日本構造デザイン賞を受賞した大学同期の与那嶺を祝う会ということで、同じく同期の友人数名に声をかけ食事をした。それぞれの友人とは私も個別の付き合いがあるものの、このメンバーが勢揃いして集まるというのはどのくらいぶりだろう。本当に楽しく、話と笑いの絶えない時間だった。そして感慨深かった。

我々は「意匠」「構造」と専門は異なれど、大学を卒業して、大手組織事務所ではなくいわゆる「アトリエ」と呼ばれる小さな設計事務所に就職した、いわゆる”アトリエ派”だ。

私の卒業した日大理工学部は、学年に学生が300人もいるというマンモス校だが、その中でいわゆるアトリエに就職しようという者は10人にも満たない。つまり我々は同期の中でも希有な”変わり者”たちだとも言える。

組織で働く人がそうではないとは言わないけれど、アトリエで働くということは個人の自由意志に基づいて仕事をすることだと思う。我々はそう自分たちを鼓舞してきたし、この道に進もうとする人にかける言葉にもなっている。


人は自由を求める。そしてその自由に制約をかけるものに対して強く反発しようとする。ところが、あらためて自由になった者は戸惑い、往々にして再び制約を求めはじめる。自由とは責任そのものだからだ。

校則に不満がある高校生も、制服を着なくて良いと言われたらどんな服で学校に行くだろうか。会社にはスーツを着てこなくて良いと言われたら?人にはこれまでなかった悩みが増えるに違いない。

そもそも、学校や会社には行かなくて良いと言われたらどうだろうか。勉強は自分でやれば良いし、仕事にしてもしかり。そんなに不満があるならやめてしまえばいい。自分で思うように、理想と思える仕事を自分で考え実現すればいいじゃないか。そう言われたら、あなたならどうするだろうか。

我々はそうやって生きてきた。それがアトリエという生き方なのだ。

代わりに我々は安定的な収入や未来を放棄した。予定調和に何の価値がある。自ら切り拓いたもの以上に尊いものなどない。ぐらつきそうになる気持ちを支えるのは、いつもそんな意地のようなものだ。

私は学生に言う。
社会に対する違和感や矛盾があったとき、それを変えるのは誰か?たぶん大人は変えてくれない。それを変えるのは次の時代を生きるあなたたちなのだということ。今世の中にある住宅、図書館、美術館や学校、すべてにあなたは満足していますか?満足しているならそこには未来はない。それを否定することからしか未来は生まれないのだから。

もし、それが不満ならどうすれば良いのか。自分自身が満足できる、幸せになれる社会はどこにあるのか、それを考えなくてはならない。そしてそれを考えることこそが建築であり、個人力なのだ。

国家や組織は一朝一夕には変わらないけれど、個人は今すぐにでも変わることができる。個人なら明日にでも実現できる。そう思いさえすれば良いだけなのだから。

だから住宅は面白い。住宅には社会や世界が詰まっているのだ。一つの住宅からでも世界は変えられる。私は比較的まじめにそんなことを考えながらやってきた。


みんながそんなことを考えてきたかはわからないけれど、皆年齢なりに経験を積みながらも自由に生き、そして独特な世界観と感性からの発言に刺激をもらい、また励まされた。そんな仲間を誇りに思う。

最近、高校生になる息子にどう生きていくのかを尋ねると「たぶん、会社に勤めるような人にだけはならない」と返ってきた。そうか、おまえもか。




昨日はTAGKEN(田口建設)の田口彰さんのオープンハウスに足を運んできました。築130年の納屋の改装とのことでしたが、聞くと最初はこの納屋を直して欲しいではなく、隣の家を普通にリフォームして欲しいということだったとか。しかし計画の途中で、納屋の持つ歴史的文脈(コンテクスト)やポテンシャルに気付き、こちらを直しましょうと建て主のご家族を説得したそうです。まさに茨の道…。

私は建築を考えるということは、詰まるところ余計なこと(頼まれてもいないようなこと)を考えることだと思っているのですが、そういう意味で田口さんの仕事はまさに「キングオブ余計なお世話」。その熱い建築マインドに共感しました。

そして、結果として至る所で納まりに苦労し、時に破綻し、傷だらけの仕口が露出するわけですが、それも含めて建て主さんにとっては唯一無二の、愛おしい居場所になったことと思います。それこそが我々が作るべき本当の住まいともいえるかもしれません。

田口さんは田口建設を率いる若社長ですが、アメリカ建築留学を経たエリート、いわば建築家の素養をお持ちの工務店経営者です。一昔まえまでは、「設計事務所=センスが良い、工務店=垢抜けない」という図式がありましたが、いまだにそんなことを思っている設計事務所は淘汰されるでしょう(既にされているかもしれません!?)。

田口さんの仕事と思考に大いに刺激を受けました。
見学させて頂きありがとうございました!



先週土曜日に、神奈川建築士会主催の「感境建築コンペ」のキックオフとなるシンポジウムに、伊礼さん甲斐さんらと登壇させて頂きました。今回は私も伊礼さんらと共に審査員を務めさせて頂きます。

性能だけでは語れない環境(感境=町と家のあいだを考える)について、それぞれの立場から提示された価値観はとても示唆深いものでした。

自立循環型住宅やZEHに代表されるように、住宅はそれ単体で性能やエネルギーが自己完結する方向性に向かっていますが、本当の豊かな環境というのは、完全なシステムに、いかに脆弱で不完全なものを取り込むかではないかというのが、シンポジウムの議論を通じて見えてきたことでした。

この性能の時代にレジスタンスを仕掛けて欲しい。閉鎖系を打ち破る開放系を提案して欲しい、そんな我々からのメッセージです。

「写真一枚だけでもいいよ」by 伊礼さん笑
是非とも幅広い提案をお待ちしております!

神奈川建築士会・感境建築コンペ
http://www.kanagawa-kentikusikai.com/osirase/compe/wordpress/

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ついに買ってしまいました。
イルマリ・タピオヴァーラのドムスチェアを、なんと2脚も!

今回購入したドムスチェアは、”ONNEA”という名の付いた特別モデルになります。ONNEAはフィンランド語で「おめでとう」という意味。表参道にオープンしたARTEK TOKYOの開店を記念したモデルで、限定50脚のみの限定販売品となります。

DOMUS CHAIR -ONNEA-
>> Artekのサイトへ

椅子の裏側に取り付けられた真鍮のプレートにはシリアルナンバーが入っています。ちなみに事務所のONNEAは#27と#29。「27/50」「29/50」と表記され、この世に50脚しかないことを証明しています。


このモデルの最大の特徴はその張り地で、スウェーデンの老舗レザーブランドであるタンショー(Tärnsjö)社のナチュラルレザーを無着色のまま使用しています。無着色無加工のため、購入後まずは自分で撥水オイル加工等を施すところから始まります。このひと手間がいい。

現時点では生まれたての仔牛のように初々しい生成色のレザーですが、これが経年と共にどんどん色が深まってゆきます。ちなみに以下の写真はArtek店頭の展示販売品。


写真右側の椅子よりも、左隣の椅子の方が気持ち色が濃くなっています。4月の開店直後からお店に置かれていたのでしょう。わずか4ヶ月程度でこのくらい色が変わるのですね。これからの経年がとても楽しみです!

ちなみに一番左側の椅子は、現行品の着色レザー品です。私が仕事を引退する頃にはこのくらいの色になっていたら嬉しいですね笑


ちなみにこちらは、私とフィンランドから一緒に帰国してきた古いドムスチェアとのツーショット。私のドムスチェアへのこだわりについては、過去のこちらのブログをご覧下さい。(どーでもいい人はスルーして下さい笑)

○ the chair ≠ a chair (16.10.08)
https://www.riotadesign.com/blog/161008.html

○ ドムスチェアの70周年記念ポスター (19.05.09)
https://www.riotadesign.com/blog/190509.html

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ところで、わが事務所のミーティングデスクでお客さんが座る椅子は長らくこれでした。


イームズのシェルチェア。一応これにも曰くがありまして、アレキサンダー・ジラルドのデッドストック生地を張り込んだ1998年当時の限定販売品です。結婚して、新生活のために買ったはじめての家具でもありました。

しかし、今では北欧通を自認する設計事務所として、椅子がイームズ(アメリカ)で良いのか?というのは(誰も気にしていないでしょうが…)個人的には気になっていました。

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それがこうなりました。


すごい、ぴったり!

ドムスチェアの傍らにあるアールトのスツール60もまた、ARTEK TOKYOのオープニングレセプションで頂いた、アイノ・アアルトの「KirsikanKukka」のファブリックを人に頼んで張ってもらった特注品(ブログ)。期せずして、ARTEK TOKYOを全力で祝福(onnea)した一角になりました笑

今後事務所にいらっしゃるお客様は、もれなくこちらにお座り頂けます。事務所のこれからにも、どうか祝福がありますように。

ARTEKにONNEA!
リオタデザインにONNEA!

昨日のブログで書いた建築家・中村拓志氏による「狭山の森礼拝堂」について。その鈍く光る外壁(いや屋根というべきか)は無垢のアルミ板によるシングル葺となっている。

厚み4mmのアルミ鋳物は、鋳物の街川口市内の工場ですべて特注製作されたものらしい。細かい注文に応えたそれは20枚に1枚しか成功しないほど難しいもので、工場をフル稼働しても一日に70枚しか作れないという。その総数2万1000枚。製作には1年半もの時間を費やしたそうだ。

1年半…輸入タイルの納期が2ヶ月だといって騒いでいるどころの話ではない。建物の工期は13ヶ月なので、着工より先にアルミ板製作がはじまったことになる。6種類のサイズがあり、中村事務所ですべての割付図が製作されている。気が遠くなる話だ。

架構は251本すべて角度が異なり、あらかじめV字型に組まれたものがベースプレートの4本の丸鋼にドリフトピンで固定されている。上棟における許容誤差はわずか1mm。気が遠くなる。卒倒しそうだ。施工にあたった清水建設も「もう二度とできない」という。

このわずか33坪の平屋の礼拝堂に、一体いくらの工事費が投入されたのか想像もつかない。そもそも礼拝堂とは祈りの空間であり、神とつながる空間だ。ピラミッドを見ろ。お金のことを言うなんて野暮も良いところだ。

とにかく人智を極めたところにできた建築というものを久しぶりに見て鳥肌が立った。おそろしい。ただただ、おそろしい。関わりたくはないが、とても感動した。それが建築というものかもしれない。