刑事が犯人を追い詰めるプロセスはどうなのだろう。そんなことをふと考える。事件が起こって、たまたま同時刻に現場近くにいたというだけで逮捕ができるだろうか?いや、きっとこれは冤罪の匂いがする。

指紋が検出された。これはもう犯人に違いない!いや、数日前にたまたま触れただけかもしれない。なんといっても彼には当日のアリバイがあるのだ…。よくある推理小説の展開である。

大学で学生のエスキス(設計指導)をしていてよく思うことだ。彼らは血気盛んな新米刑事みたいなものである。敷地特性のごく一部だけを切り取って、それがあたかも全てであるかのように思い込む。

これは、たまたま通りかかった人相の悪い男を、それだけの理由で犯人だと思い込むようなものだ。「ヤマさん、奴が犯人ですよ!間違いないっす」

まあまあ、待ちなさい。状況証拠では逮捕はできないのだよ。捜査(設計)の基本は地道な聞き込みと物的証拠の収集だ。

我々は敷地に残された小さな痕跡を集める。敷地形状、方位、眺望、高低差、そして隣家位置。前面道路の交通量は?都市的な文脈は?そしてプログラム(要求事項)は?

君はそこまで調べた上で、その案がベストだと思っているのかね?もしかして、南に窓つけりゃ良いとか単純に思ってないかい?そりゃあ、冤罪ってもんだ。

あぁ、世の中に冤罪案件のなんと多いことか。
証拠不十分で釈放。あなたの家が不当に狭く、暗く、家族が不調和で物が片付かないのは、おそらくはあなたのせいではない。

「ヤマさん、裏が取れました!やっぱり玄関は北入りで間違いないっす」よし確保だ、確保!

こんなやり取りが理想なのですが…。

19. 03 / 02

TA会2019

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sekimoto

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いつから始めたか定かではないのですが、TA会と称する会を毎年続けています。記憶にある限りで、もう7年くらいになるかもしれません。

大学の非常勤でアシスタントを務めてくれる学生をTA(Teaching Assistant)と呼ぶのですが、歴代のTAでこの人はと思える学生を引き上げて、毎年メンバーが増え続けて今に至ります。

これはある意味定点観測みたいなもので、彼らとしても毎年近況報告から始まるこの機会は、異なる環境で働く仲間たちから刺激をもらえる機会だと思います。しかもみんな優秀!

今年も楽しかったです!また来年もよろしく。

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sekimoto

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日大理工1年生後期の授業は今日でおしまい。皆さまお疲れさまでした!

日大の非常勤講師に着任した11年前、この船橋校舎の一年生の前に登壇した日のことは今でも覚えています。テンパって何を話したかわからないということだけ…。

担当学年としては船橋の1年生が一番好きだったのですが、とうとうこのクラスが最後です。来期は任期の最後となり、おもに駿河台校舎の2年生を担当します。

学生時代からの思い出の詰まった船橋校舎とも今日でお別れ。
さすがにもう来ることはないだろうな…。

今日の特別授業は「先生の学生時代の話」。自分の学生時代を語りながら、あの頃を懐かしく思い出していました。ほかの先生方の話も最高に面白かった!

学生時代同級生だったJAMMSの仲條さんと非常勤をご一緒できたのも、良い巡り合わせでした。そして何より、今期も良いクラスに巡り会えた幸運に心から感謝します。みんな、ありがとう!

※集合写真はタイミングが悪くて、クラスの約半数になってしまいました。関本クラスは本当は全部で18名います。

18. 09 / 21

今日から大学

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sekimoto

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今日から日大理工1年生後期の設計の授業がはじまりました。後期からはようやく建築らしい課題がはじまります。学生時代、ようやく設計ができるんだとわくわくしたことを思い出します。

卒業後もつながっている教え子は、この時期に教えた子が多い気がします。かつて夜遅くまでやったエスキスも懐かしいですが、最近は学生も忙しくて放課後もサッと帰ってしまう…。

今日は久しぶりに数人残ってくれて、講師としてはこんな些細なことでモチベーションが上がるものです。TAも前期に引き続き、優秀な辻さんがついてくれました。良いクラスになりそうです!


昨日は非常勤講師を務める日大理工学部2年生の住宅課題の全体講評会がありました。各講師受け持ちの20名ほどの学生の中から優秀案を2~3点ほど選び、全体講評会を通じて全学生の中からさらに作品集に掲載する優秀作品数点を選出します。

その中からさらに選ばれたトップ2作品については、スーパージュリーというゲスト建築家を招いての秋の全学年講評会へと選出されます。今回は私のクラスからも1作品が選ばれました。橋本さんおめでとう!他の学生もよく頑張りました。


私は日頃から住宅設計を生業としていますが、学生達に教える住宅設計というものは、我々の日頃の実務設計とはある意味大きく異なるものだと思っています。

我々の住宅との違いは、一言で言えば特定の建て主がいないということになりますが、そうなると面白いことに彼らの設計する住宅は、大きく二つの方向性へと分かれてゆきます。

ひとつは、豊かな想像力(あるいは妄想力)と”ご都合主義”を駆使して、通常ではあり得ないような突飛な設定や解決へと飛躍してゆくという方向性。そしてもうひとつは、住宅をアノニマスな、ある意味どこにでもいそうな(そしてそれはどこにもいないということと同義なのですが)家族像を想定して、大きく突出することのない住宅へと着地してゆこうとする方向性です。

一方の我々の実務設計はどちらでもなく、特定の建て主の思いや許容値から大きく逸脱しないよう、そして一方ではその”のびしろ”を最大に生かしたような個性的な住宅の着地点を探ってゆきます。機能、構造、断熱、そしてディテール。すべてに対して高いレベルの解決を求めてゆきます。


私が学生に求めるのは、どちらかというと前者のやや飛躍したような、ある意味「突飛な」解決です。意外に思われるでしょうか?

普段の設計が”良識的”なだけに、振り幅が大きくなっているのかもしれませんが笑、まだ大学の二年生、建築を学び始めたばかりの子達が、今すぐにでも建ちそうな老成した住宅はやらなくて良いと私は思っています。(もちろん、そういう学生の案も一方では高く評価はしています)

私は学生には、常に常識を疑う目を養って欲しいと思っています。「そういうものだ」と植え付けられた常識は思考停止を招きます。住宅ってなんだろう?建築ってなんだろう?という素朴な視点を見失わないことが、この時期の学生には最も大切なことだと思うのです。

今回も我がクラスからは、そんな”非常識”な住宅がいっぱい生まれました。どれもとっても楽しい住宅です。なぜか女子学生の方が、そんな常識を脱ぎ捨てることに躊躇がないような気がするのは気のせいでしょうか。

住宅を考えることで、これからの世の中のことや、住まいと街との関わり方について考えを深める良い機会となったら、教えた甲斐があったなと思います。