13. 06 / 09

長者ヶ崎の課題

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sekimoto

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大学で3年生と話していたら,第2課題の敷地は「長者ヶ崎」だという.長者ヶ崎か…懐かしい.三浦半島にある長者ヶ崎は,ある時期まで日大生定番の敷地だった.

約20年前,我々の長者ヶ崎は「セミナーハウス」だった.その課題を今でも大切に保管してある.私にとって特別な課題だったからだ.3年生のこの課題で,私ははじめて本気で課題とそのプレゼンテーションに向き合ったような気がする.

表現という部分で言えば,これはすべてフィルムトレペという特殊なトレーシングペーパーにインキングとエアブラシによって仕上げている.フィルムに図面を描くことによって,下の図面が透けて見える.その効果を狙って,1階平面図の上に2階平面図を重ね,断面図の上にファサードとしての立面図を重ね,すべてを連続したストーリーの中で語れるように図面を構成した.

この課題ではじめて「S」(A評価の上)という評価をもらった.Sというのは当時はなかなかもらえない評価だった.また辛口の当時講師(現在は教授)だった本杉先生や,TA(現在は准教授)だった佐藤慎也さんなどからも褒めてもらった(本人は覚えていないかもしれないけれど)というのが,当時の自分にはとても嬉しくて自信になったのを覚えている.

だから学生課題はこの長者ヶ崎が原点.ただ作風を見ると,当時の時代性がとてもよく出ている.まだポストモダンの余韻が漂っていた頃で,伊東豊雄さんや長谷川逸子さんなど,パンチングメタルでヒラヒラした造形が流行っていた時代だ.

これを後に内藤廣さんの事務所に面接で持っていったら,結構キツいカウンターパンチをもらった(内藤さんは当時こうしたヒラヒラしたのが許せなかったらしい).でも内藤さんにはもう一つ持っていった和紙に描いた鉛筆のドローイングをずいぶん褒めてもらった.(結局この年に入所したのは,現在も活躍する建築家の田井幹夫さん)

もちろん学生課題は単なる通過点.過去のアルバムを懐かしく眺める趣味は私にはないけれど,この課題をはじめとした2,3の作品は今でも思い入れが深い.パソコンもなかった時代だからすべて手描きで,データで残すというわけにもいかない.そこが愛着が残る所以にもなっているのだろう.
図面の隅に残る本杉先生手描きのコメントは,今でも大切な宝物だ.



13. 05 / 27

住宅課題提出

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sekimoto

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今日は大学2年生の住宅課題の提出日.でもって,上は恒例の提出風景.学校に着いてから室名やら切り張りやら,教室を占拠して絶賛作業中.あのぉ,採点するから早く出て行ってもらいたいんですけど….

でもなんかいいなぁ.自分もかつては学生だったので,課題提出の日徹夜明けで学校に行って,他の友人達がどんなのやってきたか気になったり,最後のスパートで放出したアドレナリンでずっとハイテンションみたいな状態がよくわかります.

学生の頃は,「三度の飯より設計課題」というくらい設計が大好きな学生だったので,今こうして学生達と一緒に課題を考えている時間というのは本当に幸せを感じます.講評会も,かつてはコワイ先生方を前にどきどきしながら発表していましたが,今では逆側の席にいるというのも不思議な感覚です.

それにしても常勤の山中先生をはじめ,講師の先生方の目の付け所は素晴らしく,学生達の作品に漂ようなんとも言えない迷いやもやもや感のようなものを,スパッと切り取る言語感覚というんでしょうか.本当にスッキリ!という感じで,講評会も私にとっては勉強することばかりです.

第2課題はパブリックスペース.難しい課題….あぁ,また彼らもドツボにはまって悩むんでしょうね.でもそれが楽しかったんだということに,いつか気づいてもらいたいとも思います(まぁ,一生気づかない人の方が大多数でしょうが).設計課題はやっぱり楽しい.皆さん,お疲れさまでした!

以下はうちのクラスから発表した二人です.なかなか良い作品でした.



建築は愛である,なんて書くと頭がおかしいと思われるだろうか.
でもそう思う.産みの親が,我が子が可愛くなかったら誰が可愛がってくれるんだろう.

今日大学では課題の中間提出があった.課題は住宅.GWの最後(しかも今日はまだ祝日)にわざわざ提出をぶつけなくても,と思わなくもないけれどそれはそれ.きっとみんなGWは返上で,前日は徹夜かそれに近い状態だったんだろうと思う.

完成度なんて求めてないし,中間だからまだまだ挽回もできる.プレゼンも未熟だし,自信も確信も持てないのも仕方がない.でも自分の作品をおとしめることだけはだめだ.作品がかわいそうじゃないか.

僕が学生との講評で唯一熱くなる瞬間があったとしたら,図面の未熟さではなく,模型の稚拙さでもなく,愛情のなさだ.世界を敵に回しても,本心ではどこか気に入っていないところがあったとしても,自分の作品は全力で肯定して欲しい.この案は素晴らしいんだと言い切って欲しい.ダメなところが9割でも,残り1割の良さを必死にアピールして欲しいと思う.

僕は自分の担当する学生達が大好きだ.彼らの良さを理解してあげたいといつも思う.今日は中間だし,9割のダメには目をつぶっても1割は全力で褒めてあげようと思っていたのだけれど,あまりに「自分の作品はダメです」とネガティブアピールする学生が多すぎて,正直心が折れてしまった.

みんな自分の作品が可愛くないの?愛情がないのなら,愛情を注げる案に今からでも変更したほうがいい.誰からも愛されず,望まれないまま世の中に産み落とされる建築なんて,たとえそれが課題であったとしてもあまりに悲しすぎる.

13. 04 / 30

原石

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エスキースは合気道。かけてくる技が大きければ大きく返せる。小さければ小さくなる。その人の実力を引き出すことはできても、超えることはできない。

すべてはダイヤの原石。磨けば光る。磨き方は丁寧に教えるけれど、それを磨いてあげることはできない。ほとんどの人は、そこそこ光ったところで磨くのをやめてしまう。でもそんなのはね、まだダイヤとは呼べないんだよ。

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sekimoto

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今週は『しだれ桜の家』の施主検査/設計検査があり、来週末が引渡し。つまり提出。大学4年生の卒業設計も来週末が最終提出らしい。奇しくもふたつの進行は完全にシンクロしているようだ。

昨日の監督さんも相当疲れが溜まっているようだったけれど、まだまだ終わらない。一見するとほぼ完成のように見えて、実は本当のクオリティを伴った完成とはまだまだ先にあるものなのだ。

見た目8割の完成はまだまだ全体の2割でしかない。残り2割の完成を達成するためには、まだ8割の労力と時間を費やすという事実を忘れてはいけない。これは現場でも、また大学でも繰り返し言い続けてきたこと。ここからが本当の勝負である。