13. 06 / 06
オペル直りました
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sekimoto
category
> 生活
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先月,うちのオペルのスピードメーターが死んだ話を書いた.
その後ディーラーに持っていくと,ABSコントロールユニットの故障だと言われ,ユニットの交換その他で15万程度の修理代がかかるとのことだった.
以前も書いたけれど,うちの車は過去にもタイミングベルトが走行中に切れ,かなり大がかりな修理をしたことがある.その際にもディーラーには「直すとしたら100万円」と言われ買い換えを強く勧められたものの,結局その時は意地でも直そうと思い,横浜の熱心な修理工場(玉野自動車さん)に修理を出し,最終的にはその約半分の費用で元通りに直してもらうことができたという経緯があった.
その時の不信感もまだ残っていて,でも一方では横浜の修理工場ではあまりに遠く,そこまで持っていくか迷うところもあった.そこで今回は近くのディーラーで診てもらったのだけれど,でもどうにもここで直してもらおうという気がおきない.
その間,我々の間では「とうとう買い換えか」という考えが巡っていた.そんな折り,お世話になった横浜の修理工場に近場の工場を紹介してもらえば?という友人の助言もあり,問い合わせると,快く比較的うちの近くの修理工場(ムツミ自動車さん)を紹介して下さった.
横浜の修理工場も良かったけれど,ここも素晴らしかった.
対応がてきぱきしているし,逐一修理状況をメールで教えてくれる.一番嬉しかったのは,ディーラーは診るなり「交換」と言い放ったパーツが「修理」によって直ったことだ.これによって修理費用はぐっと安くなった.また冬から調子の悪かったエアコンも一緒に点検して下さり,わずかばかりの点検費用だけで応急処置まで施して下さった.結局,費用はディーラーが提示した費用の半分に抑えられた.
以前のブログにも書いたけれど,これは我々の仕事にも同じ事が言える.つまりお施主さんは家づくりにおいて,ハウスメーカーなどから3000万と言われたら3000万だし,4000万かかると言われたら4000万なのだと思うしかない.その費用が示す本当の意味での”仕事の質”まではなかなか想像ができないものだ.
例えば我々のような設計事務所は,クライアントの生活を事細かにヒアリングし,プランニングから扉一枚に至るまで図面を描き,工務店から出てきた見積書を隅々まで目を通し,根気強く交渉を行う.時にそれによって,クオリティはそのままで300~400万規模の減額になることも少なくない.一般に高いと思われている設計料なんて実は簡単に出てしまうものなのだ.
今回の修理で嬉しかったのは費用のことだけではない.この修理工場の仕事に賭ける心意気のようなものが感じられたこと.組織の理屈ではなく,個人のハートで我々の車のことを一生懸命考えて下さったこと.同じお金を払うなら,私はこういう人に仕事を頼みたいと思う.
昨日車を引き取りに行って,久しぶりに自分の車のエンジン音を聞いて嬉しくなった.私はカーマニアでもなんでもなく,正直車にはあまり興味がない.でも我が子に注ぐものと同じように,我が車だけはかわいいと思う.昨日は良い気分で家路についた.
昨日は桶川の友人宅にて、流しそうめん&バーベキュー。桶川は私が育った土地であり友人は私の幼なじみ。車も人通りも少ないのどかな土地柄、駐車場で煙をあげ大騒ぎしていても文句を言われない。子供たちが外を駆け回っていても何の心配もいらない。思えば私もそういう環境で育った。
今住んでいる志木も都会というわけではないけれど、市街地だから周りには気を使う。車も危ないから一人で遊びに出すのにも不安がある。よく親が子供を自分の生まれ育った環境で育てたいとよく言うけれど、今日はリアルにそれを思った。この子にもきっとこういう環境が合っているのかもしれない。
いろいろと準備&セッティングありがとう!親子共々楽しませて頂きました。
13. 05 / 31
シンジラレナイ
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sekimoto
category
> 仕事
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13. 05 / 27
住宅課題提出
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sekimoto
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> 大学
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今日は大学2年生の住宅課題の提出日.でもって,上は恒例の提出風景.学校に着いてから室名やら切り張りやら,教室を占拠して絶賛作業中.あのぉ,採点するから早く出て行ってもらいたいんですけど….
でもなんかいいなぁ.自分もかつては学生だったので,課題提出の日徹夜明けで学校に行って,他の友人達がどんなのやってきたか気になったり,最後のスパートで放出したアドレナリンでずっとハイテンションみたいな状態がよくわかります.
学生の頃は,「三度の飯より設計課題」というくらい設計が大好きな学生だったので,今こうして学生達と一緒に課題を考えている時間というのは本当に幸せを感じます.講評会も,かつてはコワイ先生方を前にどきどきしながら発表していましたが,今では逆側の席にいるというのも不思議な感覚です.
それにしても常勤の山中先生をはじめ,講師の先生方の目の付け所は素晴らしく,学生達の作品に漂ようなんとも言えない迷いやもやもや感のようなものを,スパッと切り取る言語感覚というんでしょうか.本当にスッキリ!という感じで,講評会も私にとっては勉強することばかりです.
第2課題はパブリックスペース.難しい課題….あぁ,また彼らもドツボにはまって悩むんでしょうね.でもそれが楽しかったんだということに,いつか気づいてもらいたいとも思います(まぁ,一生気づかない人の方が大多数でしょうが).設計課題はやっぱり楽しい.皆さん,お疲れさまでした!
以下はうちのクラスから発表した二人です.なかなか良い作品でした.
昨日,去年竣工した住宅の撮影があり,撮影の合間にお施主さんといろいろお話しをさせて頂いたのだけれど,その際にこんなお話しを頂いた.
「敷地を見に来て頂いたのはそう何度もなかったのに,できあがった住宅はプライバシーに配慮されており,絶妙に敷地にはまっていてびっくりした.実際の生活も要望に適っていた.プロにこういうことを言うのは失礼かもしれないけれど,プロだなあと思った」
もちろんとても嬉しく,こそばゆい気持ちではあったけれど,言われてみると我々も意識してそうした部分もあったけれど,意識せずに”たまたま”そうなった部分もあったような気がする.
これは不思議な感覚で,言われると自分でもどうしてそうしたんだろうと設計に説明がつかない部分も多い.でももしかしたら意識してそうした部分よりも,”たまたま”そうなったという部分が,実は設計において最も肝要な部分なのだとも言えるかもしれない.
意識してそうした,という部分は左脳(論理)的思考でそうしたということだ.実際に目で見て,話を聞いて,図面上で確かめてそうしたという部分.言葉で説明できる部分だとも言える.これは基礎を身につければ誰でも出来るし,建築専門誌で建築家が試みている説明もこれにあたる.大学で学生に教えているのもそういうことだ.
でも”たまたま”そうなった部分というのは,自分ではコントロールできない部分だ.だからこれは教育もできないし,説明もできない.意識ではなく無意識で,左脳ではなく右脳(直感)で選択していた部分があったからなのだろう.
そして実は,それこそが建築の本質なのかもしれないとも思う.
限られた情報量をわかりやすく説明したり,それをさばくときには論理的思考は非常に有効だけれど,大量の相矛盾する要素を同時に成立させるためには論理なんてこれっぽっちも役に立たない.時には論理をすっとばして,ショートカットで本質を結びつけるという直感的思考が重要になる場面が出てくる.
言語化されない部分が大切,というのはお施主さんからのご要望もそうで,膨大な要望書を作って頂くよりも,むしろ一切考えないで無防備に向き合ってくれた方が,その方の本質をつかまえることができる.それも何度も会う必要はなく,最初に会ったときが一番大切で,第一印象にその方の全てが表れるといつも思う.
とはいえ,私の自分でもコントロールできない直感的思考を,頭をぱかっと開いて人にお見せするわけにもいかないので,自分なりにそれをわかりやすい言葉に置き換えて,目の前のお施主さんに語って聞かせているわけだけれど.でもやっぱり言葉は遠い.時に誤解を招くこともある.
とにかく伝えたいことはひとつで,
「大丈夫ですよ.結果的にすべてうまくいきます.安心してお任せ下さいね」
ということなんです.
「敷地を見に来て頂いたのはそう何度もなかったのに,できあがった住宅はプライバシーに配慮されており,絶妙に敷地にはまっていてびっくりした.実際の生活も要望に適っていた.プロにこういうことを言うのは失礼かもしれないけれど,プロだなあと思った」
もちろんとても嬉しく,こそばゆい気持ちではあったけれど,言われてみると我々も意識してそうした部分もあったけれど,意識せずに”たまたま”そうなった部分もあったような気がする.
これは不思議な感覚で,言われると自分でもどうしてそうしたんだろうと設計に説明がつかない部分も多い.でももしかしたら意識してそうした部分よりも,”たまたま”そうなったという部分が,実は設計において最も肝要な部分なのだとも言えるかもしれない.
意識してそうした,という部分は左脳(論理)的思考でそうしたということだ.実際に目で見て,話を聞いて,図面上で確かめてそうしたという部分.言葉で説明できる部分だとも言える.これは基礎を身につければ誰でも出来るし,建築専門誌で建築家が試みている説明もこれにあたる.大学で学生に教えているのもそういうことだ.
でも”たまたま”そうなった部分というのは,自分ではコントロールできない部分だ.だからこれは教育もできないし,説明もできない.意識ではなく無意識で,左脳ではなく右脳(直感)で選択していた部分があったからなのだろう.
そして実は,それこそが建築の本質なのかもしれないとも思う.
限られた情報量をわかりやすく説明したり,それをさばくときには論理的思考は非常に有効だけれど,大量の相矛盾する要素を同時に成立させるためには論理なんてこれっぽっちも役に立たない.時には論理をすっとばして,ショートカットで本質を結びつけるという直感的思考が重要になる場面が出てくる.
言語化されない部分が大切,というのはお施主さんからのご要望もそうで,膨大な要望書を作って頂くよりも,むしろ一切考えないで無防備に向き合ってくれた方が,その方の本質をつかまえることができる.それも何度も会う必要はなく,最初に会ったときが一番大切で,第一印象にその方の全てが表れるといつも思う.
とはいえ,私の自分でもコントロールできない直感的思考を,頭をぱかっと開いて人にお見せするわけにもいかないので,自分なりにそれをわかりやすい言葉に置き換えて,目の前のお施主さんに語って聞かせているわけだけれど.でもやっぱり言葉は遠い.時に誤解を招くこともある.
とにかく伝えたいことはひとつで,
「大丈夫ですよ.結果的にすべてうまくいきます.安心してお任せ下さいね」
ということなんです.
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