23. 01 / 15

我々の価値

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sekimoto

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> 仕事
> 思うこと


年が明けて、滞っていたプロジェクトがひとつ動き始めた。幸先の良い年のはじまり。そんな打合せ終わりの雑談で、その方がうちに設計を依頼しようと思ったきっかけとしてこんなことをおっしゃった。

その方はハウスメーカーにも行ったが、画一的なつくりがテンプレートのようで住みたいと思えなかったそう。次に工務店にも話を聞きに行ったが、こだわりある工務店で、そこでは住宅の性能のことをとても丁寧に説明を受け、断熱性能や気密性能がいかに大切かを力説されたそうだ。

ここまではあり得る話。じゃあそこにしようかしら、と気持ちが傾くのが今どきの流れだろう。ところがその建て主さんは、その説明を聞いて「そんな小数点の性能にこだわるよりも、もっと自分たちらしい家に住みたい」と思って設計事務所で建てることを選んだそうだ。

そんなことあるんだ。これまでその真逆の話をずいぶん聞かされてきたので、この話には本当に涙が出るくらい嬉しかった。我が事務所はそうはいっても、性能をけしておろそかにはしていない。HEAT20でG2グレードの断熱性能は当たり前だし、気密測定をすればC値でもそこそこ良い数字は出せる。

性能重視の時代だからこそ、ホームページにも大きく性能のことをアピールすべきだろうかと迷う気持ちもあるけれど、それはしていない。なぜかというと、それはうちの”売り”ではないからだ。

それをした瞬間に性能値の戦いがはじまる。数字では他社に負けるかもしれない。でも我々の価値はそこではないのだ。そうではない土俵で戦っているのだということをずっと考えてきたけど、工務店勢力に押されてここのところ心が折れそうになっていた。

性能はけして諦めないし手は抜かない。けれども我々の本当の価値はそこではない。

それを理解して下さる方が、うちにご依頼を下さる。
なんと嬉しいことだろう!

今日はビックサイト、建築知識実務セミナーへ久しぶりの登壇。この日は「美しい断熱住宅を提案する方法」というテーマで、It’s Houseの八島社長とのデュアルセミナー。

It’s Houseさんは、今や飛ぶ鳥を落とす勢いの高断熱企画住宅を売り出すハウスメーカー。イノアックの超高性能断熱材サーマックスを肴に、それぞれの立場から「美しい断熱住宅」を掘り下げました。

建築知識実務セミナーはスポンサードによるセミナーのため、来場者には期待通りの学びを、スポンサーには企業価値を(商品名を連呼することなく)広報するというミッションを同時に背負う、単独セミナーよりずっと高度なオトナのセミナー。

過去には板金や防水、畳に至るまで毎年のように無茶ブリを受けてきましたが、今年はとうとう断熱材トーク!自分が一番苦手なやつ。仕方ないので開き直ってリオタデザインの断熱意識改革の歴史をお話しさせて頂きました。冷や汗を悟られずになんとか終了。

今年も勉強させて頂きました!

学生によるリノベサークルDaBoというユニークな団体があります。これは学生主体で建築の改修工事を設計から施工まで行ってしまうというサークルで、実はこの春に5人来ていたオープンデスクの学生のうち、実に4人がこのサークルのメンバーでした。

私が留学していたフィンランドの大学では、学生であっても実際に設計から建設まで関わるというプロジェクトがいくつかあり、実作に飢えている学生達にとってはモチベーションが上がる機会にもなっていました。

フィンランドの建築の考え方は、かの台詞を借りれば「建築は製図室じゃない、現場で起こっているんだ!」とばかりに、先鋭的なコンセプトばかりを口にする人はあまり相手にされませんでした。私がちょっとひねった案を出したら「で、断熱の厚みはいくつなんだ」と返されたのを覚えています。建築は建ってナンボという考えがあるからなのでしょうね。

なので、こういう実作に飢えた学生達が実際に自分たちで設計施工しながら考えるというのは、とても素晴らしい取り組みだと思います。そしてそんな学生に工事を依頼する懐の深~いクライアントにも尊敬の念を禁じ得ませんが…。


そんなDaBoが工具類の購入のためにクラウドファンディングを募っていたので、私も微額ながら協賛させて頂いたのですが、その返礼品が昨日届きました。それがこれ『壁の断熱の計算ブック18』。

これ本当にすごいんです。協賛はもちろん支援の意味もありましたが、これが欲しかったことも理由の一つでした。これは古今東西の18の建築物の壁の構成、断熱材情報などから、実際の熱貫流率(U値)を計算したものです。

この建物のチョイスがすごい。黒川紀章さんの中銀カプセルタワービルからはじまり、安藤忠雄さんの住吉の長屋や、コルビュジェのサヴォア邸など、いわゆる今どきの高気密高断熱ではない建築の実際の熱貫流率をすべて計算しています。

極めつけは茅葺き民家やボーイング旅客機まで!一方ではメンバーが住んでいる自宅の断熱計算もしていて、その比較をしているのもなかなか良かったです。

たとえば安藤さんのコンクリートの住宅は寒いんだろうなとは思っても、それがどのくらいという数値まではわかりませんでした。それがこれを見て、とんでもなく寒いことだけはよくわかりました笑。(ちなみに住吉の長屋のU値は4.01とのこと。リオタデザインが設計する住宅のU値は平均して0.4~0.5くらいです)

ただ計算するだけじゃなくて、その断面なども丁寧に図解されていて、資料を集めるだけでも相当苦労されたと思いますが、非常に貴重な資料になりそうです。

またこういうことを書くと語弊もありそうですが、断熱性能が低い建築であっても、歴史に名を残し、多くの人々に勇気や感動を与えている建築も少なからずあります。建築の価値を計る指標はけして一つではないということもあらためて感じたことです。

DaBoの皆さん、素晴らしい冊子をありがとうございました!永久保存版にします。コロナに負けず、活動がんばってください。



先週土曜日に、神奈川建築士会主催の「感境建築コンペ」のキックオフとなるシンポジウムに、伊礼さん甲斐さんらと登壇させて頂きました。今回は私も伊礼さんらと共に審査員を務めさせて頂きます。

性能だけでは語れない環境(感境=町と家のあいだを考える)について、それぞれの立場から提示された価値観はとても示唆深いものでした。

自立循環型住宅やZEHに代表されるように、住宅はそれ単体で性能やエネルギーが自己完結する方向性に向かっていますが、本当の豊かな環境というのは、完全なシステムに、いかに脆弱で不完全なものを取り込むかではないかというのが、シンポジウムの議論を通じて見えてきたことでした。

この性能の時代にレジスタンスを仕掛けて欲しい。閉鎖系を打ち破る開放系を提案して欲しい、そんな我々からのメッセージです。

「写真一枚だけでもいいよ」by 伊礼さん笑
是非とも幅広い提案をお待ちしております!

神奈川建築士会・感境建築コンペ
http://www.kanagawa-kentikusikai.com/osirase/compe/wordpress/

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sekimoto

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> 仕事
> 温熱



今日は西小岩で現場が進むKOTIという住宅にて、気密試験がありました。

高気密高断熱住宅というのは、建て主にとっても、また設計者にとってももはや当たり前の時代となっています。

断熱については設計者側である程度コントロールができます。断熱材の種類や厚みなどは図面に指定することができますし、それを前提として温熱計算(UA値・Q値)などもすることができます。(ちなみにこの住宅の断熱性能はUA=0.53。いわゆるHEAT20のG1グレード程度の高断熱仕様です)

ですが、もう一方の気密(C値)についてはどうでしょう?

意外なことに、設計者はその住宅がどのくらい気密性が高いかについて語ることはできないんです。なぜなら、我々は設計上は隙間はないことにしているからです。

でもどんなに気密フィルムを張り巡らせたところで、完全な気密空間を作ることは不可能です。そこで、その家にどのくらい隙間があるかについて調べる、これが気密試験ということになります。これは実際に作られている現場で実施するほかないんですね。



さて、そんな偉そうな前置きをしておきながらお恥ずかしいのですが、実は今回はじめて気密試験というものをやらせてもらいました。(いや、ほんとお恥ずかしい)

方法としては、冒頭の写真にあるようなラッパ型の機械を目張りした窓に設け、そこからファンで室内の空気を外側に抜いてゆきます。そうすると室内がどんどん負圧になってゆきます。するとどうなるか?


室内側に施工された気密フィルムが風船のように膨らみはじめます。

外壁側には耐力壁として、全面構造用合板を張っています。一見するとどこにも隙間がないように見えますが、空気ってやつは侮れません。どんな小さな隙間からだって入ってくるんですね。逆に言うと、この室内側の気密フィルムの施工を徹底していないとどうなるか。これは誰でもわかると思います。

最初の計測では、建物の隙間面積は「135cm2」と出ました。C値は1.7です。

高気密住宅と呼ぶには最低2.0を切っておきたいところですが、これはなんとかクリア。ですが、昨今のハイクオリティ住宅は1.0を切る世界ですから、あまり褒められた数字とも言えません。

ただここからが本番です。室内を負圧にした状態で、隙間らしい隙間に手をかざして、隙間風がどこから入ってくるのかを調べてゆきます。大工さんもウレタンスプレーを片手に、怪しそうな隙間を地道に埋めてゆきます。



すると監督の初谷さんが、「見つけた!」といって喜んでいます。

行くと、クローゼット内部に設ける予定の分電盤の配管スペースから、かなりの量の空気の流入が見られました。状況を見れば「でしょうね」といったところ。


こうした部位をあらためて塞いで、再計測。
今度は建物の隙間面積は「104cm2」と出ました。C値は1.2です。

う~ん、本当は1.0を切りたかった。ただ善戦した方かと思います。



さてここで、今回の気密試験を実施した趣旨をご説明しておきます。

試験ですから、もちろん数値は良い方がいいに決まっています。ただ今回は「一年間みっちり受験勉強して、いざ本番に臨む受験生」というよりは、「志望校を選ぶに当たって、まずは模試を受けてみる受験生」の状態に近いと言いますか。

さしあたり、まずは我々の普段通りの設計でどのくらいの性能が出せるのか知っておきたかった、というのが今回の主な目的です。

ただ、もちろん悪い成績を取ることは本意ではないですから、今回は現場とも気密試験をやるというコンセンサスの元で、いつもよりはがんばって気密処理を行ってもらいました。つまり、いつもよりちょっとだけがんばって「C値=1.2」。

今回は初回にしては、良い結果だったと思っています。
もうちょっと頑張れば確実に1.0は切れるなとも思いました。もっと数字を上げるためにはどうすれば良いかもわかりました。

ただ、ここで思うんですよね。
学力を極めて、東大に入ることだけが我々のゴールなのかと。敢えて美大に行きたい、でもいいじゃないですか。でも一定の学力(性能)があれば選択肢は広がるんですよね。限られた予算と現場の職人さんのモチベーションとの狭間で、できることの幅を今後も探ってゆきたいと思います。

今回は今後の設計の指針を考える上で、とても良い経験をさせて頂きました。ご協力下さいました大和工務店さん、どうもありがとうございました!