22. 02 / 09

よく気づく人

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sekimoto

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> 思うこと


自分で言うのもなんだが私は結構細かいことに気づく人間だ。私はそんな「よく気づく人」代表として言いたい。よく気づく人は損しかないということを。

よく気づく人は、人のアラにもよく気づいてしまう。ボケに対してツッコまないわけにはいかなくなってしまう。そしてツッコんだあとに思うのは、自分は面倒くさい人だなあということだ。いつの時代も、正しい人は嫌なヤツなのである。

一方の気づかない人には得しかない。

そもそも違和感を持たないのでストレスにもならない。器の大きい人だと尊敬される。するどい事を言わないので、集団の中では癒やし系になって愛される。やさしい人だと思われる。ずるい。

段取りが悪いとまわりからフォローしてもらえる。あの人はそういうこと苦手だからと、それだけで免罪符。そしてそこに手を貸してしまうのは、結局はよく気づく人になるのだ。

だからよく気づく人は人の二倍働いていることになる。人並み以上に働いているのに、神経質で面倒くさい人だと思われるのは残念だ。ずるい。やはり損しかない。

よく気づく人はそんな理不尽さを感じながら、どこかでその埋め合わせを期待している。だから人から感謝されるのが大好きだ。

「○○さんのおかげで」なんて言われると有頂天。やっぱり自分がいないとダメなんだなとか、単純なことで満たされる。ある意味扱いやすいとも言える。

だからまわりのよく気づく人には感謝しようという、そういう話。


住宅業界における2021年の流行語大賞は、間違いなく「ウッドショック」であろう。ウッドショックによって引き起こされた木材全般の高騰と物流の混乱は、我々が関わるあらゆる現場に大きな影響を及ぼし、今なおその影響を引きずっている。

我々を直撃しているのは、上記をトリガーにした工事費の高騰だ。しかしフェーズはもはやウッドショックですらなく、建築資材全般の高騰であり、いわゆるマテリアルショックと呼ばれる現象が業界全体を覆いつつある。

LIXILは4月からサッシュを1割、トイレを3割、ユニットバスに至っては最大4割の値上げを発表した。安価な断熱材の代表格であったグラスウールは8年ぶりに一律2割の値上げ、また最も価格安定性に優れていたせっこうボードも3割の値上げとなった。鉄材(ガルバリウム鋼板を含む)もまた「スチールショック」という言葉も生まれるくらい、過去例のない値上がりに業界は悲鳴を上げている。

建築資材の一部が2割上がるだけでも、業界的には数年に一度の「事件」である。それなのに3割クラスの値上げなんて考えられない。しかも、こんなニュースがほぼ毎月のように入ってくるのだ。一度値上げを発表したものを、数ヶ月後にまた再値上げをするというケースすらある。コロナどころの騒ぎじゃない。岸田内閣には緊急事態宣言を出してもらいたいくらいである。

結果として(かどうかわからないけれど)、昨年末から今年にかけて出てきた見積りは、ちょっと卒倒しそうな金額が続いている。

過去の単価と比べようにも、そのどれもがベースアップしているので話にならない。各業者も労務費は据え置きにしても資材が高騰しているので、減額交渉をすれば彼らの労務費が削られかねない。一方的に値上げを通達するメーカーが本当に恨めしく思える。

しかしそうはいっても、建て主さんも我々も、それを実際に建てるためにこれまで進めてきた計画である。どうにか頭を捻って工務店さんにも協力を求めてゆくほかない。建て主さんにも、出資出来る上限を見極めて頂く作業にもなるだろう。しかし毎月のように資材が2割上がっても、我々の収入は急には上がらない。そんなねじれ現象が今まさに起こっている。

日本は長らくデフレスパイラルの只中にあった。「安いが正義」とばかりに、あらゆるものが値引きされることはあっても、値上げされることは希であった。工務店との値交渉も我々が優位にあったし、元請けの工務店と下請けの職人との関係もまたそうであった。

これが完全に逆転した。今一番強い立場にあるのは職人ですらなく、その水上の資材を供給するメーカーだ。我々はそのねじれの累積を一方的に押しつけられる弱い立場になった。そして、その先にいるのは言うまでもなく建て主さんである。

建て主受難の時代だと思う。けれど、少しばかり待っていたって物価なんて下がることはない。時代の流れはハイパーインフレに入った。私は資材の次は人だと思う。職人不足で労務費も高騰してゆくに違いない。そうしたら、、もはやもう一般の人は、家なんて建てられなくなる日が来るんじゃないかとすら思う。

雨の中でも傘を差して進むのが正解だと思う。
次の台風がやってくる前に…。

あけましておめでとうございます。
写真は昨年の暮れに訪れた、栗林公園の掬月亭での一枚。背筋が伸びるような素晴らしい空間でした。

さて、年始はじめの投稿。

本来ならここで今年の抱負の一つでも書くのでしょうが、あいにく何も浮かびません。暮れに、退所するスタッフからも私の今後のビジョンのようなものを聞かれたのですが、こちらも何も浮かびませんでした。

今もなお抱えている仕事やお役目が山のようにあるのですが、私はそれを粛々とこなして依頼に対して期待通りにお応えする、それ以外に自分がやるべきことが見つかりません。仕事とはそういうものではないでしょうか。

今年はどんな年になるでしょうか。
私はいつどんな技をかけられても良いように、柔軟な構えを取ってゆきたいと思います。どうか今年も充実した一年になりますように!

21. 12 / 16

翻訳者

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sekimoto

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> 仕事
> 思うこと



現場でいつも思うのは、監督は職人の翻訳者なんだなということ。職人と監督の会話は未だに何を話しているのかよくわからない。

職人さんが言っていることも、私はいつも意味半分くらいしか理解できなくて、なかば勘で相槌打っている。「そうですね、大丈夫です」なんて言っておきながら、内心ドキドキ。まるで外国人との会話みたい。

そこで監督がすっと入ってくると、“現場語”でゴニョゴニョっと何か言ってまとめあげちゃう。日本語のようにも聞こえるけれど、でもやっぱりよくわからない。監督は私にとっての専属通訳みたいな存在だ。

そして我々は建主さんの翻訳者なんですね。現場では、建主さんはこの現場状況をわかっていないだろうなという場面があって、そんな時我々がそこにすっと入って仲立ちする。そんな時、我々は建主さんにとっての専属通訳になる。

英語なんてろくにできなくても海外旅行はできるように、設計監理者がいなくたって家は建つ。言葉を越えた理解や共感はきっとある。でもやっぱり翻訳者は大事。わかり合えない両者を結ぶ重要な橋渡し役なのだ。

21. 11 / 27

皿洗い

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sekimoto

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> 生活


皿洗いが好きだ。何も考えないで、ただ手を動かしているだけで目の前がどんどん綺麗になってゆく。目の前にお皿が積まれているとつい洗いたくなってしまう。

日々の仕事は戦場そのもの。創作も問題解決も頭は常にフル回転。考える仕事は楽しいけれど、たまにしんどくなる。ルーティーンだけで流れてゆく日はとても平和だ。私も少し優しくなれる。

家では料理はしない。料理は創作だから。
家では戦わない。私は皿洗いがいい。ストレスも一緒に洗い流されてゆく。