
現在進行中のお施主さんの中に,鉄道の運転手さんがいる.
日々運行する線路沿いにずっと気になる家があったそうで,「あの家の方も自分達のように建築家にお願いしたんだろうな」と思っていたらしい.ところがつい最近になってうちのサイトを開いたところ,実はそれもうちが設計した住宅だったことが判明したそうだ.
その住宅は「空の家」といって,鉄道のすぐ脇の敷地に2007年に竣工した.鉄道の騒音を防ぐため,周囲にガルバリウムの”殻”をまとったような不思議な外観をしている.実際僕もその沿線を利用する際には,車窓から目をこらしてその住宅を探すのだけれど,でも見えるのは本当に一瞬なので,注意していないとすぐに見逃してしまう.
上の写真はずいぶん前に撮ったものだけれど,ちょうど電車がその住宅に差しかかるところでシャッターを切った.でもデジカメのシャッターが落ちるのには時間がかかるし,正直撮れている自信がなかったのだけれど,確認したらちょうどばっちり写っていた.
しかも,なにやら子どもがこっちに向かって手を振っている!こんな劇的な瞬間が撮れるとは思わなかったので,思わず感動してしまった.
ちなみにこの住宅,この鉄道の運転手さんの間では知る人ぞ知る,ちょっと有名な住宅らしい.東武東上線の上福岡駅と新河岸駅の間,川越方面に乗った場合は進行方向右側です.こちらにお出かけになる際は,どうかお見逃しなく!
空の家 |PHOTOS
https://www.riotadesign.com/works/07_sora
[caption id="attachment_3465" align="alignnone" width="372" caption="空の家|2007"]


ふと思い立って,本棚にあるこれまでの掲載誌の整理をはじめた.雑誌の厚い誌面のうち,自分の作品はほんの数ページ.ただこの数ページのために,これまでの掲載誌で本棚がびっしり埋まりつつあった.
これまでの掲載誌を一冊ずつスクラップしてゆく.誌面とその表紙を切り取り,残りは積み重ねて処分するという作業を続けていたら,本棚もずいぶんすっきりした.これならあと10年分くらいはいけるかも?
掲載されると必ず1冊は出版社より送って頂ける.でも中には中身をよく確認しないまま本棚に直行していたものもいくつかあり,そういえばこんな取材もあったなあ,と懐かしく読み返したりもしてしまった.
掲載誌は大きく分けると,建築専門誌(プロ向け),住宅系雑誌(家づくり向け),情報誌(一般向け)とあって,個人的には業界的に影響力の大きい建築専門誌に多く載せたいと思うのだけれど,こちらは敷居が高くて載せて頂ける頻度はあまり高くない.
一方の住宅系雑誌の場合は,プロのライターさんとカメラマンが取材にいらして,家づくりのプロセスから住み心地などの取材,家族のポートレートなどを撮影して下さるので,我々にとってもお施主さんにとっても良い記念や記録になる.でも世間的な反響は思うほどは大きくない.
最後の一般情報誌(LEEなど)は,これは半端なく影響力が大きい.発行部数がまずケタ違いだし,美容室などにも置いてあったりと露出も多いこともあるのだろう.家を建てようと気合いを入れて買う雑誌ではなく,なんとなくペラペラとめくっていたら出会ってしまった的なドラマチックさが,逆に良いのかもしれない.
今回スクラップした雑誌はこの10年間で34誌.他にも再掲載や内装の仕事,作品以外の個人的な取材も含めると50誌くらいにはなるかもしれない.最近では以前ほどガツガツと売り込まなくなったので,最近の取材はあまり多くはないのだけれど,今後は自信のある仕事を,より良い媒体に良い形で取り上げて頂けたら嬉しいなと思う.
昨日は仕事納め,焼肉をつつきながらの打上げでした.この年末は進行中の住宅に加えて,店舗など短期勝負の仕事が入ったこともあり,いつになく慌ただしい怒濤の年末となりました.
今年はなんといっても3月の大地震の記憶が生々しかったです.被災地の被害はもちろんですが,我々の仕事に及ぼした影響も甚大でした.
震災後はしばらく”真冬”のような状況でしたが,GW明けにはウェブサイトをリニューアルし,それが功を奏したか夏までにかけて多くのお問合わせやお仕事を頂けたことで,事務所としてもなんとか息を吹き返すことができました.サイトデザインを担当して下さった石曽根さんには,この場をお借りしてあらためて感謝したいと思います.
また一方では長く事務所を支えてくれていた中堅スタッフがこの秋に退職し,戦力的には大きなダメージとなりましたが,それを補うように残ったスタッフが奮起してくれたことは嬉しかったことです.新スタッフの加入によっても事務所の雰囲気が変わり,新しい個性の組み合わせによる新組織としてスタートを切った年でもありました.
今年もいろいろな出会いがありました.クライアントの皆様,同業の建築家たち,学生さんらとの出会いや交流も,我々の一年を豊かで楽しいものにしてくれました.
愛情あふれるクライアントご家族,ご夫婦との関わりからは身につまされることも多く,反省とともに学ばせてもらうことも多々ありました.建築家の友人らからは,震災で困っていたときなど貴重な情報を共有させてもらったりもしました.
また学生やスタッフに対しては,思いが先行してつい感情的になってしまったり,一方でそれに彼らが応えてくれたりと,自分への反省と得た喜びも同じくらいありました.
今年我々と関わってくださったすべての皆様,ありがとうございました!
スタッフの三浦さん,牛島くん,いつも感謝しています.また秋に退職した柴くん,あらためてこれまで支えてくれてありがとう.献身的な仕事をして下さる工務店さん,そして家族….いろんな人に感謝したくなるそんな一年でした.
今年はなんといっても3月の大地震の記憶が生々しかったです.被災地の被害はもちろんですが,我々の仕事に及ぼした影響も甚大でした.
震災後はしばらく”真冬”のような状況でしたが,GW明けにはウェブサイトをリニューアルし,それが功を奏したか夏までにかけて多くのお問合わせやお仕事を頂けたことで,事務所としてもなんとか息を吹き返すことができました.サイトデザインを担当して下さった石曽根さんには,この場をお借りしてあらためて感謝したいと思います.
また一方では長く事務所を支えてくれていた中堅スタッフがこの秋に退職し,戦力的には大きなダメージとなりましたが,それを補うように残ったスタッフが奮起してくれたことは嬉しかったことです.新スタッフの加入によっても事務所の雰囲気が変わり,新しい個性の組み合わせによる新組織としてスタートを切った年でもありました.
今年もいろいろな出会いがありました.クライアントの皆様,同業の建築家たち,学生さんらとの出会いや交流も,我々の一年を豊かで楽しいものにしてくれました.
愛情あふれるクライアントご家族,ご夫婦との関わりからは身につまされることも多く,反省とともに学ばせてもらうことも多々ありました.建築家の友人らからは,震災で困っていたときなど貴重な情報を共有させてもらったりもしました.
また学生やスタッフに対しては,思いが先行してつい感情的になってしまったり,一方でそれに彼らが応えてくれたりと,自分への反省と得た喜びも同じくらいありました.
今年我々と関わってくださったすべての皆様,ありがとうございました!
スタッフの三浦さん,牛島くん,いつも感謝しています.また秋に退職した柴くん,あらためてこれまで支えてくれてありがとう.献身的な仕事をして下さる工務店さん,そして家族….いろんな人に感謝したくなるそんな一年でした.

今日は板橋区某カフェのプレゼンテーションがあった.
この一週間で気合いを入れてプランを練り上げ,昨日はスタッフが遅くまで残って模型を仕上げた.結果,気に入って頂けて無事ゴーサインを頂くことができた.(やった!)
思えば僕がフィンランドからの帰国を決めて,帰ってきたのがちょうど10年前の12月.そして翌年早々に事務所を立ち上げ,はじめての仕事が荻窪のカフェmoiの仕事だった.
現在は吉祥寺に移転し,押しも押されぬ人気店になったカフェmoiも,そういう意味では来年で10周年ということになる.荻窪のmoiは広さわずか6坪弱のちいさなお店だったけれど,その中にいかに豊かな空間をつくるかに奮闘した仕事でもあった.
あれから10年,今回は荻窪のmoiよりもさらに小さいわずか4.5坪のお店.リオタデザインの新しい10年はここからはじまる.そんな意気込みで取り組みたいと思う.

今日は実はフィンランドの独立記念日.今年は久しぶりにフィンランド大使館からレセプションのご招待を頂き,実に5年ぶりくらいに広尾の大使館の敷居をまたいだ.
大使館とは僕も帰国以来の長いお付き合いになる.独立直後,仕事がない時期にはアールトの展覧会開催に向けて奔走したり,そんなつながりでフィンランド大使館やフィンランドセンターともよく絡んでイベントのお手伝いもした.
でもいつの頃からか,自分の仕事もだんだん多忙になり,大使館やフィンランドとも少しずつ疎遠になっていった.そんな折りに,今回久しぶりにご招待を頂き,フィンランドに関わるいろんな新しい顔,馴染みの顔にお会いできたことで,あらためて自分とフィンランドとの切っても切れないつながりや,ご縁のようなものをあらためて確認することができた.それもこの10年という区切りのひとつになるのかもしれない.
帰宅するとフィンランドに住む友人からのユニークなプレゼントや,9月に退社したスタッフからも花が届いていた.なんだか胸がいっぱいの一日だった.
[caption id="attachment_2866" align="alignnone" width="420" caption="エーロ・アールニオがパッケージデザインをした牛乳パック"]

[caption id="attachment_2867" align="alignnone" width="420" caption="中からはチョコレートとサルミアッキが!"]

[caption id="attachment_2865" align="alignnone" width="560" caption="元スタッフの柴くんからはシクラメンが届いた"]

11. 11 / 02
スタッフ はいりました
author
sekimoto
category
> 仕事
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突然ですが,リオタデザインの仲間が1名増えました.
牛島裕智(29)といいます.よろしくお願いします.
9月末でスタッフの柴が退職した話は以前書いた.話はそれより更にさかのぼり,9月にスタッフを連れて社員研修旅行に出かけた話も以前このブログで書いた.
その文中で「今月いっぱいで辞めるスタッフがいる」と書き,そのことで2人いるスタッフのうちどちらが辞めるのかとクライアントの間では密かな話題になっていたらしいのだけれど,彼はその一文を見て更新されたその日のうちに連絡をしてきた.「はやっ」である.
でも僕は人生は常にタイミングだと思うのだ.あっと思ったら即行動した人がやっぱり強い.実のところ,しばらくは僕もスタッフは取らずに,現在のスタッフと2人体制でのんびりやろうかと思っていた矢先だったので,いきなりのコンタクトに思わず動揺してしまった.
とりあえず面接をしたら良さそうだったので,先月から研修に来てもらい,晴れて今月からスタッフに加わってもらった.この決断に関しては自分に「はやっ」である.
こんなブログをどれだけの人が見ているのかわからないけれど,スタッフが辞めた件を見てその後も入所希望のコンタクトなどはあったから,真っ先に手を上げた彼は強運だったと思うし,良い人に来てもらえて僕としても感謝をしている.
そしてのんびりやるはずだった当面の仕事も,彼の参加で馬力に拍車がかかった.彼に加わってもらったプレゼンは立て続けに上手くいき,スタッフ2名体制でなければとても回していけない状況になったのだった.めでたしめでたし.人生はつくづくタイミングなのである.
牛島裕智(29)といいます.よろしくお願いします.
9月末でスタッフの柴が退職した話は以前書いた.話はそれより更にさかのぼり,9月にスタッフを連れて社員研修旅行に出かけた話も以前このブログで書いた.
その文中で「今月いっぱいで辞めるスタッフがいる」と書き,そのことで2人いるスタッフのうちどちらが辞めるのかとクライアントの間では密かな話題になっていたらしいのだけれど,彼はその一文を見て更新されたその日のうちに連絡をしてきた.「はやっ」である.
でも僕は人生は常にタイミングだと思うのだ.あっと思ったら即行動した人がやっぱり強い.実のところ,しばらくは僕もスタッフは取らずに,現在のスタッフと2人体制でのんびりやろうかと思っていた矢先だったので,いきなりのコンタクトに思わず動揺してしまった.
とりあえず面接をしたら良さそうだったので,先月から研修に来てもらい,晴れて今月からスタッフに加わってもらった.この決断に関しては自分に「はやっ」である.
こんなブログをどれだけの人が見ているのかわからないけれど,スタッフが辞めた件を見てその後も入所希望のコンタクトなどはあったから,真っ先に手を上げた彼は強運だったと思うし,良い人に来てもらえて僕としても感謝をしている.
そしてのんびりやるはずだった当面の仕事も,彼の参加で馬力に拍車がかかった.彼に加わってもらったプレゼンは立て続けに上手くいき,スタッフ2名体制でなければとても回していけない状況になったのだった.めでたしめでたし.人生はつくづくタイミングなのである.
