いきなり梱包にくるまれた荷物が届いた.愛媛に事務所を構えるうちの元スタッフ二宮からだった.中からは小さな椅子があらわれ,同封された手紙にはこう書かれていた.
「大変遅くなりましたが,事務所開設10周年のお祝いです.この椅子は松村正恒さんが日土小学校の図書室のために設計したものです.なかなか精度が上がらず今までかかってしまいました.ようやく完成しましたので第一号をお贈りします」
すぐに電話して久しぶりに二宮と話をした.そういえば,去年うちの10周年イベントをやった際,彼からは贈りたいものがあるのだけれど,間に合わないからもう少し待って欲しいと言っていた.もう忘れかけていたのだけれど,このことだったのか.
日土小学校は愛媛県八幡浜市に建つ古い木造の小学校.築57年.建築的かつ文化的な価値を認められDOCOMOMO20選や,昨年はワールドモニュメント財団よりノール・モダニズム賞なども受賞した.今では愛媛が世界に誇る建築遺産のひとつとなっている.
二宮はこの小学校の出身だ.彼はここで少年期を過ごし,今またこの近くで事務所を構えている.彼の大学の卒業設計も日土小学校がテーマだったし,地元出身の建築家として保存活動にも尽力した.彼の母校に寄せる愛着は並大抵のものではない.
彼はこの椅子を製作するにあたって,まず当時のオリジナルの図面を入手し,知人の突板職人(家具職人ではない)に頼んで,長いこと試作を繰り返していたらしい.なかなか精度が上がらず(そりゃそうだ,突板職人だもの)何度もやり直しを指示して,ようやく当時のオリジナルに近いものができたという.
実際に日土小学校の図書室にも,建設当時のこの椅子が残っている.ところが彼に言わせると,後ろ脚の形状など,この時点で既に松村氏のデザインより改変されてしまっているのだという.彼はそれを忠実にオリジナル図面に基づき,釘の打ち方ひとつに至るまでこだわって当初のデザインを再現した.
二宮に自分の椅子もあるのかと訊くと,試作段階のものは何脚かあるが,完成形といえるものはこれしかない.ようやくそれができたので贈ったのだという.だからおそらく世界に一脚.泣かせる男である.
△当時の椅子が残る日土小学校の図書室.こちらの椅子は背もたれにつながる後ろ脚が直線になっている.松村正恒氏のオリジナル図面では,ここは「く」の字型に曲がっているのだそう.
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