15. 07 / 02
無責任問題
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sekimoto
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> 思うこと
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引渡しに合わせて家具が届いた。ところが階段を見るなり、配送屋さんは「上げられません」。上げられないのではない。傷をつけるのが怖いのだ。
でもハシゴを使えば中庭からも上げられるはず。工務店さんが「手伝いましょうか?」と申し出ると、「いや、責任問題になるので」と断られたという。
結局「じゃあ置いていってもらえば我々で上げますので」ということで、このひとコマ。ものの10分ほどで荷上げは完了して、無事セッティングも完了した。
我々はもうこういうのは慣れっこになってしまった。しかし、そのたびに私は無性に腹がたつ。だって不可能を可能にするために、我々がどんな気持ちで設計や施工と向き合いこの日を迎えたか。しかし彼らは階段を一瞥するなり帰ってしまうのだ。
プロなら上げてみろよ!
手段はひとつじゃないだろうに。
我々の仕事は、つまるところ責任を一手に引き受ける仕事である。だって、普通じゃないことをやるんだから。メーカーのマニュアル通り、保証という名の庇護のもとでは実現できることは限られている。私はそんなものに縛られて本質を見失う仕事なんて、心底くだらないと思う。
だから我々はそこから勇気を持って踏み出す。
時に保証から外れることも厭わずに。なぜか?
それはクライアントが保証の世界から一歩踏み出して、我々に依頼して下さっているからだ。安全で平坦な道はいくらでもあったのに、わざわざデコボコ道を我々と歩んで下さっているからに他ならない。
すぐに責任という言葉を持ち出す人は、自分が責任を持ちたくない人である。責任が強いのではなく、要は無責任なのだ。
15. 07 / 01
ランウェイ
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sekimoto
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> 思うこと
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住宅は極めてリアルで実務的な設計領域である。
しかし一方で、私は建築専門誌で前衛的な住宅を眺めるのも好きだ。それは参考にするとかしないとかいう次元を超えて、学生時代から一貫した「建築を見るのが好き」という嗜好がさせる行為のように思う。
パリコレでモデルさんがキッチュな格好でランウェイを歩いている。共感ポイントをはるかに超えるツッコミどころについて、ファッション業界の人たちの目にはどう映っているのだろう?と思うことがある。
うわっ斬新!負けた。とか、この素材感次試してみよう!とか思うんだろうか。でもそれ、街で着てたら捕まりますから。
そして、ほんとにそんな家設計したら訴えられますから、というのが実際建っているという事実。すごいなあ。専門誌をペラペラとめくりながら、いつもそんなことを思う。
イイ!じつにイイ。けしからんなんて思わない。だってひとごとだもの。
私は建築を見るのが好きなのだ。きっと、それってパリコレ見にくる人と同じ気持ちなんだと思う。
しかし世の中にはいるんですね。なんというか、パリコレの格好で通りを歩いている人が。この変態っ。捕まるよ?
しかし一方で、私は建築専門誌で前衛的な住宅を眺めるのも好きだ。それは参考にするとかしないとかいう次元を超えて、学生時代から一貫した「建築を見るのが好き」という嗜好がさせる行為のように思う。
パリコレでモデルさんがキッチュな格好でランウェイを歩いている。共感ポイントをはるかに超えるツッコミどころについて、ファッション業界の人たちの目にはどう映っているのだろう?と思うことがある。
うわっ斬新!負けた。とか、この素材感次試してみよう!とか思うんだろうか。でもそれ、街で着てたら捕まりますから。
そして、ほんとにそんな家設計したら訴えられますから、というのが実際建っているという事実。すごいなあ。専門誌をペラペラとめくりながら、いつもそんなことを思う。
イイ!じつにイイ。けしからんなんて思わない。だってひとごとだもの。
私は建築を見るのが好きなのだ。きっと、それってパリコレ見にくる人と同じ気持ちなんだと思う。
しかし世の中にはいるんですね。なんというか、パリコレの格好で通りを歩いている人が。この変態っ。捕まるよ?
設計者というものは、つくづく「いまここ」を生きる職業であると思う。「いまここ」にすべてを賭ける。そして出来たものが、「いまここ」における最高の仕事であると。
しかしそれは相対的に決まるものでもある。
つまり依頼主を満足させるために、すべてはそこに向かって仕事を収束させてゆくわけだから、自分たちがいかに満足しようとも、依頼主が満足して下さらなかったらその仕事は最高とは言えない。それどころか失敗ですらある。だから恐い。建築の仕事は本当に恐ろしい仕事だと思う。
今日は来週引渡しの、とある住宅の竣工検査があった。
会心の出来だと思う。
心から満ち足りた気持ちになった。こういう仕事は本当に珍しい。他人にはわからないけれども、自分にはわかる思い通りにならなかった部分や失敗が頭を離れず、私はいつも深く落ち込む。どの仕事だってそうだ。
今日はどうしてそんな気持ちになったのだろう。
それはクライアントがとっても喜んで下さったからだ。クライアントからかけて頂いた言葉を私はきっと忘れないだろう。私が心から望んでいた言葉を聞くことができた。それが本当に嬉しかった。
「いまここ」に持てる力すべてを注ぐことができたとしても、人間は完全ではないから、やっぱり完全な仕事はできないのかもしれない。実際今日も検査では多くの指摘があったし、あれほど注意深く進めた我々の設計や、現場の施工も完全ではないことをあらためて実感した。
しかし今回は会心の仕事だったと思う。
満ち足りた気持ちになった。完全ではなかったかもしれないけれど、最高の仕事ができたと思う。
どうしてだろう?それはクライアントが喜んでくれたからだ。
不完全な人間は、人間によってはじめて満たされるのかもしれない。
15. 06 / 15
9:11
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sekimoto
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> 思うこと
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私は9月11日生まれであるが、時計を見ると9:11であることがよくある。
1度や2度ではない。
朝気配を感じて、その方向を見るとかなりの確率で9:11である。
昨晩も、風呂から出て時計を見たら9:11であった。
この話を何気なくスタッフにしたら共感していたので、
どうやら私だけではないらしい。
15. 06 / 09
レクサス
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sekimoto
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> 思うこと
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その昔、とあるクライアントがいらした。この方は以前からうちのオープンハウスにも顔を出し、北欧つながりのキーワードでも繋がっていた方だった。
ある日、この方がとうとう満を持してうちに設計相談にいらした。私は歓迎した。大いに盛り上がった打合せの最後に、しかしクライアントはこう切り出したのだ。実は別の建築家にも声をかけている、と。要はコンペというわけだ。
そのコンペは、結論から言うと負けた。
そのクライアントはとてもウマの合いそうな方だったし、その人の態度はまるで私を本命視しているようでもあった。それを真に受けた私がウブだったのかもしれないが、まるで相思相愛と信じた相手に、確信を持って告白したらフラれたくらいのインパクトで、私は深く落ち込んだ。
その方のその時の断り方もまた、その後の私の心に長く尾を引くことになる。言い換えるならば「一番好きなのはあなただけれど、一緒にはなれない」的な。私ではなく誰に頼んだかは結局聞かなかった。
それから一年ほど経ったある日、ふとこのことを思い出した。
あの時決まっていれば、そろそろ竣工する頃だな。その日、どうしてそんな事を思ったかはわからない。私に未練がなかったといえば嘘になる。しかし思いが引き寄せたというには出来過ぎな話だが、その日私が久しぶりに自分の設計したカフェに行くと、扉を開けて出てきたのはそのクライアント本人だったのだ。
往年のトレンディドラマ「東京ラブストーリー」なら、あのBGMが流れるシーンであろう。衝撃的な再会。なぜ私のカフェに?あいつと幸せになったんじゃなかったのか!?これがドラマなら、まさに雨の中傘もささずに、という状況である。
「あっ関本さん…」
「あの、どうしてここに…」
「あ、あの…もうすぐ完成するんです。もしよかったら…あの、オープンハウス来てくれませんか?」
何を言っておるのだ。まさに別れた女性から「結婚式には来てね」と言われたようなものではないか。
「も、もちろんですとも!案内送って下さいね」
かくして私はノコノコとオープンハウスに出向いて行ったのだ。羨望と祝福の声が飛び交うその場所で、私は作り笑顔を浮かべていた。クライアントもいらした。「ご竣工おめでとうございます!素晴らしい空間ですね」(…幸せになれよ)
しかし私の心を真に乱したのは、実にその後のことであった。
その家は某著名建築家の設計により完成を迎え、数ヶ月後には建築専門誌にも掲載された。大胆かつ斬新な空間構成。大幅に誌面も割かれていた。そのどれもが、当時の私には持ち得なかったものだ。清々しいまでの完敗…。
しかし!
私は見逃さなかった。その写真に写っていたその生活風景を。そこには当時の私が好んで用いていた素材が散りばめられ、我が家と同じデザインの家電があり、私の好んだ北欧デザインや家具が並んでいた。購入元も私と繋がりがある場所からだった。この空間は…私の空間ではないか!
その時に悟ったのである。
「一番好きなのはあなただけれど、一緒にはなれない」という言い回しの真意を。私はその時、みすぼらしい男が、走り去るレクサスの後ろ姿を見送ったような心境であった。そしてこう心に刻んだのである。「今に見てろ、見返してやる!」と。
(「伝説の日本の社長」より)
ある日、この方がとうとう満を持してうちに設計相談にいらした。私は歓迎した。大いに盛り上がった打合せの最後に、しかしクライアントはこう切り出したのだ。実は別の建築家にも声をかけている、と。要はコンペというわけだ。
そのコンペは、結論から言うと負けた。
そのクライアントはとてもウマの合いそうな方だったし、その人の態度はまるで私を本命視しているようでもあった。それを真に受けた私がウブだったのかもしれないが、まるで相思相愛と信じた相手に、確信を持って告白したらフラれたくらいのインパクトで、私は深く落ち込んだ。
その方のその時の断り方もまた、その後の私の心に長く尾を引くことになる。言い換えるならば「一番好きなのはあなただけれど、一緒にはなれない」的な。私ではなく誰に頼んだかは結局聞かなかった。
それから一年ほど経ったある日、ふとこのことを思い出した。
あの時決まっていれば、そろそろ竣工する頃だな。その日、どうしてそんな事を思ったかはわからない。私に未練がなかったといえば嘘になる。しかし思いが引き寄せたというには出来過ぎな話だが、その日私が久しぶりに自分の設計したカフェに行くと、扉を開けて出てきたのはそのクライアント本人だったのだ。
往年のトレンディドラマ「東京ラブストーリー」なら、あのBGMが流れるシーンであろう。衝撃的な再会。なぜ私のカフェに?あいつと幸せになったんじゃなかったのか!?これがドラマなら、まさに雨の中傘もささずに、という状況である。
「あっ関本さん…」
「あの、どうしてここに…」
「あ、あの…もうすぐ完成するんです。もしよかったら…あの、オープンハウス来てくれませんか?」
何を言っておるのだ。まさに別れた女性から「結婚式には来てね」と言われたようなものではないか。
「も、もちろんですとも!案内送って下さいね」
かくして私はノコノコとオープンハウスに出向いて行ったのだ。羨望と祝福の声が飛び交うその場所で、私は作り笑顔を浮かべていた。クライアントもいらした。「ご竣工おめでとうございます!素晴らしい空間ですね」(…幸せになれよ)
しかし私の心を真に乱したのは、実にその後のことであった。
その家は某著名建築家の設計により完成を迎え、数ヶ月後には建築専門誌にも掲載された。大胆かつ斬新な空間構成。大幅に誌面も割かれていた。そのどれもが、当時の私には持ち得なかったものだ。清々しいまでの完敗…。
しかし!
私は見逃さなかった。その写真に写っていたその生活風景を。そこには当時の私が好んで用いていた素材が散りばめられ、我が家と同じデザインの家電があり、私の好んだ北欧デザインや家具が並んでいた。購入元も私と繋がりがある場所からだった。この空間は…私の空間ではないか!
その時に悟ったのである。
「一番好きなのはあなただけれど、一緒にはなれない」という言い回しの真意を。私はその時、みすぼらしい男が、走り去るレクサスの後ろ姿を見送ったような心境であった。そしてこう心に刻んだのである。「今に見てろ、見返してやる!」と。
(「伝説の日本の社長」より)
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