11. 11 / 16

デスク前

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sekimoto

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> 子ども



打合せで先方に小さい女の子がいたりすると,打合せ終わりにそっと”ラブレター”を渡されることがある.

開いてみると折り紙が入っていたり,「1ねん3くみになりました」という”報告”だったりと実に微笑ましい。こうしてデスク前に張り付けて、いつも元気をもらっている。

女の子に限らずとも、自分の親が何時間も話し込んでいて、そして家庭内でもちょくちょく話題に上がっている(であろう)我々の存在は、単なるお客さんではないとは思ってもらえているのかもしれない。

我々との家づくりを通して、少なくとも「大工さん」だけではなく、「設計する人」という職業があることを知ってもらえたら光栄だし、将来はそういう仕事がしたいと思ってもらえたらもっと嬉しい。

ちなみに、「いっすんさきはやみ」「いっすんのむしにもごぶのたましい」という標語は息子が書いたもので、今もなお社是としている。

11. 08 / 11

あの日のゲーム

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sekimoto

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> 子ども



小学校低学年の頃,ちょうど今のうちの子と同じくらいの時,父とプロ野球を観に行った.僕も父も特に野球が好きだったわけでもなく,またいつもは家族みんな一緒とか,兄弟と一緒が多かったのだけれど,この日はなぜか父と二人だった.

この日は夕方にまだ仕事をしている父の会社に連れて行かれた.執務室で黙々と仕事をしている父の姿はどこか怖くて,その姿を見て一瞬ほころびかけた表情がまたこわばった.黙々と父の仕事が終わるのを待っていた,あの居心地の悪いソファの感触を今でもよく覚えている.

皮肉なことにゲームの記憶はまったく残っていない.とにかく帰り道が異常に眠くて,電車の中で立っていられなかったことだけは覚えている.その日父と交わした会話すら覚えていない.今でもあれは何だったんだろうと思う.楽しかったというより僕は父と二人きりという状況にただ緊張していた.こんな時父とどんな話をすればいいんだろうと思っていた.

もしかしたら,僕がそんな子供だったからあえて父は僕を誘ったのかもしれない.父は僕が学生の時に他界した.今父が生きていたら,と思うことが今もよくある.

昨日は地元西武ライオンズのゲームが西武ドームであった.この日は地元のファンを招待するイベントがあり,僕も子どもも特に野球が好きだったわけではなかったけれど,僕もなぜかあの日のことがふと頭をよぎって仕事を早めに切り上げ,二人で西武ドームへと向かった.

子どもは終始上機嫌だったけれど,野球を見るのが初めてだったらしい.ルールがよくわからないといって,途中から隣で居眠りをはじめてしまった.特に野球に興味もない僕は一瞬途方にくれてしまったものの,幸いその日のゲームは好ゲームで,逆転に次ぐ逆転.ホームランも何本も飛び出す乱打戦で,素人にもわかりやすく楽しむことができた.

途中から起き出した子どもとも一生懸命声援を送って,夜遅くに帰宅した.あの日のことが頭をよぎって,途中まで車で来ていたのも功を奏した.

僕は無意識のうちに,あの日に戻っていろいろなことをやり直したいと思っていたのかもしれない.幸い子どもはそんな僕の心中を知る由もなく無邪気にふるまっていた.彼は大人になっても昨晩のゲームを覚えているだろうか.

子どもが言ってくれた「すっごく楽しかった!」という言葉を,あの日の僕は言えなかった.

11. 07 / 28

プラモデル

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sekimoto

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> 子ども



僕らはどっぷりプラモデル世代で,小学生の頃は戦車からはじまってガンプラ(ガンダムのプラモデル)まで一通りハマったものだった.当時のおもちゃ屋さんといえば,ゲームももちろんあったけど,半分くらいはプラモデルが占めていて,専用の塗料やモーターなどディテールにこだわる楽しさもあった.

最近の子はもうプラモデルなんて作らないんだろうなと思ったら,今でもちゃんとあって,小さい子の間でも密かなブームだという.
ということで今年のうちの子の誕生日のプレゼントは「プラモデル」.

一緒に作ってみるとこれがまた良くできていて,昔はパーツをひとつひとつニッパーで丁寧に切り離したものだったけれど,今のものはパーツをクリッと一捻りすればきれいに外れる.ジョイントの精度も素晴らしく良いので,接着剤も不要でパチンパチンと面白いくらい簡単に組み立てることができる.パーツの色も鮮やかで,完成後に塗装する必要もない.

僕はといえば,一つだけ手伝ったらもう面倒くさくなってしまった.
この歳になると,もうあまり細かい仕事はしたくなくなるらしい(最近は模型もすべてスタッフ任せ).次々と作りたがる息子から,難しいパーツの組み立てのために仕事中何度も呼び出しを食らう始末.

いいから黙って一人で作れ,と言いたい.


11. 07 / 25

川のとりこ

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> 子ども
> 思うこと



休日時間ができると,よく子どもを連れて川に行く.釣りをすることもあるけれど,多くは子どもを適当に遊ばせて,僕は岸辺からぼーっとそれを眺めていることが多い.

海のない埼玉県で生まれ育ったこともあるけれど,僕は海よりも川の方が好きだ.
家から近いこともあるけれど,アメリカ大陸まで繋がっているような遠大なスケールの海よりも,手をのばせば届くその安心感と,寄せては返す波のリズムよりは絶えず流れてゆく川のせせらぎが耳に優しく心地よい.

川を眺めていると心が癒される.よく相手を許すことを”水に流す”というけれど,水を眺めているといろんなことに対して大らかな気持ちになれる.子どもと一緒になって川遊びをするのも嫌いじゃないけれど,僕はやはりぼーっと川を眺めているときが一番好きだ.

川に行くと子どもは基本的にほったらかしである.一応視界の先で捉えているけれど,少しばかり危ないことをしていても何も言わない.子どもには一応ライフジャケットを着用させているし,子どもの頃は僕も川で危険な遊びもした.我が子にも,せいぜい死なない程度に怪我をさせて怖い思いをさせてやれればとも思う.

僕の好きな映画に「A River Runs Through It (1992) 」というのがある.
モンタナ州の川が舞台となっていて(主演ブラッドピット),僕はもう5回以上も観ているのだけれど,その圧倒的な映像美には毎回泣ける.美しさに泣ける映画というのは僕はこの映画のほかに知らない.

" I'm hunted by water.(私は川のとりこだ)"というモノローグが胸にぐっと迫る.
そして僕も,川は人生そのもの(through it)だといつも思うのだ.

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> 子ども


[caption id="attachment_880" align="alignnone" width="560" caption="へらずぐち4mm →4cmのまちがいだそうです"][/caption]リビングに一枚の紙が落ちていた.
子どもの字で「手のひら」「目」などに混ざって「へらずぐち」とある.へらずぐち?

これは何だと訊ねたら,昨晩自分の体を計ったのだという.学校の宿題ということではなく,単なる思いつきのようだ.この「へらずぐち」というのは何だと訊ねたら,自分の口のことだという.

その後深くつっこむものの,どうやら「へらずぐち」の意味は知らないようだった.
察するに,おそらく母親などから”この,へらずぐち”などと言われているうちに,自分の口は「へらずぐち」なのだと認識したのだろう.

それを考えたら何だかおかしくなってしまった.
ちなみにその意味を教えると,彼は本意でないとばかりに憮然としていた.