14. 03 / 05

トラウマ

author
sekimoto

category
> 仕事
> 生活


設計中の案件で,とある建材メーカーさんにご協力を頂いている.かなり大胆な採用となるため,慎重な検討が必要だ.幸い前向きに取り組んで下さっており,施工図面や技術的なバックアップをして頂いている.

私の学生時代に亡くなった父は,祖父が創業したこの建材メーカーの経営者だった.私は「社長の息子」だと言われるのが大嫌いで,それを言われることは私にとって当時は”いじめ”に等しいことだった.うちは普通じゃないということが心底嫌だったし,将来は社長になるんだろ,と言われるたびに深く傷ついた.

本人の実力とは無関係に,下駄を履かされている感覚に馴染めなかったのだと思う.挙げ句の果てには,友人が自分に優しくしてくれるのは自分が社長の息子だからだろうか,と訳のわからない被害妄想に陥った.そして固く決心した.何があっても社長にだけはなるもんか!と.

しかし杞憂だった.父は早世し,そこそこの規模になっていた企業を当時学生だった私がどうにかできるはずもなく,またそんなつもりも,そんなオファーすらも微塵もなく,私は自分の望み通り,父とは関係なく自分の実力だけが頼りの世界へと飛び込むことになった.

建築関係者であればおそらく誰でも知っているであろうその企業に,私も時折お世話になる.そこの営業担当者などを呼ぶときは不思議な感覚で,その企業名を口に出すと今でも心の奥がズキッと痛む.幼少のトラウマを思い出してしまう.そのくせ商品知識をわきまえていなかったり,応対の仕方が悪かったりするとやけに腹が立ってしまう.しっかりしてくれよ,と思ってしまうのだ.

ちなみに冒頭のご協力を頂いている案件では,もちろん一切余計なことは言っていない.向こうも私を数多くいる設計者のうちの一人として対応してくださっている.今では創業家の名前を出しても,知る社員などもはや少数に違いない.父が亡くなって20年が過ぎ,今こうしてそれぞれの立場で対等に仕事ができていることが,ただ嬉しいのだ.

幼少の自分にはもちろん,今私がこんな仕事をしていることなど想像もつかなかったわけだけれど,もう一つ誤算があったとすれば,今私は当時あんなに忌み嫌っていた社長になっているということだ.