ここ数年、リオタデザインの植栽を手がけて下さっている造園家・小林賢二さんのセミナーがあります。小林さんはいわゆる”植木屋さん”ではなくランドスケープデザイナーで、デザイナーの立場から建築に寄りそう造園のあり方をいつもご提案下さいます。
ご自身も実は建築学科卒ということで、建築にも深い理解があります。そのため、こちらが皆まで言わなくとも設計の意図を察して下さり、いつも的確な造園計画をして下さるので、小林さんの造園は今ではリオタデザインの住宅には欠かせない要素になっています。
建築家のセミナーというのはよくありますが、造園家がそのお仕事を語るセミナーというのは珍しいように思います。饒舌に語るタイプではない小林賢二さんがどんなお話をされるのか、私も今からとても楽しみです!
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開催日時:2022年9月8日(木)14:30~16:30
※当日のリアル配信のみ。後日録画配信はないそうです。
開催形式:オンラインウェビナー
参加費:無料
定員:先着500名
申込締切:2022年9月7日(水)18:00
■詳細はこちらより
https://omsolar.jp/seminar/detail_list.php?id=5295
以前アップしましたYouTube前編の続きとなる後編です。後編は前編のインタビューの続きと、自邸OPENFLATの”建もの探訪”です。事務所もご紹介頂いています。こちらもどうかご覧下さい!
JCTVたてものチャンネル
[建築に詳しいTVディレクターが建築家に会いに行く_vol.7]
■事務所兼自邸はやっぱり北欧風?キモは中庭! -リオタデザイン後篇
https://youtu.be/YaKtrSORoU8
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「建築」とはなんでしょう。
「建物」との違いについて、あなたは明確に答えられますか?
我々は建物(building)ではなく、建築(architecture)を作りたいと思っています。私はおこがましくも、自らを建築家と称してもいます。でも自らを建築家と名乗っている人でも「建築」の定義を明確に語れる人は少ないような気もします。
私は最近こう思っています。
建築とは「こうなりたい、こうありたいと願うこと」だと。
なんだそりゃと思うかもしれません。でも私の中の定義はそうなんです。「こうなりたい、こうありたいと願うこと」。もしかしたら建築以外のジャンルでも同じ事が言えるかもしれませんね。私は建築をつくるというジャンルにおいて、いつもそう考えて行動したいと思っています。
そんな面倒な回り道をしなくても、手っ取り早く、もっと楽に作れたり、手に入れられたりする方法は世の中に溢れています。しかしそれによって得られるものは、心がときめくような理想ではなく、あくまで現実の延長線でしかないとしたら、我々は少しでも現実を乗り越えて理想に近づきたいと思っています。
これはなにも我々設計者だけの問題ではありません。クライアントとなる方もそうです。あなたが望んでいるものは「建築」でしょうか。それとも「建物」ですか?それによっては頼む依頼先も異なるかもしれませんね。
うちの事務所にいらっしゃる方は、もれなく「建築」を望まれている方です。間違っても「建物」ではない。建築の定義はアートではありません。高級品という意味でもありません。ただひとつ「こうなりたい、こうありたいと願うこと」これに尽きます。
そしてそれは設計行為だけに留まりません。建築とは生き方そのものだからです。それに照らせば、建築家の定義は「こうなりたい、こうありたいと願う人」です。世間的な評価や、建築専門誌に載るかどうかはまた別の話です。
建築をつくる人の空間はオリジナリティに溢れています。なぜならその空間がその人自身を体現しているからです。それはクライアントの要望にすらも左右されない体幹のようなものです。
良い建築を見ると、私は背筋が伸びる思いがします。こんなにもストイックに、誠実に物事と向き合っている人がいるのだということに気づかされ、そして現実に流され、現状に甘んじている自分の弱さを同時に突きつけられます。
それはきっと人がアートを見たり、とびきり美味しい料理を食べたときに感じる、作り手へのリスペクトそのものとも言えるでしょう。そしてこう思うのです。自分も「こうなりたい、こうありたい!」と。
そう思い続けるためには、自分の立場にリミッターがあってはダメなんだと思います。もし自分の置かれた立場が邪魔をして、自分が本当に願うことができないとしたら、その時が人生の節目であり、建築の旅のはじまりです。
残念ながら、私はまだ自分が満足するような仕事を残せていません。私が感じるように、私もまた人々の背筋を伸ばせるようなものを作りたい。それが私にとっての目標であり「建築」なのです。
「建物」との違いについて、あなたは明確に答えられますか?
我々は建物(building)ではなく、建築(architecture)を作りたいと思っています。私はおこがましくも、自らを建築家と称してもいます。でも自らを建築家と名乗っている人でも「建築」の定義を明確に語れる人は少ないような気もします。
私は最近こう思っています。
建築とは「こうなりたい、こうありたいと願うこと」だと。
なんだそりゃと思うかもしれません。でも私の中の定義はそうなんです。「こうなりたい、こうありたいと願うこと」。もしかしたら建築以外のジャンルでも同じ事が言えるかもしれませんね。私は建築をつくるというジャンルにおいて、いつもそう考えて行動したいと思っています。
そんな面倒な回り道をしなくても、手っ取り早く、もっと楽に作れたり、手に入れられたりする方法は世の中に溢れています。しかしそれによって得られるものは、心がときめくような理想ではなく、あくまで現実の延長線でしかないとしたら、我々は少しでも現実を乗り越えて理想に近づきたいと思っています。
これはなにも我々設計者だけの問題ではありません。クライアントとなる方もそうです。あなたが望んでいるものは「建築」でしょうか。それとも「建物」ですか?それによっては頼む依頼先も異なるかもしれませんね。
うちの事務所にいらっしゃる方は、もれなく「建築」を望まれている方です。間違っても「建物」ではない。建築の定義はアートではありません。高級品という意味でもありません。ただひとつ「こうなりたい、こうありたいと願うこと」これに尽きます。
そしてそれは設計行為だけに留まりません。建築とは生き方そのものだからです。それに照らせば、建築家の定義は「こうなりたい、こうありたいと願う人」です。世間的な評価や、建築専門誌に載るかどうかはまた別の話です。
建築をつくる人の空間はオリジナリティに溢れています。なぜならその空間がその人自身を体現しているからです。それはクライアントの要望にすらも左右されない体幹のようなものです。
良い建築を見ると、私は背筋が伸びる思いがします。こんなにもストイックに、誠実に物事と向き合っている人がいるのだということに気づかされ、そして現実に流され、現状に甘んじている自分の弱さを同時に突きつけられます。
それはきっと人がアートを見たり、とびきり美味しい料理を食べたときに感じる、作り手へのリスペクトそのものとも言えるでしょう。そしてこう思うのです。自分も「こうなりたい、こうありたい!」と。
そう思い続けるためには、自分の立場にリミッターがあってはダメなんだと思います。もし自分の置かれた立場が邪魔をして、自分が本当に願うことができないとしたら、その時が人生の節目であり、建築の旅のはじまりです。
残念ながら、私はまだ自分が満足するような仕事を残せていません。私が感じるように、私もまた人々の背筋を伸ばせるようなものを作りたい。それが私にとっての目標であり「建築」なのです。
TV番組「渡辺篤史の建もの探訪」のプロデューサー湯澤さん(TVディレクターY氏)が建築家に会いに行くというYouTubeチャンネルがあるのですが、今回はリオタデザインを取材して頂きました。
JCTVたてものチャンネル
[建築に詳しいTVディレクターが建築家に会いに行く_vol.7]
■フィンランド生活は建築家に何をもたらした? -リオタデザイン前篇
https://youtu.be/1NM2X1lDRGw
今回のアップは前編で、おもに私のインタビュー動画となっています。建築のことというより、なぜかずっと北欧の話をしています、、。後編ではもう少し建物や事務所の様子も映るかもしれません。ご興味ある方はご覧下さい!
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22. 08 / 17
夏の沖縄へ
author
sekimoto
category
> 旅行
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この夏休みは沖縄へ。一度訪れてみたいと思っていたmuiという宿に泊まってきました。muiはホテルというより、全部でたった4室しかないゲストハウス。ですが、その沖縄らしい開放的な共用空間や設えに特別な空間体験をさせて頂きました。
いつも旅行に出る時は、どこに行くかではなくどこに泊まるかから始まります。何度もない特別な空間体験ができる機会なので、普通のところに泊まるのはもったいない!とつい思ってしまうのです。そしてもちろん、そこでの体験は心の栄養となって仕事にも活きてくることになります。
オーナーの西さんも沖縄出身の方ではなく、移住組とのことでした。沖縄のここ百名には、ほかにも個性的で素晴らしいお店が沢山あって、観光地的ではないところも大変気に入りました。パワースポットもたくさんあります。もし沖縄に住むことがあれば、この百名はとても良いなと思いました。
今回の沖縄滞在でもっとも印象的だったのは久高島でした。琉球の祖アマミキヨが降臨したとされる聖地。手付かずの自然が神々しい島でした。
自転車に乗って、島最北端のハビャーンという岬まで。そこには吸い込まれるように美しい海が広がっていました。
これまではもっぱら冬の沖縄がほとんどで、夏の沖縄に来るのははじめてでした。関東の夏がぐつぐつ煮込まれているような暑さなら、沖縄の夏は中華鍋で炒められているような暑さ!全身がシャワーを浴びたように汗でびっしょりになります。これはこれで沖縄らしいけど、、次はやっぱり冬に来よう。
しかし、このクリアな光は忘れられません!
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