たまに鬼になる。相手の仕事に「こんなもんでいいだろ」という油断だったり、甘さのようなものを感じると、ついスイッチが入ってしまう。
世の中には怒らない人というのもいる。仏様のような人格で、すべてを慈愛で包み込んでしまうという人もいるのかもしれないけれど、それ以外の人は、物事を「こんなもんでいいだろ」と思っている人なのではないかと思う。
自分が自分に甘いから、人のことを怒れない。自分が相手以上にやっているという自覚や自信がないから、人のことを言えないのだ。自分は相手よりも真剣に取り組んでいるという自覚があってはじめて、人は人のことを怒ることができる。怒れない人は優しいのではなく、ただ単に自分に甘いのだと思う。
もちろん怒らないに越したことはない。自分も後味が悪いし、言われた方も、そのまた周りの人もきっと嫌な思いをしているかもしれない。でも怒りは自己表現でもあって、時に相手に自分のことや本当のことをわかってもらうための手段になることもある。
たぶん、私は人が思っているほどお人好しではないのだと思う。でもそれは、私にとって何より仕事の原動力にもなっているとも思う。
世の中には怒らない人というのもいる。仏様のような人格で、すべてを慈愛で包み込んでしまうという人もいるのかもしれないけれど、それ以外の人は、物事を「こんなもんでいいだろ」と思っている人なのではないかと思う。
自分が自分に甘いから、人のことを怒れない。自分が相手以上にやっているという自覚や自信がないから、人のことを言えないのだ。自分は相手よりも真剣に取り組んでいるという自覚があってはじめて、人は人のことを怒ることができる。怒れない人は優しいのではなく、ただ単に自分に甘いのだと思う。
もちろん怒らないに越したことはない。自分も後味が悪いし、言われた方も、そのまた周りの人もきっと嫌な思いをしているかもしれない。でも怒りは自己表現でもあって、時に相手に自分のことや本当のことをわかってもらうための手段になることもある。
たぶん、私は人が思っているほどお人好しではないのだと思う。でもそれは、私にとって何より仕事の原動力にもなっているとも思う。

今月の建築知識2月号(エクスナレッジ)に、全木連(全国木材組合連合会)さんのタイアップ記事広告という形で、私のインタビュー記事とまもなく竣工するF寺事務棟のことを取材して頂きました。
全木連さんのタイアップ記事広告は、これまでも古川泰司さんや山田憲明さんといった日本を代表する木造のスペシャリストたちが紹介されていて、今回ここに我々の取組みを掲載して頂くのは光栄なことで、大変嬉しく思います。
今回取り上げて頂いたF寺事務棟は、建立から千年以上もの歴史を持つお寺の増築で、その構造は可能な限り地場の国産材でつくりたいと考えていました。
今回それを埼玉が誇る西川材でつくるため、性能表示材としてのJAS製材にこだわり、金子製材さんや堀尾建設さんなどの協力も得て実現に至りました。また内装材には、三重の野地木材さんとの協働で、木目の美しい熊野杉を使った小幅板なども特注製作をしていて、こちらも見どころの一つになっています。
では以後もすべてJASの国産材でつくるのかと言われると、まだまだ多くのハードルがあって、今後も輸入材の力も借りながらバランスの良い木の使い方を模索したいというのが正直なところです。
そんなことも含めて語っていますので、どうかご興味ある方はご一読ください!

私には悪い癖がある。いくつもあるけれど、そのうちの一つは目上の人に噛み付くという癖だ。
思えば下積み時代から私は生意気だった。当時の所長にはいつも噛み付いてばかりだった。黙って「はい」と言えない。いや、たまには言っていたかもしれないけれど、どちらかと言うと自分の意見を曲げなかった。上司にとっては一番面倒くさい部下だったに違いない。
目上の人にはなぜか歯向かいたくなるのだ。負けてたまるかって思ってしまう。その気質は行政や民間審査機関などとの折衝にも遺憾なく発揮される。ふざけんな。負けてたまるか。屁理屈を総動員してでも、絶対にこっちの法解釈を通してみせる!というところに全エネルギーを注ぎ込んでしまう。
さすがにお施主さんには優しい?けれど、それでもスイッチが入れば言い返してしまう。そんな時はいつもスタッフの方がヒヤヒヤしているようだ。
うちのスタッフはおとなしい。もっと言い返せばいいのにって思う。こんちくしょう、負けてたまるかって思わないのかな。言い返されると私は相手との距離感が掴める。これ以上踏み込むとこの人は怒るんだなとか。それは結果的に本人も自分を守る防御の砦となる。
負けてたまるか。なめられてたまるか。
理不尽を感じたら、相手が誰だろうと向かっていかなくちゃダメだ。
思えば下積み時代から私は生意気だった。当時の所長にはいつも噛み付いてばかりだった。黙って「はい」と言えない。いや、たまには言っていたかもしれないけれど、どちらかと言うと自分の意見を曲げなかった。上司にとっては一番面倒くさい部下だったに違いない。
目上の人にはなぜか歯向かいたくなるのだ。負けてたまるかって思ってしまう。その気質は行政や民間審査機関などとの折衝にも遺憾なく発揮される。ふざけんな。負けてたまるか。屁理屈を総動員してでも、絶対にこっちの法解釈を通してみせる!というところに全エネルギーを注ぎ込んでしまう。
さすがにお施主さんには優しい?けれど、それでもスイッチが入れば言い返してしまう。そんな時はいつもスタッフの方がヒヤヒヤしているようだ。
うちのスタッフはおとなしい。もっと言い返せばいいのにって思う。こんちくしょう、負けてたまるかって思わないのかな。言い返されると私は相手との距離感が掴める。これ以上踏み込むとこの人は怒るんだなとか。それは結果的に本人も自分を守る防御の砦となる。
負けてたまるか。なめられてたまるか。
理不尽を感じたら、相手が誰だろうと向かっていかなくちゃダメだ。

この暮れに一年を総括することでも書こうかと思うものの、今年はいろんなことがありすぎて考えもまとまらない。今年はなんといっても、新型コロナウィルスの蔓延によって、生活様式がいろんな意味で大きく変わった年でもあった。
私をとりまく様々なことも変わったし、それらのいくつかは残念だったこと(対面で会えないこととか)もあったけれど、それすらも日常の中に取り込まれて、テレワークやオンライン会議、オンラインセミナーなどが当たり前になった年でもあった。新しいモノやコトが好きな私にとっては、これまでの無意味なしがらみから離れて、自由に活動できた良い一年だったとも思う。
また今年は例年になく設計依頼やご相談が相次いだ年でもあった。何が起こったのかは自分でもよくわからない。「建もの探訪」などにも2件ほど登場した年でもあったので、その影響はあったと思うものの、けしてそのOAを見た人ばかりではなかった(むしろ半数以下だったかもしれない)。10年以上前から依頼したいと思っていたという方も少なからずいて、継続することの尊さのようなものを感じた。
また本業からも離れて、所属する諸団体のお役目のようなものも急増した年でもあった。そのうちのいくつかは、役職を伴って一定の責任を背負うものも。本業をしっかり回しながら、こうしたお役目も疎かにしないで活動することには神経を使う(もちろん時間も)。本業の足も引っ張るし、お金にならないという意味でも一般的にはメリットがあるとは思えないこうした取り組みの数々も、自らの社会活動としてやはり外せないものになっている。
それに加えて、、セミナーに執筆活動と、もう体がいくつあっても足りない!という状況。毎日分刻みで動いているので、事務所の中でも私はいつも小走りだ。車を運転していても、わずか10分でも短縮できるなら迷わず有料道路を選ぶ。今一番欲しいのは「時間」。
そんな、何の示唆にもならないとりとめない総括。この年末年始はゆっくりと、と月並みなことを書きたい衝動があるものの、やはりゆっくりはしていられないのだろう、、。
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皆さま、今年一年お世話になりました。
どうか良いお年をお迎えください!

クリスマスイブから一夜明けて、事務所にひとつの箱が届きました。見ると先月竣工した住宅改修「天沼の家」の建て主Mさんより。お歳暮かな?と思いひらくと、こんな立派なラッピングが出てきてびっくり!
中身は私の大好きなアアルトコーヒーの豆、しかも私好みの深煎り「アルヴァーブレンド」におもわず声が出ちゃいました。Mさんとの出会いは10年前にまで遡ります。その間のブログもきっと読んでいて下さったのでしょう。Mさんは私のことはたぶん何でも知っています笑
私の中には心温まるメッセージも。ちょっと読んでいて泣きそうになりました。こんな素敵なクリスマスのサプライズはなかなかありません。この歳でもサンタさんはやってくるのですね。
Mさん、お心遣い本当にありがとうございました。メリークリスマス!!Mさんご家族にとっても最高に幸せなクリスマスでありますように。


