俳優の伊藤健太郎さんが、ひき逃げの容疑で逮捕されたという報道が流れ、ショックを受けている。私は特に伊藤さんのファンだったというわけではない。ただ彼が出演していたドラマなどはよく見ていたし、才能ある活躍する俳優さんだとは思っていた。
冒頭のショックを受けたというのは、「まさかあの彼が(そんな悪いことするなんて)」のショックではなく、人が順風満帆の人生から転げ落ちるどころか、突然道に空いた穴に垂直降下する瞬間を目の当たりにしてしまったというショックに近い。道ばたで目の前で人が銃で撃たれたみたいな。
もちろん今回の一件で大けがをした被害者もいるわけで、逃げてしまったという一連の行動も含めて彼をかばうことは一切できないけれど、でもたびたび報道される芸能人の不倫であったり、禁止薬物使用の報道とは私は少し性格が違う気がする。
先の不倫や薬物などは、本人がいけないとわかっていながらも続けてしまった結果であり、いつかこうなることも頭のどこかでは予見していただろうから、それだけにその因果は本人が受け止めなくてはいけないし、責任も重いと思う。
けれど今回の一件のように、とっさに起きてしまったことについて、つい怖くなって立ち去ってしまったというのは、誰でも持つ人間の心の弱さによって、いつでも誰にでも起こりうることのようにも思える。
自分の人生を振り返ってみても、さすがにひき逃げはないにしろ、友達から借りていたものを傷つけてしまったのに黙って返したとか、自分に非があったのに謝らないで立ち去ってしまったとか、あまり人には言いたくない咎めを受けるべき過去の出来事というのはある。きっと誰しも一つや二つはあるのではないか。
それとこれとは別だと言う人もいるかもしれないけれど、私は同じのように思えてならない。だから恐ろしい。明日は我が身なのだ。
私ももしかしたら明日にでも現場の帰りに自分の車がバイクとコツンと接触して、本来なら踏むべきブレーキを、一瞬の心の迷いで踏みそびれてしまうということが絶対にないとは言い切れない。ガツンなら止まるかもしれないが、コツンなら気がつかなかったふりをしてしまうかもしれない。冷静な理性ならやらないことも、動転しているとどうなるかは自分でもわからないのだ。
彼は活躍する俳優であったことから、翌日から彼のニュースは日本中のメディアで報じられ、今大変なバッシングを受けている。それはもしかしたら私だったのかもしれない。こういう報道を見る度にそう思う。だから、心の弱い私は彼のことを咎めることはできない。ただただ、震え上がるのだ。
冒頭のショックを受けたというのは、「まさかあの彼が(そんな悪いことするなんて)」のショックではなく、人が順風満帆の人生から転げ落ちるどころか、突然道に空いた穴に垂直降下する瞬間を目の当たりにしてしまったというショックに近い。道ばたで目の前で人が銃で撃たれたみたいな。
もちろん今回の一件で大けがをした被害者もいるわけで、逃げてしまったという一連の行動も含めて彼をかばうことは一切できないけれど、でもたびたび報道される芸能人の不倫であったり、禁止薬物使用の報道とは私は少し性格が違う気がする。
先の不倫や薬物などは、本人がいけないとわかっていながらも続けてしまった結果であり、いつかこうなることも頭のどこかでは予見していただろうから、それだけにその因果は本人が受け止めなくてはいけないし、責任も重いと思う。
けれど今回の一件のように、とっさに起きてしまったことについて、つい怖くなって立ち去ってしまったというのは、誰でも持つ人間の心の弱さによって、いつでも誰にでも起こりうることのようにも思える。
自分の人生を振り返ってみても、さすがにひき逃げはないにしろ、友達から借りていたものを傷つけてしまったのに黙って返したとか、自分に非があったのに謝らないで立ち去ってしまったとか、あまり人には言いたくない咎めを受けるべき過去の出来事というのはある。きっと誰しも一つや二つはあるのではないか。
それとこれとは別だと言う人もいるかもしれないけれど、私は同じのように思えてならない。だから恐ろしい。明日は我が身なのだ。
私ももしかしたら明日にでも現場の帰りに自分の車がバイクとコツンと接触して、本来なら踏むべきブレーキを、一瞬の心の迷いで踏みそびれてしまうということが絶対にないとは言い切れない。ガツンなら止まるかもしれないが、コツンなら気がつかなかったふりをしてしまうかもしれない。冷静な理性ならやらないことも、動転しているとどうなるかは自分でもわからないのだ。
彼は活躍する俳優であったことから、翌日から彼のニュースは日本中のメディアで報じられ、今大変なバッシングを受けている。それはもしかしたら私だったのかもしれない。こういう報道を見る度にそう思う。だから、心の弱い私は彼のことを咎めることはできない。ただただ、震え上がるのだ。
20. 10 / 17
Tさん
author
sekimoto
category
> 生活
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今から20年くらい前、まだ住宅を一作くらいしか作っていなかった駆け出しの頃、たまたま雑誌に載った私の住宅を見て設計を依頼して下さったのがTさんだった。
Tさんは有名なアニメーションも手がける監督さんということだったのだけれど、アニメに興味のなかった私は「へえ、そうなんですね」と返しただけで、失礼なことにその方の作品を見ることはなかった。
この秋、所用があってお会いすることになり、久しぶりに連絡を取った。忙しいようだったが「10月中旬を過ぎれば時間が作れる」とおっしゃっていた。Tさんが監督を務めている映画がこのコロナの影響で公開が延期されていることは知っていた。てことは、きっと10月の半ばになんらかの動きがあるのだろう。
昨日仕事をしていたら、ラジオから映画の公開が来年1月23日になったという情報が流れた。しかも情報公開は、昨日封切られた「鬼滅の刃」の上映前の予告編でとのこと。それがYahooニュースになった。きっとこの日に向けて、関係者の間で箝口令が敷かれていたに違いない。
先日、遅ればせながらようやく劇場版の3作を全て観た。はじめての世界観にくらくらした。「これってどういうこと?」理解できない私に、詳しい息子がいろいろ教えてくれた。設計していた時に見なくて良かった。見ていたら、とても対等に話せなくなっていたかもしれない。近々お目にかかるのがとても楽しみ!
.
■映画「シン・エヴァンゲリオン劇場版」2021年1月23日公開
https://news.yahoo.co.jp/pickup/6373838
※11/11追記
現在は当該のニュース記事は消されているようです。
映画の公式情報はこちらをご覧下さい。
https://www.evangelion.co.jp/final.html
Tさんは有名なアニメーションも手がける監督さんということだったのだけれど、アニメに興味のなかった私は「へえ、そうなんですね」と返しただけで、失礼なことにその方の作品を見ることはなかった。
この秋、所用があってお会いすることになり、久しぶりに連絡を取った。忙しいようだったが「10月中旬を過ぎれば時間が作れる」とおっしゃっていた。Tさんが監督を務めている映画がこのコロナの影響で公開が延期されていることは知っていた。てことは、きっと10月の半ばになんらかの動きがあるのだろう。
昨日仕事をしていたら、ラジオから映画の公開が来年1月23日になったという情報が流れた。しかも情報公開は、昨日封切られた「鬼滅の刃」の上映前の予告編でとのこと。それがYahooニュースになった。きっとこの日に向けて、関係者の間で箝口令が敷かれていたに違いない。
先日、遅ればせながらようやく劇場版の3作を全て観た。はじめての世界観にくらくらした。「これってどういうこと?」理解できない私に、詳しい息子がいろいろ教えてくれた。設計していた時に見なくて良かった。見ていたら、とても対等に話せなくなっていたかもしれない。近々お目にかかるのがとても楽しみ!
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■映画「シン・エヴァンゲリオン劇場版」2021年1月23日公開
https://news.yahoo.co.jp/pickup/6373838
※11/11追記
現在は当該のニュース記事は消されているようです。
映画の公式情報はこちらをご覧下さい。
https://www.evangelion.co.jp/final.html
自宅と事務所が同じというのはいろんな意味で都合が良く、何より通勤時間がないのが良い。朝はスタッフが出社するよりずっと前から仕事ができるし、夜はスタッフが帰った後も仕事ができる。
つまり、結局朝から晩まで、事務所で一番仕事しているのは私ということになる。なんなら土日も時間があれば仕事をしている。私の抱える仕事というのは、仕事のようで仕事じゃないというか、JIAやSADIといった所属団体でのお役目があったり、原稿を頼まれたりセミナーを頼まれたりと、いわゆるリオタデザインとしての設計活動以外の仕事も多いので、土日などスタッフがいない日はまとめてそうした仕事を片付けることになる。
ただ度々書いているように、私が建築家として生きるということは、こうした社会的なお役目を一手に引き受けることを意味するので、呼吸していることと同じというか、何も不満はないしストレスがあるわけでもない。
ところがだ。どうやら私はとうとう眠りの中でも仕事を始めたらしい。明け方にふと目が覚めると、夢の残像は必ず仕事の夢なのだ。それもほぼ毎日。そのことに最近気づいて愕然としている。文字通り、寝ても覚めてもというやつだ。
その夢の中で私は何をしているかというと、現場の担当者や建て主などに向かってずっと何かを説明している。どうしてこういう設計にしているのかとか、問題をどう解決するかみたいなことをずっと話している。考えてみると、私は事務所で黙々と仕事をしている時間ももちろんあるが、対外的に誰かに説明をしたり議論をしたりという機会が圧倒的に多い。その余韻や興奮が醒めないのだろう。
朝起きてから寝るまでずっと仕事をして、眠った後も夢の中で仕事をしている。これって病気だろうか?でもうなされるわけではない。悪夢から醒めると「嫌な夢だった」という感覚が残るが、仕事の夢は目覚めても嫌な感じがない。私にとって日常すぎるからだろう。
たぶん、仕事と私生活を分けて生きている人(ほとんどがそうかもしれない)にとっては、こんな話ゾッとするだろう。もはや私は「生きている時間がすべてリオタデザインになっちゃった人」であり、そんなラベリングを激レアさんで付けてもらいたいと思う。
つまり、結局朝から晩まで、事務所で一番仕事しているのは私ということになる。なんなら土日も時間があれば仕事をしている。私の抱える仕事というのは、仕事のようで仕事じゃないというか、JIAやSADIといった所属団体でのお役目があったり、原稿を頼まれたりセミナーを頼まれたりと、いわゆるリオタデザインとしての設計活動以外の仕事も多いので、土日などスタッフがいない日はまとめてそうした仕事を片付けることになる。
ただ度々書いているように、私が建築家として生きるということは、こうした社会的なお役目を一手に引き受けることを意味するので、呼吸していることと同じというか、何も不満はないしストレスがあるわけでもない。
ところがだ。どうやら私はとうとう眠りの中でも仕事を始めたらしい。明け方にふと目が覚めると、夢の残像は必ず仕事の夢なのだ。それもほぼ毎日。そのことに最近気づいて愕然としている。文字通り、寝ても覚めてもというやつだ。
その夢の中で私は何をしているかというと、現場の担当者や建て主などに向かってずっと何かを説明している。どうしてこういう設計にしているのかとか、問題をどう解決するかみたいなことをずっと話している。考えてみると、私は事務所で黙々と仕事をしている時間ももちろんあるが、対外的に誰かに説明をしたり議論をしたりという機会が圧倒的に多い。その余韻や興奮が醒めないのだろう。
朝起きてから寝るまでずっと仕事をして、眠った後も夢の中で仕事をしている。これって病気だろうか?でもうなされるわけではない。悪夢から醒めると「嫌な夢だった」という感覚が残るが、仕事の夢は目覚めても嫌な感じがない。私にとって日常すぎるからだろう。
たぶん、仕事と私生活を分けて生きている人(ほとんどがそうかもしれない)にとっては、こんな話ゾッとするだろう。もはや私は「生きている時間がすべてリオタデザインになっちゃった人」であり、そんなラベリングを激レアさんで付けてもらいたいと思う。
設計でテレビアンテナの話になると、BSは観ないので地上波だけで良いという方が多い。私もほとんどBSは観ない。けれどこのドラマが観れるだけでもBSアンテナがあって良かったと思う。
お世話になっているエクスナレッジの編集者さんから本が送られてきた。このドラマの原作となった甲斐みのりさんの著書だ。ドラマは観ていたのでタイムリーだった。
エクスナレッジが原作を提供するドラマ。そう書くとシュールだけど、正直内容はこのドラマとは直接関係はない。登場人物は3人くらいしかいないけど、単なる建築案内じゃなくてストーリーもちゃんとある。
田口トモトヲが良い。こういう人畜無害な建築オタク、この業界には多い気がする。そしていつも困り顔の池田エライザ。こう言っては失礼だけど、深夜枠のBSテレ東(制作はテレビ大阪)にしては相当クオリティが高い。そして来週は国際文化会館。
「名建築で昼食を」BSテレ東
https://www.tv-osaka.co.jp/meikenchiku/
☆先週の放送&BSが観れないという方はこちら(TVer)
https://tver.jp/corner/f0057226
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