弊社設計の「drop」をDuravit社のメインサイトに紹介事例として掲載頂きました。

>> drop|Duravit

Duravitはドイツのトップブランドですが、弊社では8年ほど前から水回りに採用しています。目玉が飛び出るような値段のものもありますが、なかにはリーズナブルなものもあり、毎日使うものでもあるので多少値が張っても良いものを選ぶようにしています。

今回の掲載は日本法人の代表から熱いオファーを受けたことがきっかけでしたが、掲載がワールドワイドページということもあり、ドイツ本社にも掲載事例をめぐっては長い時間をかけて協議頂きました。さすが世界のデュラビット、事例ひとつ載せるにもこんなに厳しい審査があるのかと逆にびっくりでした。

結果的に世界のトップホテルやラグジュアリー案件に混ざって、我々の庶民的な狭小住宅がフォーカスされるという不思議な構図となりましたが、大変光栄なことで嬉しく思っています。

>> 導入事例

日本の建築家設計による木造住宅のクオリティは世界一だと思います。Japanese Tiny Houses を今後とも海外にアピールできればと思います!


この春3人目のオープンデスクは、東洋大学の浦愛海さん。いつもは設計課題を出してエスキスするのだけれど、今回は実験的に造形演習課題を出題することに。

一枚の紙に、切る、折る、曲げるといった単純操作を加えるだけで出来上がる造形を、最終的にはスケールや空間認識にまでつなげる。この課題の良いところは難しいことを考えずに無心になって取り組めるところ。コンセプト教育の弊害か、直感に従えばわかることを、こねくり回しすぎて迷路に入ってしまう学生のいかに多いことか。

コンセプトや奇抜な形を無理やり捻り出すのではなく、思いもよらない形の発見から、そこに“空間のタネ”を見出してもらいたい。ルールの発見は建築のはじまりにつながる。

浦さんはとても勘の良い子で、こちらの意図通り初日からどんどん形を生み出してくれた。あっという間にダンボール箱がいっぱいに!

行き詰まったら手を動かす。無心でやれば形が見える。新年度からの大学でも、今回学んだそんなブレイクスルーを活かしてほしい。





26. 03 / 05

体温計ソムリエ

author
sekimoto

category
> はまりもの
> 仕事



週明けからずっと微熱が下がらず。
微熱は熱じゃないという昭和の価値観で毎日普通に仕事してますが、朝は好調、夕方から悪寒の繰り返しで、結果ズルズルと長引いています。

こんなに長引くなんて何かの病気ではないか!?とChatGPTに相談したら、熱があるのに仕事をしているからだと諭されました。やはりそうか。

今日は仕事を休もうと横になっても、1時間と耐えられません。モゾモゾ起き出して仕事をはじめると魔法がかかったみたいに元気になるという、こっちの方がもしかしたら病気なのかもしれません。

体温を測ると毎回結果が違う。これ大丈夫か?何か欲しいものはないかとの妻からのメッセージに「体温計」と答えると山ほど買ってきた。こんなにいらないよ、、。

今私は体温計ソムリエ。あなたの一本お選びします。
シチズンは実測式、10分かかるけどかなり正確です。イチオシはOMRON。予測検温でスピーディーでありながら精度は実測式並。触った感じもよくてグッドデザイン!

なかなか熱が下がらなくて焦る、今日は仕事に行かなくてはいけないのに。そんなあなたには〇〇社。0.5度は低く検温してくれます。微熱も一気に平熱に!!(名誉のため社名は伏せます)

明日は熱が下がりますように。

26. 03 / 02

GOMAさん



日曜日はディジュリドゥ演奏家で画家でもあるGOMAさんの個展を見に、しもだて美術館まで。GOMAさんのことを知ったのはつい最近のことなのだけれど、展覧会は昨日が最終日ということでギリギリのすべりこみだった。

GOMAさんはもともとアボリジニの伝統楽器ディジュリドゥの演奏家であったところ交通事故に遭い、その事故をきっかけに過去の記憶を失い、同時に不思議な絵を描き始めたという異色のアーティスト。

高次脳機能障害から後天性サヴァン症候群となり、自身のトランス状態で見た“風景”を点描画で表現するという、たぶん初めて聞いた人はなんのことかさっぱりわからないかもしれないけれど、少なくとも我々には見えない世界を精密に描き切るGOMAさんの絵は、とにかく見ているうちに向こうの世界に連れて行かれるような不思議な魅力を持つ。

生と死の間を彷徨いながら描くそのスタイルは、点描画という点でも草間彌生さんにもよく似ている。そのドットはGOMAさんによると光の粒子なのだそうだ。

この日は最終日で、たまたま本人によるギャラリートークと、作品の前でのディジュリドゥ演奏まであり、この演奏も素晴らしくて滑り込みで行った甲斐があった。

帰宅してから息子にこのことを話すと、実は彼はGOMAのファンで、大学の学園祭に呼びたくて過去にコンタクトまでしていたことがわかった。演奏を聞きながら息子が好きそうな感じだなと思った直感は当たっていた。

トークでは、自身が事故に遭ったことで離れていってしまった人もいたという話から、人生で本当に必要な人とはどんな人かという話があり心に刺さった。人間の能力の不思議、潜在能力の凄さを実感しとても勇気づけられた。良い展覧会だった。



風を受けて舞いあがる凧ー自分の仕事のモチベーションを言い表すとこれに尽きる。風が強ければどこまでも舞いあがる。風がなくなった瞬間に力を失い落下する。

この風とは何かというと、人からの期待や好意のようなもの。私の仕事はいつもここからはじまる。だからここからはじまらない仕事は基本的にできない。腹に力が入らないのだ。

少なくともうちの事務所に設計をご依頼くださる方は、少なからずこれがあって我々の事務所の門を叩いてくださる。そしてそれを受けて私は舞いあがる。

そこにたくさんの期待を感じると、私はぐんぐんと高度を上げてゆく。それはまるで成層圏を破るかのよう。おだてでもいい、嘘でもいい。そこに風がなくては凧はあがらないのだ。

でも中には、風がなくても自ら備えたジェットエンジンでどんどん高度を上げてゆく人たちもいる。グライダーのような私から見ると、そんな人はとても眩しく映る。強い意志を持ち、仕事を自らの創作の意識で向き合う。

だからそんなジェット機からは、「そんな風に流されてばかりいないで、自分が行きたいところに行けばいい」と発破をかけられることもある。確かにそんなエンジンがあれば、国境を超えて世界のどこにでも行けるのだろう。正直憧れる気持ちもある。

でも私は風を読む。強い風には高く舞いあがり、弱い風には墜落しないようギリギリの水平滑空を試みる。風は追い越さない。風とともに生きる。

なんだか映画のタイトルみたいだ。