解体の現場に立ち会うと,仕上げの下から現れた生々しい素材感や構造にゾクゾクすることがある.天井をはがしたときに現れる小屋組み,外壁をはがしたときに現れる柱.そしてそれをそのまま残したい!という衝動にかられる.

けれども一方ではそんな感覚的な話とは別に空間には機能が必要で,美観やメンテナンス,音や温熱環境や設備などいろんなことを考えると,リフォーム計画ではやはり天井は張るべきとの結論に至ることが多いのが現実だ.

お施主さんからしたら生活にそこまでの冒険は求めていないわけで,我々としても納まるべきものが納まって少しほっとしたような,でも少し残念なような複雑な気持ちになる.

写真はとある現場の既存タイルをはがしたブロック塀.この後下地を整え,再び吹付け塗装を施す.ただこの塀を見たとき,思わずスタッフと共に「おー!」と唸った.この迫力は石張りでもきっと敵わないだろう.

ただやはりそこは,このママというわけにはいかないので,この状態は工事中で見納めになることだろう.できることなら,このまま持ち帰って事務所の壁に張り付けたいくらいの存在感である.

私は”エコ”という言葉があまり好きではありません.
我々が”エコ”という言葉を発するときは,「はいはい,こういうのを世間的にはエコって言うんだよね」的な,ちょっと醒めた目線からの言葉になっているような気もします.

世間ではとにかく”エコ”とつければ許されるみたいな風潮があります.買った商品などにも,これみよがしにエコマークがついていると企業の免罪符にしか見えないこともあり,本当にそう思っているの?と複雑な思いがします.

またエコ運動を推進している人の中には融通が利かない,自分が絶対に正しいという視点があって傲慢な印象を受けることもあります.言っていることは正しいけど従いたくないみたいな,それでは私は逆効果のような気がします.

私は原発には反対ですが,でも現状を考慮に入れないで今すぐ全部止めろみたいなことにはあまり賛成できません.その前提として,原発がなくても十分にやっていける社会の枠組みづくりをすることが重要だと思うからです.

建築でもエコ建築を推進する立場の方は,何が何でもエコが優先みたいに言う人がいます.この人の前では間違っても「エアコン」なんて言えないみたいな.
ソーラー発電は良いけどいくらかかるんですか?という問題や,高性能の断熱や,ガラスや,国産材の問題ももちろん大事だけど,なんでも徹底されていないといけないみたいに言う人には違和感を覚えます.少しずつできることからやるしかないと思うからです.

先のオゾンのコンペでも,私は自然エネルギーを使った自立循環型住宅の提案を行いました.でもそこには目くじらを立てて,”高気密高断熱”と叫んでいる人たちに向けてのささやかな反発も込めていました.住宅の高気密化,高断熱化は前提とした上で,それでも僕は日本の家は夏を旨としてもっと開いてゆくべきだし,暖かくて夏も涼しくて,ローコストで,かつ光熱費もかからない家をつくりたいと思うのです.(実践レベルではまだ課題も山積みですが)

昨日は自立循環型住宅の設計講習会に行ってきました.
写真はそのテキストなのですが,講習会に出席した動機の一つはこのテキストを入手したかったことがありました.この本は300Pくらいあるのですが本当に貴重なテキストで,話によると国が200人の学者を動員し,4年の歳月をかけて完成させたものだとか.

残念ながらこれは書店では手に入りません.このウン万円の,年に数回しか行われない講習会に出ないともらえないのです.そんなことで広まるのかという疑問もなきにしもあらずですが,ただ昨日は講習会自体も大変有意義な講習で勉強になりました.