建築家・益子義弘先生の設計によるホテリアアルトのことは、たびたびこのブログに書いたり、「建築知識ビルダーズ|2017年NO.29」に特集記事として書かせて頂いたりしましたので、ご存じの方も多いかと思います。

そんなホテリアアルトの別館の計画が進んでいるという話は、以前から益子先生から伺っていて、私も一ファンとして完成を楽しみにしていたのですが、先日4日にその完成記念レセプションがあるということで、益子先生よりお誘いを頂きお邪魔してきました。
なかなか足を運べる場所ではないかもしれませんので、この貴重な機会をレポートしたいと思います。

ちなみに以下の写真は、2017年3月にビルダーズの取材依頼で木藤編集長とアトリエにお邪魔した時のものなのですが、テーブルの上にこの別館の模型が乗っています。この時点ではまだ基本設計中でした。


まず基本情報としてですが、ホテリアアルトは裏磐梯にある、元は上尾市の保養施設だった建物が益子義弘先生の改修設計により現在の姿に生まれ変わったホテルです。

私は過去に3回ほど宿泊したことがありますが、そのホスピタリティ溢れるサービスと佇まいは、訪れる度に心の底から癒やされます。宿泊費がちょっと高いのですが、えいやっと奮発する価値は充分にありますので、是非一度は体験して頂きたいと思います。

ホテリ・アアルト
https://hotelliaalto.com/


本館の設計はリノベーション(改修)によるものですが、この別館の計画はあらたに”新築”として計画されたものです。本館は少し小高い丘の上に建っていますが、別館はこの本館から水辺に向かって下った場所、まさに池面すれすれという場所に建っています。

裏磐梯と言えば国立公園である五色沼がある場所ですから、まさに「裏磐梯にやってきた」ということを心から実感できる空間体験になると思います。さすがにここまで水面すれすれに建つホテルは裏磐梯にはないはずです。

それがどのくらいかと言うと、


レストランから


お風呂から


そして客室からも、池面(五色沼なので沼面でしょうか?)が触れるくらい近くに感じることができます。遠景からは、池面に浮かんでいるようにも見えます。

もうここで、この解説を終わりにしても良いとすら思います。この先にある細かいディテールをちまちま説明するなど野暮というものです。この佇まいこそがすべてなのですから…。


こちらは本館です。
本館は、前述のように既存の保養所を改修設計するという設計の自由度に対しての足枷がありました。今回は改修ではなく新築設計ですから、さぞや伸び伸びと設計できるかと思いきや、おそらくは先の改修以上に多くの制約がのしかかったであろうことは、実際に見ると容易に察しが付きました。

改修設計なら、プランや構造など含めて、ある程度はコントロールができます。気に入らなければ壊して作り替えてしまえば良いのですから。しかし自然が相手ではそうはいきません。

設計意図としても、自然地形を生かして造成などは原則行わないという大きな設計方針があったようです。


たとえば、とある客室から外を眺めると、こんな感じで手付かずの自然を眺めることができます。一般宿泊者なら感激して下さるポイントだと思います。

斜面のふちの部分に多少手が入れられている以外は、文字通り自然がそのままの状態で見えています。植栽も後から植えたものはないそうです。


窓から下を見るとこんな感じです。天然の湧水がこんこんと湧き出てせせらぎになっています。この水の底に藻が生えていることに注目して下さい。竣工直後のリゾートホテルで、このような状態になっていることはまずありえないことです。

これは工事を着工する前に、この敷地のへりの部分を決め、先に外構工事を行ってから建て始めたということのようです。

今どきのリゾート開発なら、自然であるかのように見せかけて人工的に水を流したり、コンクリートで固めてコントロールしやすいようにするところですが、その形跡が見当たりません。


また建築関係者の悲しい性ですが、「このズブズブに水が湧き出してくる中で、基礎工事はどうやって進めたのだろう…?」と壮絶であったであろう施工の裏側も頭をよぎってしまいます。きっと泊まっても安眠できないかもしれません笑

実際に聞くと、基礎もさることながら、掘るとごろごろと巨大な溶岩石に当たってしまい、根切り工事もままならなかったとのこと。建物周囲の池面にさりげなく?ころがっている巨石はその残骸です。

一般の方はまったくそんなことを考えなくて良いのですが、建築関係者ならそれを眺めて、眠れぬ夜を過ごすと良いと思います。



客室は本館同様、益子先生の設計の真骨頂を堪能することができます。本館でも感じたことですが、細かい設えを取り出してこの納まりがどうとか、寸法がとか、そういうところも沢山ありますが、そんなことはここでは書きません。

設計がすっと一歩引いていて、でしゃばりすぎない。この部屋で一晩を過ごすゲストのために、あるいはゲストの振る舞いがここに加わることでようやく客室として成立するような、そんな意図を感じます。それが素晴らしいと思うのです。

僭越ながら、私も自らの設計もそうありたいといつも願っています。
人は我々の住宅を見てディテールがどうとかよく言いますが、実際には我々はそんなことどうでもいいんです。人に気を遣わせないために、人一倍気を配る。それが住宅を設計することだと思うからです。


一方でこんなところもあります。共用廊下に施したちょっとしたデザイン。益子先生らしい遊び心が滲み出ていて大好きです。

建築って、機能一辺倒で合理的なだけじゃダメなんですよね。「え、なにこれ。おもしろい」とか、そこまで意識的にさせなくても、言葉では説明できないような場所を作ると、その場所に愛着のようなものが生まれるような気がします。

ここでは長い廊下を歩かせるのに退屈させないように、という心遣いが見て取れます。きっと「この照明おもしろいね」なんて会話を交わしていると客室に着いてしまうんでしょうね。

リゾートホテルにありがちな、超長い廊下を苦痛に感じる私は、こんな設えもニヤニヤしながらすごく共感してしまいます。



そんな長い廊下の途中にある、こんな読書コーナーもいいですね。
裏話として、当初喫煙コーナーにしようとしたら周囲の大反対で読書コーナーになったのだとか?愛煙家である益子先生らしいエピソードです。

椅子に身を沈めると、美しい水面を一望することができます。天井も低く抑えられていて本当に落ち着きます。宿泊したら、少し早く起きて誰も居ないこのスペースを独り占めしたいなと思いました。

この美しい窓ですが、実は現場で大工さんが窓の取り付け高さを間違ってしまったらしく、設計より低くなってしまったのだとか。でもその説明を聞いても全く違和感がありません。もしかしたらこの大工さん、天才かもしれません。



そしてレストランに下がるこの照明もオリジナルです。これがとっても完成度が高くてびっくり。とても「ちょっとデザインしてみました」というレベルのものではありません。益子先生曰く、水面にはばたく水鳥のような佇まいをイメージされたそうです。

担当したスタッフの宗像くんから製作の苦労話を聞きました。ここでは詳しく書きませんが、訪れたら是非着座して、この”水鳥”と水面とを重ねながら風景を眺めてもらいたいと思います。



これは本館前の庭から別館を眺めた写真です。
池面に向かって下っていることもありますが、ほぼこの別館の外観を納めることは不可能です。そのくらい控えめな建ち方をしています。唯一のファサードは湖面からという。



全体としてどこが元からある改修で、どこからが新築で増築したのか、おそらく過去に訪れた人もわからないくらい自然な建ち方になっていることが、この計画のすべてと言って良いと思います。


他にも感じたことや気付いたこと、お話ししたいことが山ほどありますが、この空間を私の言葉で説明することほど野暮なものはないと思いますので、ここでは控えさせて頂きます。以下にいくつかその他写真を載せておきます。

この別館は今月11日から宿泊が開始になるようです。
すでにリピーターを中心に予約が多数入っているようで、年内は数ヶ月先まで別館の予約は埋まっていると聞きました。

ですが先ほど覗いたら、ピンポイント的に宿泊できる日程はあるようです。私のイチオシは、池にせりだした最も先端にある「105号室」です。私もいつか泊まりたいと思います!

ホテリアアルト予約ページ
http://www2.489ban.net/v4/client/plan/list/customer/aalto

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なんと、今回ホテリアアルトのオリジナルウィスキーも作ってしまったのだそうです!もちろん、こちらは運営側の話ではありますが。単にラベルを張っただけではなくて、モルトから吟味して作ったオリジナルだそうです。そこまでやるか…。