日々いろんな人にお会いする。あたらしいお施主さんの時もあるし、同業の設計仲間の時もある。
我々のように個人で仕事をする者としては、会社組織に属していないので積極的に外部の人と関わらないと閉じた世界のガラパゴスのようになってしまう。人とのつながりって大事だといつも思う。
昨晩はお声がけ頂き、建築家の山田悦子さんの洗練したリノベーションのお仕事や、各務謙司さんの移転したハイセンスな事務所も拝見させて頂き、その後はみんなで会食。ほかにも、untiedの齋藤さん、TAGKENの田口さんやハレトケの渡辺さんなど、みなさんその道のトップランナーばかり。とても刺激的な夜となった。
各務さん、山田さんのお仕事は、私が普段手がける仕事よりも頭ひとつ抜けた高価格帯のお仕事で、私はそれをプレミアム案件と呼んでいますが、そういう仕事をデフォルトにしている方々の仕事意識や、どういう価値観で仕事をしているのかという話を聞くのはとても刺激的!
昨晩も目から鱗の「あなたの知らない世界」をいくつも見せて頂き、いまだに頭の中はその余韻でぐるぐる、、。
ただそれは若い頃のように、まったく想像のつかない世界ではなく、その気になって手を伸ばせばもしかしたら指の先が触れる世界。どの世界でも仕事の基本はいつも同じ。自分の軸や信念を持って仕事をする大切さのようなものを再認識させて頂いた。
こうしたいろんな仕事人との交流は、長い旅続けるなかで出会う人たちのようなもので、自分がいかにちっぽけであるかを知るきっかけにもなる。天狗になんてなりようもない笑
様々な気づきを下さる周りの人たちに感謝。まだまだ長い旅はつづきます。
この春二人目のオープンデスクは、東京電機大学2年生の河野日奈香さん。去年の夏に応募があったのですが、定員オーバーのため春に再応募下さった学生さんです。
過去の大学課題を見せてもらうと、造形の作り方にセンスがあり、優秀な学生さんであることがすぐにわかりました。
ただ一方で、建築の作り方や考え方に一貫性が持てず、考えているうちに迷子になってしまうということに本人も悩みと課題を感じているようでした。
建築のスタディの方法に正解はありませんが、私流のやり方は、難しく考えすぎず、諸条件を整理しながらとにかく手を動かし、無意識の手の導きから計画の軸を発見していくというもの。
それはあたかもオリンピックのアスリートが、日々の練習で積み重ねたルーティンを自分の血肉にしていくような作業に近いかもしれません。天才ミュージシャンのように、何もしないで「曲が降りてくる」なんてことはないのです笑
大学とはまったく違う教え方に最初は戸惑っていたようですが、次第に線に生気が乗るようになり、最後は彼女らしい造形センスを感じさせる模型まで作ってくれました。しかも、このために購入したエスキス帳もほぼ使い切ったという。すごい!
新年度は3年生とのこと。頭と手の動きを連動させるつもりで、これからもエスキスを続けて下さいね!お疲れさまでした。
この春も多くのオープンデスクの申込みがありました。募集をかけているわけではないのですが、、
この春のトップバッターは、明治大学2年生の宮崎誠太くん。朴訥とした風貌からどんな子だろうと思っていましたが、結果的には過去一番のキャラの立った学生さんでした笑。人を笑わせようと冗談を言っているわけではないのに、その真面目な言動や行動がとにかく面白い。
たとえば初日に言い放ったのは「はじめて埼玉に来ました」。神奈川に住んでいるのに、これまで埼玉県に足を踏み入れたことがなかったとのこと。そんな子いるんだ!?笑
ほかにも指導で話したことを、翌日に愚直すぎるくらい愚直に実行していたりして、そのまさかの行動の数々に毎回ほっこり。私もすっかり気に入ってしまいました。こういう素直な子は、実力も伸びますが、まわりから可愛がられるだろうなと思いました。
学校の課題では締切などに間に合わず、いつも遅刻してしまうのが悩みと語っていた宮崎くん。このオープンデスクでは「時間を守る」をテーマにしていましたが、毎日きっちりと約束のエスキース時間をまもり、最後もちゃんと内容を揃えて時間通りに発表してくれました。もうこれだけで花丸の◎です。
春休みは後期から始まる設計課題に備えたいという、これまた真面目な誠太くん。後期の伸びしろにも期待しています!
昨晩、リビングデザインセンターOZONEの担当者より25年に亘ったサービスがとうとう終了する旨の連絡があった。衝撃、、ひとつの時代が終わったと思った。
建築家に頼みたいけど誰に頼めば良いかわからない、設計事務所は敷居が高い。そんな建て主さんと建築家の間を橋渡しをしてきたのがOZONEだった。いわば建築プロデュースのはしりだった。
かつて開催されたOZONE登録建築家を一堂に会した交流会では、年に一度顔合わせをする建築家仲間も多くいた。それもひらかれなくなり、登録建築家や工務店もどんどん減っていった。
もうかつてのように、建築家がどこにいるのかわからない時代ではなくなった。Instagramをひらけばアルゴリズムが自分好みの設計者を勧めてくれる。YouTubeでは家にいながらルームツアーだって楽しめる。
人手不足による労働者ヒエラルキーの逆転は、OZONEが掲げてきた相見積もりやコンペによって依頼先を決めるという原則論を覆した。これは設計事務所業界がこれまで常識と信じて疑わなかったことが、OZONEが君臨したこの四半世紀でほぼひっくり返ったことを意味する。
その昔、OZONEによる記念すべき第一号コンペ「野田の整形外科医院」を獲ったのは、私が独立前に所属していたエーディネットワークだった。私がその担当者だった。
昨年末に参加したコンペが私にとって最後のOZONEコンペになってしまった。そして5月に竣工する住宅でOZONE案件は静かに終わる。
.
◼️OZONE家design(旧OZONE家づくりサポート)終了のお知らせ
https://www.ozone.co.jp/news/topics/2208/
建築家に頼みたいけど誰に頼めば良いかわからない、設計事務所は敷居が高い。そんな建て主さんと建築家の間を橋渡しをしてきたのがOZONEだった。いわば建築プロデュースのはしりだった。
かつて開催されたOZONE登録建築家を一堂に会した交流会では、年に一度顔合わせをする建築家仲間も多くいた。それもひらかれなくなり、登録建築家や工務店もどんどん減っていった。
もうかつてのように、建築家がどこにいるのかわからない時代ではなくなった。Instagramをひらけばアルゴリズムが自分好みの設計者を勧めてくれる。YouTubeでは家にいながらルームツアーだって楽しめる。
人手不足による労働者ヒエラルキーの逆転は、OZONEが掲げてきた相見積もりやコンペによって依頼先を決めるという原則論を覆した。これは設計事務所業界がこれまで常識と信じて疑わなかったことが、OZONEが君臨したこの四半世紀でほぼひっくり返ったことを意味する。
その昔、OZONEによる記念すべき第一号コンペ「野田の整形外科医院」を獲ったのは、私が独立前に所属していたエーディネットワークだった。私がその担当者だった。
昨年末に参加したコンペが私にとって最後のOZONEコンペになってしまった。そして5月に竣工する住宅でOZONE案件は静かに終わる。
.
◼️OZONE家design(旧OZONE家づくりサポート)終了のお知らせ
https://www.ozone.co.jp/news/topics/2208/
今日はJIA関東甲信越支部「新春の集い」第一部のセッションを良い席で聞きたくて早めに会場入りしました。
今建築士による継続した自己研鑽の認定制度としては、日本建築士連合会による「統括設計専攻建築士」と、JIA日本建築家協会による「登録建築家」とがあります。ただこの二つは似て非なるものです。
この長年けして交わることのなかった二つの制度、二つの団体が手を取り合い、統一した認定制度「(仮)JAPANアーキテクト」の創設に基本合意し、歴史的な一歩を踏み出しました。
海外で言うArchitect は日本にはなく、海外で我々が名乗れるのはあくまでKenchiku-shiです。ところがこの認定制度ができることで、海外基準に合わせて、我々の資格が国際的なArchitectと同等の資格として認められるものになります。
そのためには業界を二分する二大勢力が手を結ばなくてはなりません。これは二大政党が連立与党を発足させるようなもので、社会的なインパクトはとても大きなものになると思っています。
自らの肩書きを「自称建築家」ではなく、クオリファイされた国際基準の建築家でありたいと考えてきた者としては、これはとても喜ばしいことです。
なんといっても建築設計界の二大巨頭、日本建築士連合会の古谷誠章会長と、JIA日本建築家協会の佐藤尚巳会長とが肩を並べてビジョンを語る絵はとても痺れるものがありました。
向こう一年くらいでまとめたいという新認定制度、今後の動きにも注視していきたいと思います。まぁ、いま若い学生に伝えられることがあるとすれば、「とりあえず大学院だけは出ておけ」ですかね。
category







