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ドン小西って本当にセンスいいのか.
雑誌やテレビで辛辣に芸能人や通行人のファッションチェックをしてるけど,おまえの方が変だよ,ていつも思う.逆にドン小西にこき下ろされた人たちの服装を見ると「別に」て思う.多分会ったら,普通にこの人おしゃれだなって思うかもしれない.
つまりこれが世間の感覚である.その世界の先端の人たちから見たらよっぽどダサいか遅れているのかもしれないけれど,世間的には”記号”として”素敵”とされていることは,思いのほか多いような気がする.
我々は建築家として,日々最先端の素材に触れ,あたらしい空間のありかたについて模索している.ある意味,斬新さの感覚に麻痺している.世間の人が思う斬新は,我々にとっては既に当たり前で,ともするとダサいか少し遅れているくらいかもしれない.
例えばテレビに映る芸能人の住む家がある.レポーターが何を騒いでいるのか理解できないし,ツッコミどころ満載だ.陳腐な自己満足だとも思う.でもきっとそれは世間の人から見たら,きっと”素敵な豪邸”の記号なのだ.そして建築家のつくる住宅の方がよっぽど,おまえの方が変だよ,と思われていることを自覚しなくてはいけない.
人は自分の利害に無関係なことには寛容だ.最先端のファッションなんて恥ずかしくて着れたもんじゃないけれど,他人が着ているなら「別に」て思う(そして内心少し”イタい”て思っている).建築専門誌に踊る斬新な空間も,眺めている分には楽しいけれど,じゃあ自分が住むかとなると「住めない」と即答が返ってくる.これが世間一般の感覚だ.
でもそれが単なる「表現」の自己主張ではなく,住まい手の住み心地に直結する機能性だったりすると,途端に人は受け入れはじめる.そこではじめて「住んでみたい」と思えるようになる.詰まるところ,住宅は建築家の作品じゃないし,寒くて暑くてお金のかかる家では困ると世間の人たちは思っているのだ.
実は自分はその辺の許容範囲が広くて,世間の人たちが拒絶するような空間でも「そうかな,自分なら住めるな.楽しそう!」って結構思える.けどやらない.なぜなら,前述の世間の感覚というものを心得ているから.その辺を踏まえた上で,お施主さんの話に耳を傾けながら,この人はどこまで大丈夫な人かなとじっと観察している.
これって普通の感覚だと思うのだけれど,周りを見渡すと実に「裸の王様」が多いことに驚かされる.その浮き世離れした感覚を,ある意味尊敬する.でもたまには勇気を出して言ってあげないといけない.「おまえの方が変だよ」と.自分も言われちゃったりして.
スタッフが1名増えて,それまでオーバーフローしていた作業もうまく分配できるようになった.みんな責任感と意識が高いようで,それぞれの担当物件に一心に向き合ってくれている.
チーフの三浦には,それまで私が描いてきた実施平面図や矩計を今回は任せてみたら,意外とイイ感じに進めてくれている.困った.やろうとしていた自分の仕事もスタッフに取られてしまい,所長は事務所内でひとり失業状態.
なにか手伝おうか?
「いえ,大丈夫です」
仕方なく建築概要書を作成する仕事を分けて頂いた.頭を使わなくていいのでいつもは新人スタッフがやる仕事だけど,なんでもやります.自分がんばります.







