金メダルを取りたいといつも思う。でも取れない。
オリンピックでも「ノーミスの演技!」と実況されたとしても10点満点は出ない。見る人が見たらどこかに粗はあって、それは本人も認識していたりするものだ。地元ではナンバーワンでも、世界中のナンバーワンが集まる場ではそうはいかない。わずかなボタンの掛け違いが命取りになってしまう。
それを「人間だもの」で済ませるのは簡単だ。けれどオリンピックのアスリートたちはそうは考えていない。彼らは心底完璧なプレーや演技をしたいと願って、求道者のように4年間を費やしてきたのだ。それが本当に尊いことで、アスリートの本質というのはそういうことなんじゃないかと思う。
我々もまたアスリートのようなもので、何年もかけて一つの仕事をまとめ上げていく。そのプロセスではクライアントの要望やデザイン、法規、予算、技術などありとあらゆる分野にわたって細やかな対応が求められる。それらすべてに満点を取ることはきわめて難しい。そもそも採点基準も明らかにされていないわけだし、なにが何が正解かすら我々もわからずにやっているのだから。
それでも我々は完璧な仕事をしたいと願う。この仕事をノーミスで終えたい!そして最後に金メダルを首にかけてもらいたい。その一心で、今日も仕事の隅々にまで神経を行き渡らせる。
きっとそれはアスリートや我々のような設計者に限らず、職人や料理人、営業職やトラックの運転手に至るまできっと同じに違いない。その心意気こそが尊い。皆心の中にオリンピックがあるのだ。
オリンピックでは「完璧を目指した結果としてのほぼ完璧」を日々我々は見せられている。そのわずかなボタンの掛け違いに、今日も我が人生を見る。
オリンピックでも「ノーミスの演技!」と実況されたとしても10点満点は出ない。見る人が見たらどこかに粗はあって、それは本人も認識していたりするものだ。地元ではナンバーワンでも、世界中のナンバーワンが集まる場ではそうはいかない。わずかなボタンの掛け違いが命取りになってしまう。
それを「人間だもの」で済ませるのは簡単だ。けれどオリンピックのアスリートたちはそうは考えていない。彼らは心底完璧なプレーや演技をしたいと願って、求道者のように4年間を費やしてきたのだ。それが本当に尊いことで、アスリートの本質というのはそういうことなんじゃないかと思う。
我々もまたアスリートのようなもので、何年もかけて一つの仕事をまとめ上げていく。そのプロセスではクライアントの要望やデザイン、法規、予算、技術などありとあらゆる分野にわたって細やかな対応が求められる。それらすべてに満点を取ることはきわめて難しい。そもそも採点基準も明らかにされていないわけだし、なにが何が正解かすら我々もわからずにやっているのだから。
それでも我々は完璧な仕事をしたいと願う。この仕事をノーミスで終えたい!そして最後に金メダルを首にかけてもらいたい。その一心で、今日も仕事の隅々にまで神経を行き渡らせる。
きっとそれはアスリートや我々のような設計者に限らず、職人や料理人、営業職やトラックの運転手に至るまできっと同じに違いない。その心意気こそが尊い。皆心の中にオリンピックがあるのだ。
オリンピックでは「完璧を目指した結果としてのほぼ完璧」を日々我々は見せられている。そのわずかなボタンの掛け違いに、今日も我が人生を見る。
先日図渡ししたA工務店。しげしげと我々の図面を眺めて「ここまで図面を描いて頂けるのは本当に助かります」とひとこと。過去に仕事をした別の設計事務所の図面はスカスカで、現場に入ってからも変更が多くて本当に苦労したそう。
竣工間近のB工務店。工期通りに高い精度で施工頂けたことに感謝を伝えると、図面のおかげだとして、ここまで描かれている図面は見たことがないとおっしゃっていた。同時並行で進めていた別の設計事務所の現場では、図面がスカスカで情報が全く読み取れなかったという。何かを施工するたびに質疑が山ほど出るので、思うように進められずいつもイライラしていたそうだ。
現在進行中のC工務店。はじめてお付き合いする工務店なのだけれど、我々の図面の精度がヤバいという。他の現場の図面見ます?と言われてうちのスタッフが見せてもらったら、あまりにスカスカの図面でびっくりしたそう。展開図が1/100スケールだったと聞いた時は愕然としてしまった。
知り合いの設計者を紹介したD工務店。あとで聞くと、結局その事務所の仕事は断ってしまったという。理由を聞くと図面が酷かったからとのこと。スカスカで間違いだらけ、各所で整合性がまったく取れていない。このまま請けるとトラブルに巻き込まれると思ったそうだ。
果たして我々が特別なのか?
それとも彼らはたまたま酷い事務所に当たっただけなのか?
この手の話は枚挙にいとまがない。我々の図面は描き過ぎなどと言われることもあるけれど、現場の意見は違う。読み込むのは大変だろうけれど、次にやるべきことが全て描かれた図面なら職人の手が止まらない。結果として工期もスムーズだし、余計な出費もないから現場も合理化できる。
実際に現場がはじまると、我々の現場は質疑がほとんど出ない。定例に出向いても、質疑がないので雑談だけして帰ってくることも多い。ある職人は我々の図面に「バイブル」と書いていた。そのくらい我々の図面は現場からの厚い信頼があって、我々はそれを裏切ってはいけないと思っている。
そういう図面はどうすれば描けるのか?スタッフをどう教育しているのか?とよく聞かれるのだけれど、いつも困る。教育なんてしていない。とにかく当たり前のこと、細かいことを言い続けること、これしかないからだ。
スタッフに仕事を任せて細かいことは言わないのが理想の上司だとしたら、私はきっとかけ離れていると思う。スタッフには申し訳ないけれど、仕事の質は落とせないから、仕事では鬼になるしかないのだ。
これからどんどん職人の数も減って、工務店を下に見て相見積もりなどは取れなくなる(うちはもう長らく相見積もりはやっていませんが)。実際に設計者が工務店を選ぶ時代はすでに終わっていて、選ばれる時代になっている。先のスカスカな図面の事務所に対して、工務店は何と言っているか?「次はもうやりたくありません」これが現実だ。
建て主からだけでなく、我々は工務店からも選ばれる存在にならなければ生き残れなくなる。良い仕事が残せなくなる。最近は切にそう思う。
竣工間近のB工務店。工期通りに高い精度で施工頂けたことに感謝を伝えると、図面のおかげだとして、ここまで描かれている図面は見たことがないとおっしゃっていた。同時並行で進めていた別の設計事務所の現場では、図面がスカスカで情報が全く読み取れなかったという。何かを施工するたびに質疑が山ほど出るので、思うように進められずいつもイライラしていたそうだ。
現在進行中のC工務店。はじめてお付き合いする工務店なのだけれど、我々の図面の精度がヤバいという。他の現場の図面見ます?と言われてうちのスタッフが見せてもらったら、あまりにスカスカの図面でびっくりしたそう。展開図が1/100スケールだったと聞いた時は愕然としてしまった。
知り合いの設計者を紹介したD工務店。あとで聞くと、結局その事務所の仕事は断ってしまったという。理由を聞くと図面が酷かったからとのこと。スカスカで間違いだらけ、各所で整合性がまったく取れていない。このまま請けるとトラブルに巻き込まれると思ったそうだ。
果たして我々が特別なのか?
それとも彼らはたまたま酷い事務所に当たっただけなのか?
この手の話は枚挙にいとまがない。我々の図面は描き過ぎなどと言われることもあるけれど、現場の意見は違う。読み込むのは大変だろうけれど、次にやるべきことが全て描かれた図面なら職人の手が止まらない。結果として工期もスムーズだし、余計な出費もないから現場も合理化できる。
実際に現場がはじまると、我々の現場は質疑がほとんど出ない。定例に出向いても、質疑がないので雑談だけして帰ってくることも多い。ある職人は我々の図面に「バイブル」と書いていた。そのくらい我々の図面は現場からの厚い信頼があって、我々はそれを裏切ってはいけないと思っている。
そういう図面はどうすれば描けるのか?スタッフをどう教育しているのか?とよく聞かれるのだけれど、いつも困る。教育なんてしていない。とにかく当たり前のこと、細かいことを言い続けること、これしかないからだ。
スタッフに仕事を任せて細かいことは言わないのが理想の上司だとしたら、私はきっとかけ離れていると思う。スタッフには申し訳ないけれど、仕事の質は落とせないから、仕事では鬼になるしかないのだ。
これからどんどん職人の数も減って、工務店を下に見て相見積もりなどは取れなくなる(うちはもう長らく相見積もりはやっていませんが)。実際に設計者が工務店を選ぶ時代はすでに終わっていて、選ばれる時代になっている。先のスカスカな図面の事務所に対して、工務店は何と言っているか?「次はもうやりたくありません」これが現実だ。
建て主からだけでなく、我々は工務店からも選ばれる存在にならなければ生き残れなくなる。良い仕事が残せなくなる。最近は切にそう思う。
銀座久兵衛の板前の条件。そのまま設計者にも当てはまる。こうありたい。
1. しっかりした料理をつくれる「料理人」であること。
2. お客さま一人ひとりのご注文とお会計が常に頭に入っている「キャッシャー」であること。
3. 料理に合わせて飲み物を的確におすすめできる「ソムリエ」であること。
4. 店を代表してお客さまに接することができる「マネージャー」であること。
5. つねに客席に目配りをし、お客さまを楽しませることができる「エンタテイナー」であること。
1. しっかりした料理をつくれる「料理人」であること。
2. お客さま一人ひとりのご注文とお会計が常に頭に入っている「キャッシャー」であること。
3. 料理に合わせて飲み物を的確におすすめできる「ソムリエ」であること。
4. 店を代表してお客さまに接することができる「マネージャー」であること。
5. つねに客席に目配りをし、お客さまを楽しませることができる「エンタテイナー」であること。
ログインの際にAIが出してくるこの「なぞなぞ」が苦手だ。たとえばこの「オートバイのタイル」を選択せよという場合、サイドミラーのみのタイルもやっぱりオートバイの一部なのか、バイクの右側が微妙にはみ出しているタイルは選ぶべきなのかを真剣に悩んでしまう。
この真剣に悩んでいるという時点で私はAIではないといえるのだが、信じてもらえない。また別の画像が出てきて「なぞなぞ」がはじまる。いつまでたってもログインできない。
こんな屈辱あるだろうか。「お前それでも人間なのか?」とAIにばかにされているような気もする。
中にはひどく歪んだ数字や文字列が出てきて「さぁ、なんて書いてあるでしょうか?」というのもある。
「l」なんて出てくるともうお手上げで、もはや大文字のIなのか、小文字のLなのか、数字の1なのかもよくわからない。間違えるとまた別の文字列が出てくる。九九ができない小学生が延々と居残り勉強させられているみたいだ。
これはきっとあれだ。映画によくあるAIが人間を挑発してくるやつだ。どこかにラスボスみたいなのがいて「愚かな人間どもめ」みたいに我々を試しているに違いない。その時点で我々を人間だと認めているはずなのに許してくれない。お願い許して。私のこと認めて!
そのうち「3回まわってワンと言え」とかいう設問になって、我々はだんだんAIに支配されていくのだ。
朝事務所に入っていくと、その日の打合せの準備がピシッと整っている。日々の光景だけれど、とても気持ちが良い。こっちも気持ちよく一日が始められる。
左官職人の久住有生氏に、仕事で大事にしていることは何か?と訊ねたら「慣れないこと」だとおっしゃっていた。仕事は毎日のルーティンだけれど、慣れていくとそのうち基本的なことから忘れていく。だから弟子の職人にも毎日同じ事を繰り返し言うのだと。大切なのは技術ではなく所作なのだとおっしゃっていた。
新人は先輩の仕事をつぶさに見て覚える。技術は口で教えられるけれど、所作は背中で教えるものだ。私が何も言わずとも、先輩スタッフが後輩に仕事はこうやるのだと背中で伝えてくれているようで、とても嬉しい。
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