11. 10 / 01

船出をまえに

author
sekimoto

category
> 仕事


人との縁を大切に思う.この国や街には人があふれている.交差点では無数の人とすれ違うけれど,その中で知り合い気の合う仲になるということはまず皆無に近いことだ.

人との出会いは不思議なもので,一時期は仲の良かった友人も今ではほとんど連絡を取っていなかったり,逆に卒業してから仲良くなって,今でもその関係が切れないという友人もいる.それはクライアントや教えている学生たちにも皆同じことが言える.

僕は建築をやっていなかったら,ずいぶんと寂しい人生を送っていたのではないかと思うことがある.とりわけ人見知りなので,人と打ち解けるには時間がかかる.自分から人をかきわけてアピールするというのも苦手だ.けれども自己表現としての建築がそれを助けてくれる.僕の作品を見て,いろんな人が共感してくれて集まってきてくれる.僕はそれを心から幸せに思う.

スタッフの柴くんとの出会いは,僕が設計したカフェmoiだった.当時の常連客だった彼とまだ荻窪にあったお店で,オーナーの岩間さんを介して知り合った.その時は二言三言言葉を交わしただけだったけれど,それがその後うちのスタッフとなり,番頭役として何年にも渡ってうちの事務所を支えてくれる存在になろうとは,その時はつゆほども思わなかった.つくづく出会いの不思議を思う.

彼の在籍したこの約4年間は,事務所としてもジェットコースターのような変節点のまっただ中にあった.事務所を移転し,繁忙期から一転して仕事がなくなり,彼と二人きりで乗り切ったあの苦しかった時期も今となっては良い思い出となっている.

彼は建築の大学を出ていない.様々な職業を転々として建築に辿り着いた苦労人の彼を見ていると,人生経験は無駄ではないのだなということをつくづく思わされる.クライアントや現場への対応は丁寧かつ落ち着いていたし,どこに行っても彼に対する信頼は揺らぐことはなかった.

設計では細部に至るまで根気強くエスキースを重ねていた姿が印象的だ.その安心感から,僕もついつい甘えて彼に対応を任せることも多かった.そういう意味で文字通り僕の”右腕”であったと言える.

そんな彼もいよいよ自分の道を歩み出す時期が来たようだ.その相談を受けた時,僕は彼を引き留めなかった.誤解を恐れずに言えば,彼が去って残念という気持ちよりも,彼の決断にかつての自分を重ね「ガンバレ!」というエールの気持ちでいっぱいだった.彼が船を漕ぎ出すなら今しかないと思う.

大丈夫,なんとかなる.僕もなんとかなったから!
心が折れそうになったら僕の背中を思い出してください.活躍を期待しています.