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ビルダーズの木藤編集長と益子アトリエに訪問後、帰ってオープンデスクの学生に建築家の益子義弘先生の話をすると、案の定知らないとの答えが。

そこで益子先生の著書『家ってなんだろう』を渡すと、ずっと黙々と読んでいました。平易な文章に引き込まれたようです。

わが母校の建築教育には、残念ながら益子先生のような建築家の名前は授業でも設計課題でも挙がることはありません。そのような設計アプローチは学生向きではないのかもしれませんが、小難しい建築理論を語るよりも大切な設計理念があることを、学生にこそ知ってもらいたいと思うのです。

17. 02 / 22

ストレッチ

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> 思うこと
> 生活


私は体が硬い。私もという方もいるかもしれないけれど、比べないで欲しい。私の硬さは尋常ではなく、これまで私より硬いという人に会ったことがない。

たとえば脚を揃えて前屈をしたとする。その際の私の指先は膝上に届くのがやっとである。嘘でしょ?とか冗談でしょ?と言われるが、嘘でも冗談でもないのである。絶望的すぎて、体質改善など端からやる気も起きなかった。

そう、去年の末までは。

人の勧めもあって、年が明けてお正月からストレッチをはじめた。最初はまさに前述の通りである。ほぼ絶望的。そこから私は毎晩ストレッチを続けている。文字通り毎日、一日も休まずに。

今、私はもう少しでつま先に手が届く。はじめてまだ2ヶ月だ。

それは45年生きてきて初めての体験である。諦めていた自分の体がこんなにも劇的に変化するなんて思いもしなかった。本当に嬉しくて、今では毎晩のストレッチが楽しみにすらなっている。

ストレッチをすると体が悲鳴を上げる。それと同時に、あぁここがこんなに縮こまっていたんだなあと気付く。それを数日続ける。そうするともう痛くなくなる。もう少し負荷をかけてみる。また体が悲鳴を上げる。これを毎日続けると、少しずつ少しずつ伸びてゆく。


これはきっと仕事力にも言えることなんだろうと思う。

その仕事力は最初はみんなカッチカチだ。嘘でしょ?とか冗談でしょ?というくらい柔軟性にも注意力にも欠けている。ほら、こうやるんだよと手本を見せても、異生物を見るような目で見られてしまう。

そう、それが去年までの私。でも痛い痛いと思いながら少しずつ、少しずつ延ばしていると、いつしかつま先に指が届くようになる。そこが本当のスタートライン。

自分では毎日の自分の変化には気付かない。続けることが大事。続けることが大事なのだ。ルーティーンは確実に力になるのだから。

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> 思うこと
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先日とある番組で脳科学者の中野信子さんが、困難に直面したら弱音を吐いた方が良いという主旨のことをおっしゃっていた。弱音を吐くと脳が現在の状態を自己認識できるので、気持ちが落ち着くのだという。

確かに人は悩みを抱えたとき、人に話すことで楽になれることがある。迷いがあったときに人に相談すると、考えがクリアになることもよくあることだ。自ら悩みの根っこを論理的に認識することで、問題点が整理されて脳が問題を解決しやすくなるのかもしれない。

一方で不安を抱えたまま、「大丈夫だろう」と根拠なく楽観すると、それが油断となって手痛い失敗をすることも多い。

アスリートなどがよく「成功するイメージしか持たない」という主旨のことを発言するけれど、それは彼らは日々無数の不安の種を持っていて、それを不断の努力で一つづつ潰してきているからそのようなことが言えるわけで、練習を怠ってはけして吐けない言葉だろうと思う。

仕事でも失敗のイメージを持つことはとても重要だと思う。失敗する、必ずミスをするに違いないという前提があると、そこを出発点として、それを回避するためには何をすれば良いかと考えるようになる。

仮にミスをしても、織り込み済みだから深く落ち込むこともない。何事も常に想像しうる最悪の想定からはじめると、結果は必ずそれよりは良くなる。上手く行くわけがないと思っていればプレッシャーもないし、結果も自分が思っているよりは上向くものだ。

けれどもネガティブは伝染するから、口に出すときは相手を選ばないといけない。本当はこのブログにももっとあけすけに書きたいのだけれど…。

17. 01 / 07

スケジュール

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とりあえず、年始から4月までのスケジュールを全部埋めた。
竣工するすべての住宅の引渡し日や、設計中の案件に必要な打合せスケジュールもすべて押さえた。身動きのできる隙間は春先まであとわずかしかない。

スケジュールを埋めてゆく作業は楽しい。緻密に立てたスケジュールを正確に遂行してゆくのはもっと楽しい。現場に振り回されることはあっても、私自身設計スケジュールを狂わせたことはない。徹夜もしない。スケジュール通りやればちゃんと終わるからだ。

生まれ変わったらやってみたい仕事はいろいろあるけれど、秘書はそのひとつだ。人のスケジュールを管理したい。「社長、12時からA社との会食です」とか言ってみたい。自信がある。きっといい仕事すると思う。

ところで、住宅設計に向いているのはどういう人かという話になると、私はいつも「呑み会の幹事さんができる人」と答える。全員のスケジュール調整からお店のセレクト、目配り気配りに段取りと、住宅設計に必要な要素がすべてそこにあるからだ。

ちなみに、私が絡む呑み会の幹事はいつも私がやる。幹事は楽しい。天職であるとすら思う。雑な仕切りを見ているといつもイライラするので、自分でやるのが一番ストレスがない。周りにも喜ばれるので一石二鳥である。そういうところも、住宅とよく似ている。

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> 北欧
> 思うこと



新年あけましておめでとうございます。

米の人類学者エドワード・ホールによると、アメリカやイギリスのように、多くの人種や宗教が入り乱れる低文脈(ローコンテクスト)の文化においては、自分の考えを人に分かってもらうために、言葉を駆使してコミュニケーションを図る必要性がはるかに高くなるのだそうです。

一方、高文脈(ハイコンテクスト)な文化においては、人々が同じような期待や経験、背景を持ち、遺伝子まで似ている。このような人々は言葉によるコミュニケーションの必要性が低くなります。日本もそんな国の一つと言えますが、北欧の国々の本質もまた、この高文脈と同質性にあるような気がしています。

昨年は11年ぶりに家族でフィンランドに訪れ、自分の根の所在をあらためて確認しました。私は20代後半で北欧と出会い、以来北欧とその文化に深く関わり現在に至ります。単なる北欧好きという枠を越えて、私は自分の生き方が本質的に北欧と同じ文脈にあることを感じています。

私は家族の中にいると無口になります。究極の高文脈(ハイコンテクスト)の中にいるからかもしれません。居心地とは高文脈の中にこそ宿る。あるいは、居心地の良い空間には高文脈があるとでも言いましょうか。あたたかな部屋で年始に思うのはそんなことです。

遠い北のかの国に憧憬を抱きながら、今年も空間の居心地に思いを馳せてゆきたい。言葉の要らない空間をつくりたい。「ハイコンテクスト」が今年のテーマです。