15. 06 / 25

満たされた仕事

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sekimoto

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> 仕事
> 思うこと



設計者というものは、つくづく「いまここ」を生きる職業であると思う。「いまここ」にすべてを賭ける。そして出来たものが、「いまここ」における最高の仕事であると。

しかしそれは相対的に決まるものでもある。
つまり依頼主を満足させるために、すべてはそこに向かって仕事を収束させてゆくわけだから、自分たちがいかに満足しようとも、依頼主が満足して下さらなかったらその仕事は最高とは言えない。それどころか失敗ですらある。だから恐い。建築の仕事は本当に恐ろしい仕事だと思う。

今日は来週引渡しの、とある住宅の竣工検査があった。

会心の出来だと思う。
心から満ち足りた気持ちになった。こういう仕事は本当に珍しい。他人にはわからないけれども、自分にはわかる思い通りにならなかった部分や失敗が頭を離れず、私はいつも深く落ち込む。どの仕事だってそうだ。

今日はどうしてそんな気持ちになったのだろう。
それはクライアントがとっても喜んで下さったからだ。クライアントからかけて頂いた言葉を私はきっと忘れないだろう。私が心から望んでいた言葉を聞くことができた。それが本当に嬉しかった。

「いまここ」に持てる力すべてを注ぐことができたとしても、人間は完全ではないから、やっぱり完全な仕事はできないのかもしれない。実際今日も検査では多くの指摘があったし、あれほど注意深く進めた我々の設計や、現場の施工も完全ではないことをあらためて実感した。

しかし今回は会心の仕事だったと思う。
満ち足りた気持ちになった。完全ではなかったかもしれないけれど、最高の仕事ができたと思う。

どうしてだろう?それはクライアントが喜んでくれたからだ。
不完全な人間は、人間によってはじめて満たされるのかもしれない。

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sekimoto

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> 建築・デザイン
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グッゲンハイム・ヘルシンキ(グッゲンハイム美術館のヘルシンキ分館ね)、ようやく決まったようですね。ウィナーのクレジットに日本人パートナーの名前が含まれていることに喜びを感じます。

Guggenheim Helsinki Design Competition
http://designguggenheimhelsinki.org/en/finalists/winner

ただ、陶器二三雄さんが次点に入ったヘルシンキ音楽センターは、コンペから完成まで10年かかったし、途中政権交代で何度もお蔵入りしかけたと聞いていたので、できたと聞いた時は「え、まだ生きてたんだ」と正直思いました。

ヘルシンキのコンペの歴史は、頓挫の歴史。まともにコンペしたって、実現に結びつく保証なんてどこにもありません。アールトだって、コンペを獲っても建たなかった作品はいっぱいあるんですから。日本であの逆風の中、ザハ案が生き残っていること自体が奇跡みたいなもんなんです。

完成は10年後かぁ…と勝手に。
生き残ってね!

15. 06 / 22

廣瀬智央さん

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sekimoto

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> 生活
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昨日はトンガリの家のアートワーク(ビーンズコスモス)を担当して下さり、イタリアから来日中の美術家、廣瀬智央さんがトンガリの家にお立ち寄り下さり、イタリアンを作って下さるという機会に呼んで頂きました。


美味しかったことはもちろんなんですが、そのビジュアルの美しいこと!さすがと唸らされました。廣瀬さんはクライアントの美大予備校時代の講師だったそうで、村上隆さんも当時の講師陣にいたのだとか。どんだけ贅沢な時代なんでしょう。私もそこにいたかった…。



今日はそんな予備校時代のクライアントのお友達も集まり賑やかな会でした。本当に楽しかったです。クライアントのYさん、廣瀬さん、ありがとうございました!最後に廣瀬さんの作品の前でパチリ。

15. 06 / 20

映画館

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sekimoto

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> 子ども
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週末時間ができると息子と二人で映画に出かける。誘うと決まって少し面倒臭そうなリアクションを見せる。そして最後にこう言うのだ。「別にいいよ」

6年生くらいになるともう親と出かけるのは億劫になるのだろう。それでも一緒に出かけると親子二人だけの関係になって、家では話さないことをポツリポツリと話しはじめる。私はこの時間が愛おしい。来年はもう中学生、あとどのくらい私は彼と映画に行けるだろうか。正直私は映画なんてどうでもいいのだ。

特大のポップコーンを買って息子は楽しそうだ。予告編の間も「これ面白そうだね」「これも観たいね」としきりに話しかけてくる。近所の映画館はいつものようにガラガラで貸切のようだ。私は気のない返事を返す。

この日の映画は「トゥモローランド」。終わるなり「いい話だったね!オレちょっと泣いちゃったよ」とてらいもなく話しかけてくる。そうか、そこそんなに感動したか。「すっごく楽しかった!お父さんありがとう」

思えばこの言葉が聞きたくて、映画に連れて行くのかもしれない。「次はこれを観に来よう」という提案に「いいね!」そんなアポイントを交わして映画館を後にする。

あとどのくらい、私は彼と映画に行けるだろうか。

15. 06 / 16

インタビュー

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sekimoto

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> メディア
> 仕事



先週末取材があった。
取材では必ずクライアントへのインタビューがあり、私との”なれそめ”について聞かれることになる。私はこういう時はつい恥ずかしくなってしまうのだけれど、このクライアントのエピソードはなかなか強烈なのでここでご紹介したい。

家づくりを決心してから、夫婦でどの建築家にお願いするかお互いに候補を挙げようということになった。つまり夫婦内コンペだ。お互い手の内は一切見せず、それぞれ別々のアプローチで好みの建築家をピックアップしていった。

それから半年、お互い3名に絞っていざコンペ。ご主人はパワーポイントを駆使し、奥様は付箋を貼った雑誌の記事を積み上げる。結果、お互い本命と踏んでいた建築家がかぶっていた。それが私だったと。

実は、同じような経緯で私に決めて下さったというケースが過去にもあった。

2010年竣工の「百日紅の家」では、奥様が出産した病院のすぐ近くにあったカフェに通うたび、そのカフェを設計した人のことが気になり私に行き着いた。ご主人はご主人でとある雑誌を見て、この人に頼みたいと思ったそうだ。同時に告白すると二人とも同じだったという。大変光栄なことだ。

ご夫婦というのは、お互い性格が違うように見えて大きな幹の部分を共有しているのだと思わされることが、この仕事をしているとよくある。もちろんこのような”ビンゴ”のケースは、引渡した後のお付き合いを含めて、”第三の夫婦”と思えるほどの抜群の相性を発揮する。お互いにとってこれほど幸せなことはない。

この日のクライアントのエピソードで、もう一つ嬉しいお話があった。

これは私も初耳だったのだけれど、私からプラン提案を受けて、ご夫婦としても一応の”チャレンジ”を試みたそうだ。つまり、トイレをこっちにしてみたらどうか、キッチンをこっち向きにしてみてはどうかと。しかしどれも全くはまらなかった。提案を受けたプランがいかによくできているかを思い知ったそうだ。そしてプロだなあと思ったという。

どうりで、このクライアントはその後一切のプラン変更を口にしなかったわけだ。裏ではそんなこともあったのかと。でもそんな経緯があったとはいえ、最後まで私の考えを尊重して下さったこと、全幅の信頼を置いて下さったことは本当にありがたかった。

脳科学者の茂木健一郎氏によると、人は忘れることによって記憶が思い出に変わるのだという。脳は時間が経ち、小さな出来事やディテールを忘れることにより、その「意味」のみをそこに留めるのだと。

家づくりが過ぎて生活に変わったころ、こうして当時を振り返るお話はとても楽しい。我々の仕事の意味を、私は知ることができるような気がする。