
つい先だって、大型パネル工法を手がけるウッドステーションの塩地博文さんよりお声がけ頂き、「概算AI」を巡る誌上座談会に建築家の丸山弾さんとともに参加させて頂いた。
議論は大いに盛りあがったものの、この内容は追って創樹社の「ハウジング・トリビューン」という雑誌の記事になるそうなので、ここでは私なりに感じたことを自身の整理を含めて書いてみたいと思う。
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まず「概算AI」とはなにか?
最初に塩地さんから声をかけられて説明を聞いたときはにわかに信じられなかったのだけれど、ウッドステーションがアーキロイド社の技術提供で実現したこのシステムを使うと、柱もまだ入っていないような基本設計段階の図面(平面図・立面図・断面図)をPDFで読み込むだけで、瞬時に構造材やサッシュの概算が出るという(その所要時間はなんと10秒!)。ゆくゆくは外装や内装の拾いもできるようになるそうだ。
柱や梁といった情報がないのにどうして構造の費用が出せるのかというと、AIが瞬時にその空間に最適化した構造を割り出し、それをアテとして構造を拾い出すという。窓は立面図の表記からサイズと種類を拾い上げる。ベースとなる単価も限りなく実勢価格に近いもので、各工務店が誤魔化しようのない数字が出てくる。ゆくゆくは、その仮想構造をベースに構造計算も走らせ、温熱計算まで自動計算でワンストップでできるようにするそうだ。
それが事実なら建築界に革命が起こると思った。しかし一方で思ったのは、失礼ながら「そんなわけはないだろう」だった。
たとえば工務店の見積価格というのは、無数の下職などから上がってくる下見積りを”原価”として、そこに元請けの経費率を掛けて算出される。構造だって何日もかけて作図をしたり、計算をしたりしてようやくFIXできるものであって、AIが瞬時に割り出したような構造などきっと机上の空論であって、我々の設計とはかけ離れたものになるに違いない。そんな風に思っていた。
試しにそのシステムを使っていくつか概算を出してくれるというので、サンプルとしてすでに着工に至っている案件を選び、実際の積算価格とAIが弾いた価格とにどのような差があるかを検証してみることにした。
それが以下のリスト。
その結果に思わず驚愕してしまった…。(表はクリックすると大きくなります)

リストの左側が実際の工務店による金額。右側が概算AIが弾いた金額。
誤差はあるとはいえ、驚異的な精度であることがわかる。この案件を含めて4~5件のAI見積りをかけてみたのだけれど、拾いの明細や各項目ではばらつきはあるものの、全体での整合性は取れていてその誤差は概ね1割程度だった。
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思えばChatGPTにしてもしかり、Google翻訳などにしてもしかり。少し前なら茶番のように拙かったAI技術は今やその精度を驚異的に上げていて、急速に人間にしかできないと思われていた作業の置き換えが社会的にも進んでいる。今回の検証でも、こうした大きな変化が建築界を覆っていくことに確信を持った。
では我々建築家は、この先淘汰されて不要となってしまうのだろうか?おそらくこの手の話をすると誰しも心にそんなことを浮かべるだろうし、露骨に反感を抱く人もいるだろうと思う。
けれども私が思ったのは、これは我々にとって千載一遇のチャンスではないかということだった。
AIの原動力は、過去の履歴からの学習だ。そのリファレンスの蓄積が多くなればなるほど、AIはその精度を増してゆく。つまり人間から学習してゆくのだ。だからある意味、過去からしか学ばない受け身型の仕事や、御用聞きのような仕事をしている人にとっては、このAIの台頭はかなりの脅威だと思う。どこかの時点で、AIに取って変わられてしまうかもしれない。
けれども我々人間は、過去に学んだ上でそこから突然変異種を生み出す能力を持っている。「AだからB」ではなく、「AだけどC」みたいな思考の飛躍。つまり論理を越えたところに真の創造性があるのだ。AIにはそれができない。
だから、その創造性を手放さない限り、我々とAIは共存できるし我々は常に優位に立つことができる。AIによってむしろ差別化がひろがり、我々の顧客層はおそらく将来においても減ることもなく(残念ながら増えることもなく?)我々は細々と生き続けることだろう。希望的観測だけれど、そう思う(希う)。
一方でこうしたAIの出現は、我々の創造性を助けてくれる存在になるに違いない。先の「概算AI」は、数量拾いや価格調査といった人間が地道に行っていたルーティーン作業を瞬時にこなしてくれる。我々はそこにかけていた時間をより創造的な作業にかけることができるようになる。

こちらはうちの事務所が工務店から出てきた見積りを精査する際に行っている査定資料の一部。我々はこのような資料を一社に付き3~4ページものボリュームで作成する。直近の同規模の住宅や、同じ工務店の過去単価を比較することで、その工事における最適価格を割り出すという我が事務所独自の取り組みのひとつだ。
これを座談会で見せたらみんなびっくりしていたので、おそらくこの精度で見積り精査をしている事務所は他にはあまりないのかもしれない。だからこそうちの事務所の住宅はコストパフォーマンスが高いし、どこよりも透明な金額で建て主に提示できているとも自負している。
けれども設計以外にこうした作業も担わなくてはいけないうちのスタッフ達の苦労を思うと、我々の傍らにこそAIが欲しいと思う。先の「概算AI」はこうした見積り精査にも威力を発揮してくれるに違いない。
設計の現場に人手不足が叫ばれて久しい。うちも産休を控えるスタッフもいて、事務所の長時間勤務も見直さなくてはならない時期に来ている。しかも来年からは住宅の確認申請における4号特例が縮小される。現在ですら申請は長期化していて、性能計算に取られる我々の手間や時間も膨大なものになっている。いいかげん「その時間をもっと設計に使わせてくれ!」というのが正直なところだ。
AIが席巻する建築界の未来は、手放しの明るさかどうかはわからないけれど、けして暗いものではないように思う。我々はAIに使われるのではなく、使いこなすのだ。そのことで、設計事務所の働き方改革はもっと効率的に進んでいくだろうと思う。
