流山市で進む住宅の現場では、私が最も信頼を置く板金職人、新井勇司さんによる板金外壁が間もなく完成します。間もなく現場を去る新井さんには、この機会に現場で板金納まりについていろいろと解説して頂きました。
実のところ、板金納まりは図面指示をするのが極めて難しい部位のひとつになります。匠の大工にその仕口をいちいち図面指示できないのと似ています。何がベストかというのは、頭で考えるが先に手が動くというのが職人だからです。職人ではない我々にはそのノウハウはありません。
こういう場合、設計者が伝えられるのは「こうしたい」というイメージの提示と、「こうすれば」という具体的な手段の提示までです。
前者がなければ話になりませんが、現場で正確に仕事をして頂くためには、後者の「こうすれば」の提示も不可欠だったりもします。ただ板金の場合、その後者の伝達が極めて難しいのです。
今回も新井さんはイメージ通りにばっちり決めてくれたのですが、その技術についてあらためて解説をしてもらうと、ちょっと気が遠くなるような繊細さと気遣いの連続でした。
頭では理解しましたが、それを別の板金屋さんに説明したら、絶対に「そんなことできないよ!」って言われるんだろうなと思います。それは職人の技術や経験、そして知恵や感性に依存するもののような気がします。
我々は図面を描く仕事です。
図面をろくすっぽ描かない設計者を私は軽蔑します。しかし図面を描けばできるというのもまた、設計者の思い上がりなのです。世の中には図面には描けない世界がある。図面に描いたからといって、誰にでもできるわけじゃない。これもまた現場の真実です。
「この人しかいない」
設計者もそう思ってもらわないと仕事を頂けないのと同じように、職人の世界もそうであって欲しいと思います。私が尊敬する職人というのは、そういう職人です。
最近住宅の性能にかかわる投稿が続いていますが、今日もちょっとそんな話を。
私はこれまで「高断熱住宅」と呼ばれるものにちょっとした違和感を持っていました。その根っこには、「高断熱住宅と呼ばれている住宅に、デザイン的に魅力的に見える住宅が少ない」ということもあったような気がします。正直言うと「暖かいのはいいけどさ、家ってそれだけじゃないよね」というのが私の偽らざる気持ちでした。
たとえば、このエコカー全盛の時代でも私はFIATに乗り続けていますし、その愛らしい佇まいに惚れ込んでしまったら、「燃費が多少悪くても別にいいよ」って思ってしまうのも上記と同じ根っこがある気がします。
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ただ個人の趣味の問題はさておき、環境問題は待ってくれません。地球規模のCO2問題にも見て見ぬ振りというわけにはいかない状況です。職業倫理の問題もあります。
また2020年には住宅にも一定の省エネ性能が義務づけられることになりました。設計者は耐震性能と同じく、自分の設計した住宅の断熱性能についても、はっきりと数字で把握しなくてはならない時代がすぐそこまで来ています。
ちなみにリオタデザインの住宅は、以前より「冬とても暖かい」と建て主さんからご評価を頂いています。費用対効果を考えながら、少しずつ断熱仕様を見直してきた結果ですが、果たしてそれがどのくらいなのかを科学的に数字で把握することについては少し後手に回ってきたような気がします。
ということで、今年はその辺りに問題意識を置き、我々の設計による住宅の性能を意識的に数値化してゆこうとスタッフとも意識の共有を計っているところです。
(過去には、前述のような「暖かいのはいいけど、家ってそれだけじゃないよね」的なことをブログにも書いてきたこともあり、一部には私は「アンチ性能派」のように思われているようなのですが、必ずしもそういうことではありません。自分で思っている以上に、周りからそう思われているようなので…誤解を解いておきます汗)
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前置きが長くなりました。
昨年都内で「路地の家」という住宅が竣工しました。建て主はデザイナーさんで、ご要望には「吹抜けに目いっぱいの本棚」「路地にひらいた開放的な家」といったキーワードがあり、設計の打合せでもデザインを巡る白熱した議論はありましたが、断熱性能についてはほとんど語られることはありませんでした。
この住宅で求められていたことは、圧倒的に「デザイン>性能」だったのです。
ということで我々としては、断熱については”いつも通りの仕様”で設計を進めました。別の言い方でいうと「いつもの、あったかいやつで」という感じでしょうか。
その結果がどうだったのか、当時はちゃんと計算をしていませんでしたが、最近になってあらためて計算をしてみたところ面白い結果が出ましたので、今日はそんなお話をしたいと思います。
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「路地の家」は都内の住宅密集地に建つ家です。前述のように、路地に大きくひらいた開口部と開放的なリビング、そして吹き抜けを貫くように設けた巨大な本棚が特徴の家です。
路地の家
https://www.riotadesign.com/works/17_roji/#wttl
外観はこんな感じ。
キッチンはアイランドキッチンです。
建て主のご希望でオープンに設えた棚には建て主さんのセンスが光ります。
そして三層吹抜けの本棚。
本の規格を考え抜いた棚割や、地震に対する落下防止、安全に本の出し入れができるように設えた可倒手摺りなど、こうした作りを成立させるために様々な仕掛けを随所に施しています。
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そんな「路地の家」の熱損失計算の結果は以下の通りとなります。
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・外皮平均熱貫流率 Ua=0.57(W/㎡K)
・熱損失係数 Q=1.88(W/㎡K)
[基本仕様]
壁:グラスウール24K t100
天井:ポリスチレンフォーム3種t150
床:ポリスチレンフォーム3種t50(基礎断熱)
サッシュ:樹脂複合サッシュ(LOW-Eペアガラス)/一部木製建具+防犯PG
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2020年に義務化となるH28省エネ基準値はUa=0.87(W/㎡K)で、これより数字が小さいとより高性能(断熱性能が高い)ということになります。今回はUa=0.57ですので、基準値よりも約35%ほど性能が良いということになります。
なおこれは、2020年の義務化基準よりもより高い基準を設定したHEAT20の「G1グレード」(6地域でUa=0.56)とほぼ同性能となります。
もっと高性能な住宅を作っているハウスメーカーさんや、工務店さんはたくさんありますので、数字単体ではさほど自慢できるようなものではなく、”まあまあ”だと思いますが、断熱性能を意識したわけではない今回のようなデザイン指向の高い住宅でも、この程度の高い性能値が普通に達成できていることには意味があるように思います。
もっとも、Ua値と同じくらいQ値も重要です。この違いの説明は省きますが、住まい手にとって十分な断熱性能を体感できるラインとして、個人的には「Q=1.9」程度というのを、5~6地域(東京・埼玉を中心としたエリア)での設計では目安にしてゆきたいと思っています。
また以下のグラフは、今回の住宅の自然室温のシュミレーション結果です。
一番上の、赤い実線がこの住宅のシュミレーションです。
自然室温というのは「無暖房」状態で、日中の太陽光等だけでどのくらいの室温になるかという数値になります。この住宅では、シュミレーション上では日中の太陽光だけで17度程度になることがわかります。
朝方、外気温が仮に2.8度程度まで下がったとすると、最も冷える時間帯で自然室温は約11度程度になります。赤い実線の下の点線で示されている線は、それよりも断熱性能が低い場合の想定値です。無暖房でこれだけのポテンシャルがあれば、ちょっとエアコンをつけるだけですぐに部屋が暖まるのではないかと思います。
もっとも、これらはあくまで机上計算によるもので、今後は現場での気密測定なども行い、施工要素による性能低下を防ぐといった取組みも検討課題となりそうです。
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さて、こちらは建て主さんからのコメントです。
こちらはある意味、机上計算よりも重要なフィードバックとなります。
・秋口(寒くなりはじめ)は床暖房を使っておらず、エアコンも控えめだったので寒く感じることがあった。
・冬になってからは、エアコンと床暖房を朝30分程度稼働すれば、あとは消しても大丈夫。保温性が高いと感じる。
・路地側の木製建具の近くはやや冷気を感じる。
・床暖房は路地側の窓まわりのみつけている。奥のキッチン側はほとんどつけない。
・玄関周りが寒いので、廊下側とダイニングとを隔てるガラス戸を冬期は閉めている。
・吹き抜けの可倒手摺りは冬の冷気対策も兼ねていたが、冬期ここを閉じたことはない。むしろ開けておくことで、2階も同時に暖まり、1階と2階とで温度差を感じることがほとんどなくなる。
・部屋ごとの温度むらが少ない。特に2階はエアコンをつけることがほとんどない。
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路地側の製作の木製建具からの漏気はある程度想定はしていましたが、今回の住宅の設計趣旨を実現するためのメインアイテムでしたので仕方がないと思っています。
逆にここを木製建具にしたことで、春先~夏に全開放にして外と全力でつながる心地よさという”性能以上の快適性”を得ることができましたし、建て主さんも強く望んだ部分でしたので、私はこういう部分はあまり細かいことは考えず、大胆な設計判断を下すべき部分かなと思っています。
あとは玄関ですね。
こちらも、我々は既製の玄関戸などを使いませんので、玄関まわりは熱橋や漏気が発生しやすい部位になります。建具自体は製作する限りは気密性などに限界があるため、プランニングの工夫で玄関を別室にするなど、改善の余地はあると思います。
ただプラン的に今回のような玄関と一体となった廊下にせざるを得ないことも多々ありますよね。その場合は、今回のようにダイニング側にガラス戸などを仕込んで、必要に応じて引出して使うなども、デザインを犠牲にせずに快適性を向上させる工夫のひとつかもしれません。
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冒頭に、以前「暖かいのはいいけど、家ってそれだけじゃないよね」という考えを持っていたと書きましたが、実のところその考えは今でも本質的にあまり変わっていません。
リオタデザインに設計を依頼される方は、高気密高断熱の住宅を建てたい!というより、デザインが好き!という方が圧倒的に多いので、我々はまずはそこに全力でお応えしたいと考えています。
でもデザインというのはけして表層的なものではなく、人の居心地や安心感というものに深く関わる部分です。ですからそこには、当然断熱性能や耐震性能も含まれるよねというのが我々のスタンスです。
これ見よがしの高性能住宅ではなく、軽装備に見えて、実は高性能。自然体に見えて実はすごい、みたいな。そんな”細マッチョな家”がいいなと思います。
今日出てきた工務店の見積書の明細に見慣れない項目が。
「スムーズな打合せによる現場効率UP」
そして金額として△20万円もの金額が減額されている。
なんですかこれ?
「これまでたくさんの設計事務所と仕事をしてきましたが、ここまでしっかり図面を描く事務所はありません。これなら現場に入ってもトラブルは少ないだろうし、効率も上がりますので、敬意を表して減額させてもらいました」
これまで初めての工務店とお付き合いするとき、我々の図面に対して前段のようなことを言われることは良くある。でも減額までしてくれたのは初めてでびっくりした。しかも著名な設計事務所とも数多く仕事をしている優良工務店さんである。
建築家の間で、まことしやかに言われる格言に、「図面はあまり描くな」というのがある。その心は「描きすぎると高くなるから」。
しかしそういう事務所に限って、現場に入った途端に設計変更を頻発し、不用意な追加工事を招いたり、現場を混乱に陥れることが多いと良く聞く。要は詰め切れていないのだ。
詰め将棋をするのは設計者の役割だと思う。だから最後の一手までを詰め切った棋譜を描き上げたい。図面を描ききったら安くなった、というのは我々としては本当に嬉しいし救いになる。
こういう工務店には敬意を表して特命にしたいと思う。
この時期二つの大きな環境住宅系シンポジウムをコンプリート。
建築知識ビルダーズ主催の「日本エコハウス大賞」と、東京ガス主催の「住まいの環境デザインアワード」。うちは過去、後者の環境デザインアワードでは「DONUT」で優秀賞を頂いたことがある。10年以上続く環境デザインアワードに対し、エコハウス大賞はやや後発のアワードになる。
昨今の環境指向型住宅への興味から、先週はエコハウス大賞シンポジウムへ、そして昨日は後者の環境デザインアワードの受賞者シンポジウムへと足を運んで来た。
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エコハウス大賞は工務店系の人、環境デザインアワードは建築家系の人という棲み分け。同じ会場と思えないくらい空気の温度が違う。でも両方参加して良く分かった。これ絶対両方のシンポジウムを聴くべき。どっちが正しいとか間違ってるというのもない。両方正しい。
性能を定量化することも大事。でも、高性能住宅作ってるということで、自己満足しちゃってる人も多い気がする。建築家住宅は悪だって思ってません?だって温熱は正義ですから。
一方で単体の断熱性能やパッシブ的設計手法だけでなく、もっと大局の住まい手の嗜好や街並みのストーリーに寄り添う思想も大事。でも、饒舌に歯切れ良く説明することで、自己満足しちゃってる人も多い気がする。工務店住宅はダサいって思ってません?だって高尚は正義ですから。
住宅にはどっちも大事。建築にはどっちも必要。
今回環境デザインアワードシンポジウムのファシリテーターを務めたのは、日本エコハウス大賞でも進行を務めた建築知識ビルダーズの木藤編集長。木藤さんが、“建築家の祭典”に乗り込んで行ったのは今回意味があったと思う。何より建築家の審査員に一生懸命食らいついていたのが良かった。(木藤さん、グッジョブ!)
同じ「環境」語ってるのに、全く交わらないこのパラレルワールド。でもこの交点こそに絶対次の住宅があると思った。すごく勇気づけられた。
[補足]
建築家住宅=寒い、ではないですよ。意識高い方もたくさんいらっしゃいます!そして、工務店住宅=デザインいまいち、でもないですよ。最近はそこらの設計事務所より優れた設計をする工務店もいっぱいあります!じゃあどんな住宅が理想か?って考えたら、もう皆さんわかりますよね。
新年あけましておめでとうございます。
昨年の暮れは、多くの方より「良い年でしたね」というお言葉をかけて頂きました。確かに昨年は念願の著書を出すことができ、多くの住宅も竣工しました。またご依頼を頂き、多くのセミナー等にも登壇をさせて頂きました。
出版社とのつながり、建築家・伊礼さんとのつながり、OZONEさんやアールト、北欧のつながり、これまでの細く長かったいろんなつながりが、いろんなきっかけで一気に束のようになってつながった、昨年はそんな一年だったように思います。本当に幸せな一年でした。
独立してからもう15年を数えますが、筋を違えず、ずっと一本の道を歩んできました。一本の幹からは様々な枝が伸びて、その先に葉や果実をつけるようになってきたことを実感しています。リオタデザインを卒業したスタッフも、多方面で活躍しているようです。
石の上にも3年と言いますが、3年などという時間は、まるでバスを降りて登山口に立つまでの時間のようなものだとあらためて思います。まだ10年早いという言葉もありますが、10年という時間もまた、振り返れば苗から育ててようやく蕾を付けるまでのような、そんな時間に過ぎないかもしれません。
少なからずの住宅を設計し、多少は経験を積み、知恵が備わり、気力満ち、そして優秀なスタッフが集いました。リオタデザインは今最も充実した仕事を成し遂げようとするその帳にあります。この戦力とモチベーションで、今年はこれまでで最も優れた仕事を残したい。今年一年の様々な方との出会いや、出来事が今からとても楽しみです。
皆さま、本年もどうかよろしくお願い致します。
2018年1月1日
関本竜太|リオタデザイン
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