とあるお店の入口に並んでいると、年配の女性が店員さんに、駐車場で車が障害物との間にはまってしまい出せなくなってしまったと困った顔で訴えていた。
その店員さんは入場制限をしている来客の対応で手一杯。奥にいた若い男性店員に代理で対応するよう指示をするも、その店員も不安そうな表情。
女性に代わってハンドルを握ればなんとかなるかもしれない。でも親切心から手を出せば、結果として他人の車に傷をつけてしまうかもしれない。次々に店員が出てくるものの、皆何もできずに現場はパニックになっていた。
私はそれを横目で見ながらも、やはり自分は関係ないと傍観を決め込んでいたら、後ろから息子に「ほら、お父さんの出番なんじゃないの?」と背中を押された。
デジャヴだった。昔息子が小さかった頃、何かのアトラクションで舞台上から「これ一緒にやってくれる人いませんか?」と呼びかけていた。横で俯いている息子に、「ほらこういう時は手を上げないと!」と半ば強引に息子に手を挙げさせて、後で恨まれたことがあった。それが今は私が俯いている。
店員さんに声をかけ、「私がやりましょうか?」と申し出ると現場に安堵の空気が流れた。運転席に座り、何度か細かく切り返すと、なんとか無事に車を脱出させることができた。
奥からは店長も出てきて何度も頭を下げられ、手土産まで頂いてしまった。でもごめんなさい、私はそういう人間じゃないんです。
息子からの言葉は「ありがとう!」だった。とても恥ずかしかった。
その店員さんは入場制限をしている来客の対応で手一杯。奥にいた若い男性店員に代理で対応するよう指示をするも、その店員も不安そうな表情。
女性に代わってハンドルを握ればなんとかなるかもしれない。でも親切心から手を出せば、結果として他人の車に傷をつけてしまうかもしれない。次々に店員が出てくるものの、皆何もできずに現場はパニックになっていた。
私はそれを横目で見ながらも、やはり自分は関係ないと傍観を決め込んでいたら、後ろから息子に「ほら、お父さんの出番なんじゃないの?」と背中を押された。
デジャヴだった。昔息子が小さかった頃、何かのアトラクションで舞台上から「これ一緒にやってくれる人いませんか?」と呼びかけていた。横で俯いている息子に、「ほらこういう時は手を上げないと!」と半ば強引に息子に手を挙げさせて、後で恨まれたことがあった。それが今は私が俯いている。
店員さんに声をかけ、「私がやりましょうか?」と申し出ると現場に安堵の空気が流れた。運転席に座り、何度か細かく切り返すと、なんとか無事に車を脱出させることができた。
奥からは店長も出てきて何度も頭を下げられ、手土産まで頂いてしまった。でもごめんなさい、私はそういう人間じゃないんです。
息子からの言葉は「ありがとう!」だった。とても恥ずかしかった。
毎年恒例の「明日への手」という美術展に出展するための息子の絵がようやく完成。鮮やかな蝶に引き込まれました。先日見たバスキアにも強く共感したようで、影響も見て取れます。
本当はもう少しゆとりを持って制作してもらいたいのですが。間に合うのか傍目にも不安でしたが、諦めなかったのは偉いなと思います。
作品としてはまだまだ未熟かもしれませんが、彼がスマホ以外に一心不乱に集中する姿を見るのは、親としては清々しいものです。応援したくなる。何より彼の世界観が素直に表現されているのが良いと思うのです。
「明日への手」という展覧会は、息子が幼稚園年少の頃に習わせた美術教室で出展させて頂いて以来、毎年欠かさず出しているものです。
高校生になっても続けているのはほんの数人。最初はまわりが上手すぎて、美術展でも引け目を感じている様子もありました。でも続けるというのは素晴らしいことです。ある時期からデッサンの力がぐっと伸びた気がします。美術は息子にとっての希望そのものです。
締切はとっくに過ぎてしまったけれど、先生の計らいで今日から始まる展覧会の会場に直接持ってきてくれれば良いとのこと。学校のある息子に代わり奥さんが搬入します。私は仕事で足を運べませんが、お近くの方は覗きに来て下さい。
第62回「明日への手」美術展・埼玉展
https://www.geijyutuniyoru.com/asu/
16. 08 / 27
夏休みもわずか
author
sekimoto
category
> 子ども
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さて8月も終盤にさしかかり、子どもの夏休みもあとわずかです。
以前は夏休みといえば8月31日までと相場は決まっていましたが、最近は数日早く始まり、今年は29日に始業式とのこと。そうすると問題は宿題です。お約束ですが、我が家も漫画の一コマのような状況で、この週末は締切に追われる作家のように家の中にカンズメとなることでしょう。
さて宿題の一つに理科の自由研究がありました。お約束の「朝顔の観察」的なことかと思っていたら、それでもいいし、あるいは身近にいる動物や植物の絵を細密画で描いても良いそうです。冒頭はそんな彼の一枚。妙にリアルです。東南アジアとかにいそう。
あとは職業調査ということで、私が建築士の仕事について答えました。子供に自分の仕事のことを話すのは、はじめてのことかもしれません。間接的にですが、彼へのメッセージも含まれています。
中学生になった息子が好きなゲームを自分で作りたいと、プログラミング教室に通い始めて早3ヶ月。入門編のソフトであるスクラッチ(小学生向けの教育プログラム)には早々に退屈したのか、次に3Dで作れるユニティというソフトを使って玉転がしゲームを昨日までに完成させました。
これは球を壁にぶつけないように注意深くポイントをゲットしてゆくという単純なものなのですが、ちゃんと獲得ポイントも表示され、いろんな視点からフィールド全体を眺めることもできます。
私は門外漢なので、こういうものを作るのがどれだけ大変なのか、あるいは意外と簡単なのかはわからないのですが、自分で考えた世界観が、単純なものであっても目の前に実現できるということは素晴らしいことだと思っています。いつもは話しかけてこない息子が、自分から完成したゲームを披露してくれたので、きっと彼も達成感を感じたのでしょう。
早速彼は次のゲーム製作に取りかかりました。今度はまた別のソフトを使ったRPG(ロールプレイングゲーム)の製作です。昨日一晩で、上の画面のようなシークエンスを作り上げました。例によって、これだけ見ると私などは「お、すごい!」と思うわけですが、マインクラフト世代の彼らにしてみれば、このくらいは朝飯前なのかもしれません。
息子の通うプログラミング教室は本当に自由な教育方針で、カリキュラムに依らず、生徒の興味の赴くまま好き勝手にやらしてくれます。そういうところも、うちの子の気質に合っている気がします。
◇
ご存じかもしれませんが、2020年から小学校でもプログラミングが義務教育化される動きがあります。賛否両論あるようですが、私は賛成です。今や社会はプログラミング知識なしでは産業は成り立ちませんし、きっと英語や数学よりも役に立つ場面が出てくるはずです。
プログラミングというと、難しいコンピューター言語を操るオタクな世界のように思われがちですが、プログラミング知識のない私が言うのもなんですが、息子を見ているともっと日常的でドライな、会社員がSNSをやるのと同じくらいの世界のように思います。
そして思えば、建築やデザインという世界もまさしくプログラミングと同じ世界なのだと気づかされます。顧客(社会)が何を求めているかを考え、それに対していかにわかりやすく、直感的で使い勝手の良い提案をしてゆくか。予見される不具合(バグ)をどこまで織り込むか。それを図面や仕様書という形で構築してゆく。それが設計であり、デザインという世界の本質です。
そしてより美しく、より多くの人の共感を得られるものだけが社会に残ってゆく。これはもはや建築やデザインにとどまらず、社会の仕組みそのものだとも言えます。
今世界を席巻し、まもなく日本上陸を伝えられるスマホアプリ「ポケモンGO」の一連の報道などを見ると、これから社会の仕組みやあり方にまでインパクトを与えられるのは、こうしたゲームやアプリ分野をおいてないような気もしてしまいます。
私は建築をやっていなかったら何をやっていたかなと思うことがたまにありますが、写真やグラフィックデザインにも興味があるのですが、今の時代ならプログラミングも悪くないかもしれません。もっとも、私はゲームには全く興味はありませんが。
リオタデザインのクライアントには、なぜかSE(システムエンジニア)が多いという傾向があります。そしてその方達は、我々の仕事を自分たちの仕事ととてもよく似ていると口を揃えるのです。私が前述のようにプログラミングを捉えていることと、これは偶然ではないような気がします。
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