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今から10年ほど前に、熱心にオープンハウスに足を運んで下さっていたご夫婦がいらっしゃった。Mさんといって、オープンハウスでは、自分たちがいかにリオタデザインの住宅が好きかを熱く語って下さり、その後設計相談も受けて土地探しなどもされていたものの、いつの頃からかオープンハウスにもいらっしゃらなくなった。

土地探しからご相談に乗ったとしても、そのまま晴れて良い土地が見つかり、設計依頼まで辿り着くという方は、おそらく3割を切るかもしれない。Mさんも印象的なご夫婦だったものの、諸事情から家づくりを諦めたか他の選択肢を選んだのだろうと思っていた。

そんなMさんから最近連絡があった。

あらためて中古住宅を購入するので、改修をしてもらえないかという相談だった。実に10年越しの依頼。諸事情から新築での家づくりは諦めたものの、リオタデザインが設計した家に住みたいという熱は消えることなく、今回はダメモトでのご依頼だったようだ。

今は事務所は忙しく、部分改修などの設計依頼はほとんど請けられないのだけれど、もうそんなの断れるわけない。スタッフは皆手一杯なので、私がすべて図面を引くことにした。10年間も思い続けてくださる方がいるなんて、、感無量だ。


そんな感激も醒めやらぬ中、さらにすごい方が現れた。

今日面談をさせて頂いた方は、うちのHPやブログを見て下さってのご相談とのこと。どういう経緯でうちの事務所を知ったのですか?とお訊ねすると、なんと私がフィンランドに留学する前や、留学中に書いていた滞在ブログの時代からずっと私のHPを見て下さっているとのこと(!)。今から20年以上も昔の話である。もちろん独立する以前の話だ。

その後海外赴任などが続き、「ご相談させて頂くのに20年もかかってしまいました」とおっしゃった。

普通設計相談というものは、その事務所のHPでこれまでの作品などを見て依頼するものだ。私が独立するより前からのブログ読者という方からのご相談はもちろんはじめて。初対面の方に「あなたのことは、生まれる前から知っていたんだよ」と言われたようで、本当に衝撃的だった。


ただ書いていて思ったけれど、独立する前から20年以上もずっとブログを書き続けているという人も珍しいかもしれない。当時はブログという言葉すらなかった時代だった。継続は力なり。

フィンランド留学中から、独立してしばらくまで以下のトップページを持つサイトをずっと運用していた。すべて自分の手作り。今見るとちょっと恥ずかしく、そして懐かしい。

20. 08 / 02

べた凪と大津波

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我々のような「アトリエ」と呼ばれる小設計事務所というのは、経営の安定とはほど遠く、これまでの事務所の歴史は自転車操業の歴史でもある。仕事は来ればあるし、来なければない。果たして仕事はどこからやって来るのか?その永遠の問いを考え続けるというのは、どの企業でもフリーランスでも同じに違いない。

仕事はないときは本当になくて、比較的コンスタントにご相談を頂けていたものが、ピタッとべた凪の湖面のようになくなることがある。

それが6ヶ月も続くといわゆる「干された」状態となり、自分には心当たりはないものの、どこか自分の知らないところで炎上していてネガティブキャンペーンが張られているんじゃないかとか、ご相談のメールだけがフィルターに引っかかって届かなくなっているんじゃないかとか、いろいろ考えるものである。

建築の仕事はスパンが比較的長いので、半年仕事が入らなくても先行している仕事をこなしている状態で、外から見れば相変わらず忙しくしているように映っているかもしれないが、事務所の主宰者としては無給油で車を走り続けているようなものだ。給油ランプが点灯したまま次のガソリンスタンドを探している状態というのは、精神的にはかなり追い込まれていて、焦燥感にも駆られる。しかもひな鳥(スタッフ)は口をあけて待っているのだ。

かと思いきや、何のきっかけかはわからないが、設計相談が短い期間に集中して、仕事を受けきれなくなってしまうこともある。我々の仕事のキャパはびっくりするくらい小さい。ピッチャーかと思ったら、実はおちょこだったみたいな。先の干された状態がべた凪なら、今度は大津波である。

これが不思議なもので、示し合わせたように同じ日だったり、連日立て続けに設計相談のメールや電話を頂くこともあり、裏で相談日程を示し合わせているのではないか、私の知らないところで朝のZIPで紹介されたんじゃないかと思うこともしばしばだ。

昔厨房でバイトをしていたことがあったが、注文が示し合わせたように殺到する時間帯があった。不思議なことに午後の2時すぎに急に混み始めるとか。それが過ぎると今度は殺人的にヒマになる。人間のバイオリズムなのかもしれないが、それともよく似ている。

事務所の決算も、ある年は黒字となり、またある年は大赤字になる。税理士さんからは、経営の安定のために大手から下請けの仕事をもらった方が良いと何度も忠告をもらったが、それは駆け出しの頃にやって二度とやるまいと心に決めたのでやるつもりはない。だからこのジェットコースター状態は今後も変わらないのだろう。


ところで今うちの事務所はどういう状態にあるかというと、後者の「大津波」に呑み込まれている状態である。なにがどうした?もしかしたら、私の知らないところで王様のブランチで特集が組まれたのかも知れない。

前述のように、この大波が去ったら次にはまた干されるかもしれない。だから頂ける仕事はありがたくすべて受け入れたいのが本心であるが、我々はAmazonのように商品を梱包して発送する仕事ではないので、とにかくすべてのプロセスに本当に時間と手間がかかるのである。

どの案件にも分け隔てなく、同じだけの時間と労力を投入するので、スタッフの負担を考えても同時進行できるプロジェクトには限りがある。そのため、順番待ちのためにお待たせするということが発生してしまう。

こういう時、経営に嗅覚のある人なら人を増やすのだろう。あるいは支店を増やすとか。しかし私はそれはやるまいと思っている。私は設計が好きでこの仕事を続けているので、自分自身がすべての案件に主軸で関われないとしたら、この仕事を続ける意味はないと思うからだ。

こういうことを書くと、必ず「リオタデザインは忙しくて仕事を請けられないらしい」的な噂が立ち、結果としてまた干される可能性が高くなるのだが、最近頂くご相談に言い訳のようにこうした事情を書き連ねなくてはならないことが続いていて、かなりつらい状況になってきたので、この場をお借りして正直な胸の内について書いてみた。


ということで、ここ最近ご相談下さった皆様にはご迷惑をおかけしております。申し訳ありません、、。どうか干されませんように!





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フィンランド在住の友人のSNS投稿で、私も留学中お世話になったヘルシンキの中央郵便局がその業務を終了し、長い歴史に幕を下ろしたことを知った。

通信のほとんどが電子化し、その役割を終えたと言えばそれまでだろうが、それでも手紙やハガキがなくなるわけではないだろうし、メールを使わない人も高齢者を含めてまだ多数いると思う。

実際には郵便局が完全になくなったわけではなく、本局がなくなって支局は残るみたいなことらしいけれど、これは郵便需要が減り続けている日本にもそのうちやってくる(かもしれない)社会の動きともいえる。郵便局のない社会、あなたは想像できるだろうか?


さてこういう動きがあったとき、明日は我が身だと思わなくてはいけない。例えばこのコロナ禍で、昨年までインバウンドだなんだと持てはやされていた旅行・宿泊業界が、このコロナ禍でこれほどまでに打撃を受ける事態を誰が予測しただろうか。

「衣食住」という言葉があるように、この3つは人間が生活をしてゆく上で必要不可欠なものであり、景気に左右されることなく需要があると思われている。しかし、本当にそうだろうか?街にはこのコロナの影響の有無にかかわらず、暖簾をおろす飲食店は跡を絶たない。衣類だって、有名ブランドがある日突然なくなってしまうことだって日常茶飯事だ。

だから、この3つの柱にしがみついていれば生き残れるというのは全くの幻想に過ぎないのだ。そこには他の業界と同じく厳しい競争と淘汰がある。ここで我々「住」の業界についても考えてみたい。


独立して18年が経つ。これまで事務所を続けてきて、ただ単に仕事がないという”存亡の危機”は何度も経験してきたけれど、企業努力ではどうにもならないような、今回のコロナのようにインパクトある災難がこの先あるとしたら、設計事務所にとってそれは何だろう。

ここに恐ろしい資料がある。


引用:NRI 野村総合研究所サイトより https://www.nri.com/jp/news/newsrelease/lst/2020/cc/0609_1

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野村総合研究所サイトからの引用になるが、ここには「2040年度の新設住宅着工戸数は41万戸に減少、2020年度は新型コロナウイルスの影響でリーマンショック時を下回る73万戸の見込み」とある。

さらに背筋が凍るものがある。それは「新設住宅着工戸数は、2019年度の88万戸から、2030年度には63万戸、2040年度には41万戸と減少していく見込み」であるという予測だ。

この要因として「移動世帯数の減少」「平均築年数の伸長」「名目GDPの成長減速」が挙げられているが、わずか20年後には新しく家を建てようという人が今より半減するとしたら、我々への影響ははかりしれない。

住宅に求められる構造や断熱などの高性能化への対応や、環境への配慮、オンライン化、減少する職人問題など、我々を取り巻く社会の変化への兆しは確実に訪れている。それを自分には関係ないと距離を置いていれば、あっという間に時代の流れの中に取り残されてしまうに違いない。

これからの設計事務所に求められるものは、少なくとも設計者が設計だけをやっていれば良いというものではなくなるように思う。具体的にそれがどういうものかは私にもわからないけれど、建築家がその職能を越えて他業種と協働したり、架橋したりという動きがより顕著になるのではないか。要は建築馬鹿では生きていけないのである。

これまであることが前提で、当たり前だったものがある時突然なくなる。ヘルシンキの郵便局のように。それは設計事務所も例外ではないと思う。

20. 07 / 20

壇の家上棟

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横浜市「壇の家」が上棟。

設計は分かりやすい形に収斂すると、空間はつまらなくなることがある。たとえばアールトの建築は何度見てもよく分からない。平面は不整合だらけだ。立面はお世辞にも洗練しているとは言い難い。しかしその空間は魔性のような奥行きを獲得している。

「壇の家」ではそんな空間を作りたいと願って設計した。設計した本人が、こういう空間だったのかとはじめて見る空間に驚いた。たぶんそれは写真では伝わらない。今から肉付けされてゆく空間が楽しみだ。



20. 07 / 03

戸建ての郊外化

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敷地調査のため鎌倉へ。例えば道すがらのこの感じ、ザ・鎌倉という風情にテンションが上がります。

緊急事態宣言下のGWに、都内で土地探し中とのことでご相談を頂きましたが、最後に「ちなみに鎌倉とかもアリですかね」とこぼされたことが現実になりました。

この週末には、やはり緊急事態宣言明けに小田原に土地を決めた建主さんとの設計打合せがはじまります。

テレワークが定着しはじめ、都内にしがみつく理由はもはやなくなってしまいました。戸建ての郊外化は、今後もっと拍車がかかることでしょう。総予算の過半を土地に持っていかれる理不尽とも、もうおさらばです。

問題は、事務所から現場がどんどん遠ざかってゆくことです汗