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2020年東京オリンピックの会場ともなる新国立競技場の建設問題について、建築家・槇文彦氏を中心としたグループが、屋根をもう少し簡易な構造に変更することで、大幅な予算削減を実現するという代替案を発表した。あげくには、建築家ザハ・ハディド女史との契約は解除しようとする流れまであるらしい。

『世界的建築家・槙文彦氏「日本チームで作る」…新国立設計』
http://www.hochi.co.jp/topics/20150606-OHT1T50035.html

そもそもこの競技場問題の大きな論点は2つである。一つは巨大すぎることで周囲の景観を破壊するという点、そしてもう一つは建設費がかかりすぎるという点。

もう一つ加えるならば、設計を担当している建築家のザハ・ハディド女史は、業界でも有名な前衛建築家であり、彼女の案をコンペで選んだ審査プロセスやコンペプログラムも含めて、コンペ主催者側の責任も問われるべきだとする点、であろうか。

…スケールが大きすぎて、イマイチ何が起こっているかイメージできない方のために、これを我々の住宅設計に置き換えて説明したい。


建築家は名だたるライバルを抑えて、住宅のコンペで当選を果たした。斬新だが費用がかかりそうなデザイン。しかしクライアントは他の提案とは一線を画すその案を選び、夢を託した。

予想通り設計は困難を極めた。しかし当初のままとはいかないまでも、なんとか近隣問題や技術的なことに可能な限りの折り合いをつけて、設計はなんとか完了した。ところが見積りを取ると、それでも大幅な予算超過となってしまった。

この顛末を聞きつけたのがライバル達である。そもそも予算は決められていたわけだし、景観も破壊しかねない外観だ。自分ならもっと良い案が作れるはずだし、建築家の案が面白いわけがない。

「やっぱりそうか!」
「いやね、私もあれはひどいと思っていたんですよ」
「このままじゃ、あのお施主さんがかわいそうだよ」
「そもそもでかすぎるんだよ。あんな屋根なんてやめちゃえばいいのに」

かくしてクライアントの元には、ライバル建築家達から頼んでもいない代替え提案が届く。少々強引な建築家と、予算超過に頭を悩ませていたクライアントは、彼らの思いやり(余計なお世話ともいう)にあふれた提案に心が揺らぐ。

「でも、先生にこんなこと言えないですよ…」
と弱腰なクライアントに彼らはそっとささやく。

「やめさせちゃえばいいんですよ。その後は我々が引き継ぎますから。予算も守るし、お施主さんの言うことも聞きます。いいんですか?このままで。取り返しのつかないことになりますよ?」

そして建築家の元には、ある日突然の契約解除通知が届く。
寝耳に水の話に驚いたのも束の間、それはライバル達が根回しをした結果だと知る。「あいつら…ゆるさん!」

しかも、クライアントが最も期待を寄せ、自分も最も心血を注いでいた曲面を描く大屋根のデザインは、予算的な理由から普通の切妻屋根になるという。予算超過でクビになっただけならまだしも、今回はライバル達が勝手に自分の図面に手を入れて改変してしまおうというのだ。しかも許しがたいデザインに…。


こんな屈辱ってあるだろうか?
そんなことをしてできたものは、建築でも何でもない。

もちろん予算超過した建築家が悪い、という正論はあるだろう。でも選んだのは素人ではなく専門家達なのだ(委員長は安藤忠雄氏)。その案がどのくらい大変な案かはわかっていたはずだし、もっと安全策も取れたはずだ。しかしザハを選んだ。

住宅と公共建築は違う、その費用は血税でまかなわれるのだと言われれば、それもその通りだろう。しかし私は同じ建築を生業とする建築家として、この仕打ちはあまりにひどいしフェアじゃないと思う。それを”世界的”建築家が主導しているというのが私には信じられないのだ。

15. 06 / 03

勇気

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好き嫌いはなくしましょう、というのは今にして思えば大人の陰謀だったのかもしれない。嫌いなものは食べなくても生きて行けると思う。ピーマンには泣きながら食べなくてはいけないほどの栄養価が本当にあるのだろうか。

大人になれば必ずしも楽しい仕事ばかりじゃない。なりたい職業に就けるわけじゃない。嫌いな人ともお付き合いしなくちゃいけない。好き嫌いはいけない。嫌いなものを今から進んで食べられるようにしましょう。

嫌いなものは食べなくていい。食べたいものだけを食べればいい。私はそう思う。むしろ嫌いなものは食べないという意思を持ち続けることは、現代においては勇気を意味する。勇気ある大人になってほしい。

15. 05 / 18

想いがすべて

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人が何か物事を興すときには計画を立てる。

事業であれば事業計画を立てるし、家づくりであればまずは設計だ。ただそれ以前の問題として、その資金をどうつくるのか、その後にちゃんと回してゆけるのかということも考えなくてはならない。夢と心中するわけにはいかない。くれぐれも無理のないように。ご利用は計画的に、というわけだ。

しかし、はたして本当にそうだろうか?

無理からはじまらないと夢なんて叶わないのではないか。上手くいかないのはお金のせいではなく、浮ついた邪な気持ちがあるからだ。まずはじめることは、電卓をはじくことではなく、想いを強く深く持つということだと思う。

私は独立するとき、後先の事なんて考えなかった。独立するのが夢で、独立しないという選択肢がないのだから、独立して大丈夫か?なんて考えもしなかった。もちろん大変だったけれど、今も事務所は存続しているのだから結果オーライだろうか。覚悟が決まると、結果は後から付いてくるものなのかもしれない。

人は事をはじめる時には、デコボコのない平坦な道を歩みたがるものだ。結果的にデコボコもなく、平坦な道をリスクもなくゴールに辿り着いたとする。しかしそれは”夢”ではなく”現実”そのものであろう。近所のスーパーに買い物に行ったようなものだ。

こんなことをうちのクライアントと接しているといつも思う。さすが設計事務所に頼もうなんていうクライアントは”夢の熱量”が違う。想いの深さが半端ないのだ。

人がそれをやらないための理由はいくらでもつけられる。でもそれをやるための理由は一つしかない。我々が設計する家とはそういうものだと思う。

15. 05 / 02

生きること

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知人の建築家が急逝した。享年45歳だった。

彼は一度だけ私のオープンハウスに来てくれたことがあった。その後もSNSやブログ等を通じて、彼の活動や近況は身近に感じていた。年齢が近いことや共通の知人がいたこと、同じ埼玉をベースに置いていたこともあり、彼には親近感を覚えていた。

亡くなったその日も、彼は朝から元気な近況を残していた。だからその日のうちに亡くなったという事実は、私にとってはあまりに衝撃的だった。

私の父は50で他界した。周囲は若いのにと落胆したが、私には父が若かったのかそうでなかったのかはわからなかった。子供にとっては、親に若いも老ているもないからだ。

しかしいつからか、私は父の歳まで生きるのが目標になった。この感覚は親を亡くした者にしか解らないと思う。残された子は意味もなく、親の死に自分の宿命を重ねるものなのだ。

40になった時あと10年だと思った。今43だからあと7年。もちろん、50で私は死ぬわけではない(と思う)。実際今私はピンピンしていて、死ぬ気配は微塵もない。けれども「急がなくちゃ」という強迫観念が私を支配する。

知人の建築家は朝仕事をして、子供と野球をし、その日の晩に亡くなったという。死を身近に感じると、人は怖気付くようだ。夜家族と食卓を囲みながら、やっぱ死にたくない、と強く思った。

残されたご家族に想いを馳せるといたたまれません。
故人に心よりご冥福をお祈り申し上げます。

15. 04 / 28

免罪符

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竣工直前、現場はクリーニング、私はもうひと仕事。
現場に貼られたシールを剥がしてまわる。

これなんなんですかね、ベタベタと。
どんだけ重要なことが書かれているのかと思いきや、

「この製品はガラスのため破損することがあります」とか、
「硬いものでこすると傷つく恐れがあります」とか。

知ってる。
見ればわかるし。

PL法ってやつなんでしょうか。要は「言ったかんね、だからこっちには責任ないかんね」っていう。責任を全うするんじゃなくて、無責任を全うするための免罪符。

いいよいちいち貼らなくて、て思うんですが、いるんでしょうね、クレーマーが。「書いてなかったから破損したじゃないの!」とか言う人が。デザイナー泣いてるよ。この製品デザインした人が。そして、それスペックした設計者が。

わかった。まあいい。でも一言言わせてもらおう。
もっと剥がしやすくしてくれ。