13. 12 / 25
LBX
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sekimoto
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> 子ども
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ドタドタと廊下を走る音.「こわい!部屋になんか置いてあるっ」
だからサンタだろ.何回クリスマスやったら学習すんだよ.
ご注文に間違いないですか?
https://www.riotadesign.com/blog/8970.html
13. 12 / 23
パンドラの箱
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sekimoto
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> 仕事
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10年ほど前、独立当時のプロジェクトファイルが入ったダンボール。当時ろくに整理もしないまま放り込んでいたのが逆に生々しく、思わず「うぎゃっ!」となってしまいました。
もう全力で消し去りたいものばかり。全力でなかったことにしたい。
見込みがないのに何度もプレゼンしてやっぱりダメだった案件。見下されて悔しくてプレゼン中に涙が出てきた案件。電話で大げんかしてそれきりになった企業。苦労ばかりでお金なんてほとんどもらえなかったプロジェクト。もう、そんなんばっかです。
あーもう破棄破棄!わーわーわー(耳をふさぎながら)
仕事がなかったから卑屈になっていたんでしょうね。本意ではないこともいろいろやりました。悔しくても頭を下げました。よくもまあ「独立当時はお金はなかったけど楽しかった」なんて言ってたもんです。思い出しました。楽しくなんてなかった。本当につらかった。毎日生きるのに必死だった。あの頃の思いが缶詰の蓋をあけたように溢れ出してきました。
思い出は美化されるから人は生きてゆけるんですね。もう二度とあの頃には戻りたくない。あんな時代もあったのに、よくもまあ今までやってこれたものです。
10年前の自分へ。あなたは今でも生きています。そして仕事は楽しく、幸せな人生を歩んでいます。がんばったな今の自分。よくやった今の自分。

13. 12 / 22
柿の木移植
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sekimoto
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> 仕事
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都内某所の計画。ビルの谷間に窮屈そうに伸びる柿の木。でも昔は隣にはビルなんてなくて、2階建ての家だったそうです。70になるお父さんが小さい頃に苗木で買ってきたこの木は、毎年美味しい柿を実らせてきたとのこと。この日は耕水の湊さんに、計画にかかるこの柿の木をなんとか移植できないかのご相談。
柿の木は移植が難しいとされています。活着の可能性は20%もないかもしれません。けれどもこれが我が子なら、万が一にも助かる見込みがあるなら誰しもその可能性に賭けることでしょう。執刀医の湊さんからも大変難しい手術(オペ)になる旨の説明がありました。皆祈るような気持ちで見守ります。

13. 12 / 18
未完の
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sekimoto
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> 仕事
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現場に行ってモルタルで下塗りされた外壁を見ると,いつもきれいな色だなと思う.このままでいいんじゃないかと思うほど.内部に入ると作業用の照明が無造作に棚に取り付けられていたりする.これまた凝った照明計画にするより,ずっと魅力的な光を放っていたりしてはっとさせられる.
現場はやっぱり美しい.なんだろ,未完だからいいんだろうな.無限の可能性が詰まっている.仕上がったところを想像するのもまた楽しい.あれだ,子どもと一緒だ.幼いときほど可能性が詰まっている.それが成長すると…いや違う,何の話だ.
13. 12 / 17
降りてくること
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sekimoto
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> 思うこと
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はたして何もしていないときに「降りてくる」ことなんて,どれほどあるのだろう.少なくとも私は一度も経験がない.だからそんな人はきっと天才なんだろうと思う.
ピッチャーはマウンドに立つ前に,ブルペンで肩慣らしをする.マウンドを意識しながら出番を待っている.舞台に立つ前には相応のウォーミングアップが必要だ.いきなり投げろと言われてもできない.きっとそんなことをしたら,本調子になる前に交代を告げられるだろう.
私もプランニングを頼まれたら,ウォーミングアップからはじまる.まずはエスキース帳に敷地の輪郭をオンスケールで描き,漠然と配置やゾーニングを描いてゆくところから始める.周辺状況やご要望を浮かべながら,焦点の結ばないぼんやりとした線を何本も何本も引いてゆく.重要なのはスケールを手放さないこと.必ずスケールを当てて考える.どんなつまらない案でも,ひとつでも出来ればそれは一案だ.ここまではいわばルーティンワークである.
なんとなくアイデアはある.そしてすでに案もいくつかできてはいる.けれども降りてきてはいない.決め手に欠ける.そこからが長いのだ.けれどもそこまでブルペンで肩慣らしをしておくと,頭に図面が入っているので,歩きながらやお風呂の中で,布団の中でも案を温め続けることができる.毎日考える.何案も何案も頭が沸騰するくらい考える.エスキース帳は一件の住宅のプランに一冊を使い切るくらいだ.そして,ある瞬間に焦点が結ばれる.
それがいわゆる「降りて」きた状態なのだと思う.
学生を見ていていつも歯がゆく思う.設計指導をしている学生達の多くは,毎週の指導日に真っ白な状態で何も浮かばなかったと言う.アイデアにスケールを与えず,いつまでも抽象的なイラストのまま現実逃避を続けている.
彼らはきっと,ニュートンがリンゴを見て万有引力を発見したという話を勘違いしているのかもしれない.ぼんやり庭を眺めていただけで歴史が変わるはずはない.何も浮かばないまま真っ白なエスキース帳に向き合い続けるのはさぞや苦痛だろう.どこかにショートカットキーがあれば押してみたいものだ.けれども人生にショートカットキーは存在せず,地道に手数を積み重ねることでしか真の解決には辿り着かない.
今さらこんなことを言ったところでもう遅いのかもしれない.けれども毎回同じ事の繰り返しで悩み,苦しんでいる学生があまりに多いことにいつも心が痛くなる.
抽象的な言説とお絵描きからは早々に決別しなくてはならない.模型ばかり作っているというのも考えものだ.右手には鉛筆,左手にはしっかりと三角スケールを握りしめて,苦しくも地道な作業に没頭しなくてはならない.一案に囚われてはならない.行き詰まったら何案でも考えるのだ.
せめて言い訳をするならば,像を結ばない無数の線とプランニングの軌跡を記した丸一冊分のエスキース帳を差し出して欲しい.けれどもそこまでする人はいないだろう.その時点で必ず降りてきているはずだから.
