思う。

イイ!じつにイイ。けしからんなんて思わない。だってひとごとだもの。
私は建築を見るのが好きなのだ。きっと、それってパリコレ見にくる人と同じ気持ちなんだと思う。

しかし世の中にはいるんですね。なんというか、パリコレの格好で通りを歩いている人が。この変態っ。捕まるよ?