26. 06 / 10

魔法の鏡

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sekimoto

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> 仕事
> 思うこと


会合などがあると、持ち回りで議事録係などの役が回ってくる。私はこの議事録作成という仕事が大嫌いで、嫌な仕事はとっととやっつける性格から会合後にはすぐにやっつけ仕事のように記録を起こして相手に送ってしまう。

実際私は会合で前回の議事録がまわってきてもほとんど目を通すことはないし(本当はいけないのだろうけど面倒くさい)、だから自分でも議事録を付けながらこんなの誰が読むんだろうって思ってしまう。

そこで最近はAI議事録というのを重宝して使っている。ご存じの方も多いかもしれないけれどPROUDというカードサイズの超小型レコーダーで、会議中起動させておけば会合後に自動的にかなり正確なAI要約を作ってくれる。

最近では私がこれを持っていることをみんな知っているので、会合前に「関本さん、いつものお願い」と頼まれる。会議中ボタンを押して、AI要約議事録を終了後に送れば一部を修正するだけで公式記録にできる。みんなの貴重な時間を浪費しなくて済む。つくづく便利な世の中になったと思う。

ところがこのAI議事録、書かれていることはほぼ事実ベースで、よくもあの長々とした会議をこんなに正確に要約するものだと感心するのだけれど、あとで読み返すとなぜか頭にあまり入ってこない。どこか他人事で、新聞記事を読んでいるような気分にもなる。

議事録なんて所詮こんな無味乾燥なもので十分だと思う一方で、これが住宅の設計打合せの記録だったりすると、どこがハイライトだったかがわからなくなるのだ。舞台で大根役者がセリフを棒読みしているのを見せられているみたいな。それなら自分自身でつけたミミズが這ったような文字の方がよほど頭に入る。不思議なものだ。

そこであらためて思うことは、我々は人に話を聞くときはある程度のバイアス(先入観や偏見)をかけて聞いているのだなということ。逆にそうやって聞かないと、人の言葉なんてお経を聞いているようなものにしかならないともいえる。


相手の話を聞くときに、我々は相手の言葉(日本語そのもの)というより、相手の声音だったり、表情だったり、前後の文脈を組み合わせてその人の言葉以上の意味をそこから読み取ろうとする。それによっては、日本語の意味として「肯定」でも、「否定的肯定」の文脈で語っているように聞こえることもある。

極論すれば、ある程度の「決めつけ」をしないと設計のストーリーは定まらないともいえるかもしれない。フラットに聞いているように見せかけて、実は一定の決めつけをしながら話を聞いている。それはまったくをもってバイアス以外のなにものでもない。

雑誌の取材などでも、きっと編集者さんやライターさんもそうやって相手の話を聞いているのだろう。良くできた記事(一読しただけでするするっと頭に入る記事)というのはストーリーが一種のバイアスのかかった筋で紡がれていて、そこに適切な強弱が足され、無駄なノイズや矛盾する要素は巧みに排除されているからだ。

あんなに余談ばかりで話もあちこちに寄り道したというのに、書き手が定めた本筋以外はばっさり切り捨てられて、書かれていないことはしゃべった本人も覚えていないという状態。そんなこと言ってないのに、もしかしたらそう言ったのかもしれない。そんな記事に出会うと、あぁこのライターさんは優秀だなと思う。

これがAIなら、すべてをまんべんなく情報を網羅して取りこぼすことのない、ある意味完璧な記事を書くのだろう。でもどこも間違っていないのに、頭に入ってこない。心に響かない。そういう記事になるかもしれない。

要約とは編集である。そういう意味ではAIのもっとも得意な領域であるとも言える。しかしAIは敵わない。人間が一番ほしいのは「バイアスのかかった編集」だからだ。言いかえると「都合の良い事実」。白雪姫で王妃が魔法の鏡に向かって「鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰?」と問いかけるあれである。

住宅の設計がAIに取って代わると言われているけれど、私はそうはならないと思う。我々がこの「魔法の鏡」を手放さない限り。

来週の土曜日(6月13日)になりますが、北欧建築・デザイン協会(SADI)の総会にあわせて記念講演を企画しております。今年はギャラリーA4(エークワッド)館長でもいらっしゃる岡部三知代さんに「今も輝く作品を残した女性たち」というテーマでお話を頂く予定です。こちらはどなたでもご参加頂けます。

ギャラリーA4では過去にもアルヴァではなくアイノ・アールトにフォーカスを当てた展覧会企画で話題になりましたが、ほかにも、トーヴェ・ヤンソン、バージニア・リー・バートンといった女性作家の展覧会企画、そして現在はノエミ・レーモンド(アントニン・レーモンドの妻)の展覧会も開催されています。講演ではそうした前出の時代を切り拓いた女性作家達の生き方や残した仕事についても触れて頂く予定です。

これまで展覧会といえば「時代の大看板」ばかりに脚光が当てられてきましたが、A4のキュレーションにはよりフラットに社会を捉えようという視点があると感じています。

現在開催中のノエミ・レーモンド展には先週足を運びましたが、これまでアントニン・レーモンドの設計と言われてきた作品のいくつか(特に住宅作品)や家具などはノエミによるものであることは今回初めて知りました。これはアルヴァとアイノの関係にもとてもよく似ていて、二人は分かちがたく”二人で一人のレーモンド”であるとも感じました。

講演会は会員以外の方もお申し込み頂けます。会場の「東陽町ぐりんたす」はギャラリーA4と目と鼻の先ですので、当日「ノエミ・レーモンドの建築と意匠」展とハシゴする形で是非足をお運び下さい!


『今も輝く作品を残した女性たち』
― ギャラリー エー クワッドでの展覧会を通じて ―
講師:岡部三知代 氏(ギャラリー エー クワッド主任学芸員/館長)

日時: 2026年 6月13日(土) 15:30~17:30(受付15:00~)
会場:Toyocho green+ | 東陽町ぐりんたす 2階ホール
参加費:一般 2,000 円/学生 500 円
定員 : 50名(先着順・事前申込制)
■お申し込み方法と詳細はこちらより
https://sadiinfo.exblog.jp/36477107/

ギャラリーA4
「ノエミ・レーモンドの建築と意匠」展(6/18まで)
https://www.a-quad.jp/

26. 05 / 29

25年前の写真

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sekimoto

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> AALTO
> メディア



今から25年前、フィンランド留学中に現地コーディネートを担当した「エクスナレッジHOME創刊号/アールト特集」。建築知識社はこの時エクスナレッジ社になり、編集長はのちに社長になる澤井聖一さんが就任、アートディレクターに角田純一さんを起用という、当時超保守系出版社だった建築知識社が社運をかけて、攻めに攻めて出した雑誌がこの「エクスナレッジHOME」だった。

どのくらい攻めたかというと、日本から連れてきた写真家の一人が高橋恭司さんだったということがそれを象徴していた。

高橋恭司さんは90年代を代表するカルト写真家。けして雑誌の取材で編集者の指示で写真を撮るような人ではない。エイトバイテン(8x10)という大型写真機を使って、一日数枚しかシャッターを切らないというカリスマがアールトを撮る。それが逆に創刊号の目玉の一つにもなっていた。

そんな恭司さんの行く先々で当時どんな事件(ハプニング)が起こったのか、それはことあるごとに話しているのでここでは書かない。

そんな高橋恭司さんがこの雑誌のために撮った2001年のアールト写真が現在、新井薬師前の「スタジオ35分」にて展示されていて、今日ようやく足を運ぶことができた。

ギャラリーは隣のバーと繋がっていて、来場者は必ずバーでワンドリンク頼むというシステム。これ初めてきた人は、もしかしたら扉開けた瞬間に閉じちゃうかもしれない。

恭司さん、あろうことか当時のネガを全部燃やしちゃったそうで、ここに飾られているのは恭司さん自身が当時暗室で焼いたオリジナルプリントで、この世にこれしかもう残っていないという。すごく欲しかったのだけれど値段見たら心折れる金額で、流石に写真一枚にそこまで出せないと潔く諦めもついた。

最後ワンドリンク飲んで帰ろうと思っていたのに、一人バーカウンターで飲んでいると酔いが回ったのか「このまま帰っていいのか?」とぐるぐるしはじめ、、

結局買ってしまった!

高橋恭司さんによるアールト自邸のオリジナルカット。いい写真だ。25年前の私から、今の私にタイムスリップして届いた一枚。遠い昔の忘れ物をいま取り戻したような不思議な体験だった。

バーの店主も写真家で恭司さんと親しいらしく、私が25年前に現地コーディネーターを務めたのだと伝えるとすごくびっくりしていた。スピリチャルカメラマン高橋恭司さんのまわりでは今も不思議な事件が起こり続けている。



月曜日は非常勤を務める日芸2年生のスペースデザインⅠ、前期第一課題「Folding Space」の提出でした。

ノースケールではじめた手作業(手遊び)による造形に、最後はスケールと用途、そしてストーリーを与えて、それぞれの造形の延長線上に建築の”種”を見いだしてもらいました。

手のひらサイズの造形が、スケールを与えることでハンモックのようなものから、街のランドマークになりうる巨大建築にまで化け得るという建築の魔法。最後は皆個性的なアウトプットで楽しい講評となりました。学生同士で張ってもらった付箋の数(いいね!)が励みになってくれることを願います。


それにしても今回義務づけたイメージスケッチ、美大生らしくどんな表現を使ってくるかと思いきや、8割方は画像生成AIでした。

これは今回考えさせられたことで、元になっている造形は学生本人のオリジナルなので安易にAIで成果物を作ったわけではなく、彼らはそれをどう見せるか、どう表現するかというツールとしてAIを使っているに過ぎないということ。プロンプトの使い方に創造性が試されているともいえます。

少し前だと、画力のない学生は素朴な絵に色鉛筆みたいな表現で、イラレや3Dを使いこなす学生と表現の格差が開いていましたが、良い意味で皆が同じ土俵に並んだ感があります。

教育とAIの話はこれから向き合わなくてはいけない問題ですが、画力のあるなしにかかわらず、彼らのイメージをよりクリアに表現してくれるという意味では学生にとっては十分なクリエイションツールになっているように感じました。久しぶりの非常勤でちょっと浦島太郎状態です。

26. 05 / 23

Living Heritage

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sekimoto

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> AALTO
> 動画



美術手帖のYouTubeチャンネルで、建築史家の松隈洋さんが解体がはじまってしまった旧香川県立体育館の問題に言及されています。国内における近代建築を残す意義や意味についてもとてもわかりやすく解説されていて、そんな素晴らしい建築を残せなかったことに胸を痛めつつ、松隈さんの熱弁に引き込まれ心を打たれました。

この中でフィンランドの建築政策についても触れて頂いています。フィンランドでは「The Finnish Architectural Policy」というものが1998年に出されました。これは国の教育省やアートカウンシルが発行元となり、フィンランド建築家協会SAFAが編集を行ったものです。

The Finnish Architectural Policy 1998
https://ace-cae.eu/wp-content/uploads/2024/10/FI-report.pdf

松隈さんも感嘆されていましたが、内容が本当に素晴らしく、序文をまず時の首相が書いていること、またその中でパーヴォ・リッポネン首相は、憲法で定められた「良好な環境に関する国民の権利」を実現する機会を作ること、また「国民には自分たちの環境に責任を持つ権利と義務の両方があり、その権利を行使するためにも建築に関する教育や情報の提供を強化する必要がある」ことを強調し、この建築政策がアールト生誕100年祭の年に出されたことに大きな意義と喜びを感じる、と締めくくっています。

良い環境はすべての市民にとって基本的な権利(A good environment is a basic right of every citizen)という考え方にもしびれますが、私は特にフィンランドの「Living Heritage(生きた遺産)」という考え方に共感を覚えます。

フィンランドでは築90年近いパイミオサナトリウムやマイレア邸といったアールトの建築遺産が、単なる観光スポットとしてではなく、今もなお何らかの形で使われ続けているという「動的保存」の考え方があります。それはまさに建築にとって最も理想的で幸せな状態であるともいえます。

そんなアールトの建築群はユネスコ世界遺産への登録に向けて秒読みの段階に入っています。どうか末長く残って欲しい。松隈洋さんの美術手帖の動画リンクは以下より。素晴らしいコンテンツでした。

◼️美術手帖YouTube・なぜモダニズム建築は壊されてしまうのか?
https://youtu.be/qe5RHnm60BI?si=RTQJ9jsgR0j3F-KK


[追記]
こちらは最新版(2022-2035)のフィンランド建築政策リンクです。

◼️The Finnish Architectural Policy 2022-2035
https://julkaisut.valtioneuvosto.fi/server/api/core/bitstreams/6b2cb52e-2623-46b8-9fb1-467108c34d11/content

1998年の声明から一歩進んで、気候変動や建築的持続可能性(Architectural sustainability)、「Design fo All」の推進、デジタル化の推進などが追加されています。また1998年の声明はEUの多くの国での建築政策モデルとなったことにも触れられています。

建築の価値を「技術的、芸術的、文化的な価値を持つ資本」と捉え、「建築の本質は文化・芸術である」ということを国が宣言している点も素晴らしいです。

冊子も堅苦しいものではなく、ポップでどこかの気の利いた都市の観光案内のようです。国民にまったく響かない国交省の無機質な文書も少しは見習って欲しいですね。