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「忙しい」という字は「心」が「亡くなる」という意味らしい.それを聞いた時はなるほどと思い,何事も「程々が良いのだ」と理解していた.
けれど本当は,この場合の「心」とは,おそらくは「雑念」や「煩悩」みたいなもので,人は一心不乱に物事に打ち込むことで無私の境地に至ることができる,自分自身からも解放されるということなのではないかと思うようになった.
独立して10年になる.師の事務所を離れてあらためて実感したことは,建築を基本から考える尊さだ.そこにはけして建築雑誌の表紙を飾るような派手さはないかもしれないけれど,ひとつひとつを確実に納め,誠実に仕事に向き合う姿勢を学んだ.
内向きな技術論やデザインに溺れることなく,日々ひたすらに素振りをくり返し,ランニングを重ねてきたことが今の自分をつくっている.
よく今年は飛躍の年にしたいという人がいる.けれど飛躍とは自ら願うものではなく,日々ひたすらに状況に向き合い,最善と思える判断を積み重ねていった先にしかないのだと思う.
これからの10年もまた,日々最善と思える判断を積み重ねてゆきたい.愚直に素振りとランニングを続けてゆきたい.一心不乱に仕事に打ち込み,自分自身から解放されたいと願う.
この年末の出来事.子供が足をひねって捻挫してしまい,年末なので病院もどこも休みで困っていたら,駅近くのこんなところに?という所に整骨院を見つけ,飛び込みで診て頂くことができました.
レントゲン設備もない小さな診療所で少し不安に思っていると,おもむろに子供をベットに寝かせ,おへそのあたりになにやらお守りのようなものを一つ置くと,僕は時計や指輪などをすべて外すよう指示されました.ん,何?少し怪しい.
次に僕に指で「O(オー)」の字を作らせると,先生がその指を引っ張り,僕は指が開かないように力をいれます.指は開きません.先生曰く,これは健康の証なのだそうです.
次に子供の患部に片手を触れるよう指示されました.そして反対側の手で作ったオーリングを先生が引っ張ると,今度は全身の力が抜けたようにあっけなく指は離れてしまいました.思わずびっくり!
これをオーリングテストというのだそうです.悪い気(微弱な電気信号)を体が敏感に感じ取り,脳が反応しているのだとか.霊感も気功の心得もない自分にそんな察知能力があったことにまず驚きました.
先生とその助手はこのオーリングを応用しながら,子供の足を綿密に調べてゆきます.捻挫だけではなく骨もずれていること,そしてそれは足首だけではなく,膝の骨まで影響を受けていることなども指摘されました.それはおそらくレントゲンにも写らなくて,そのまま放置しておくと将来の発育にまで影響を及ぼしてしまうのだそうです.
先生はその患部である足には一切触れることなく,首筋のあたりを何度か引っ張ると,拍子抜けするくらいあっけなくその治療を終えました.少しいぶかしく思っていた僕には再度オーリングを作らせ,もう一度患部を触らせ先生が引っ張ると,今度はその指はぴったりとくっついたまま離れないのでした.
子供はといえば,診察後すぐに痛みが引いたわけではないようでしたが,夜には結構普通に歩けるようになっていました.ただその効果のほどは別としても,実際に自分の指が開いたり開かなくなったりしたのは事実で,また足の捻挫を首を引っ張っただけで治療したお医者さんというのも初めて見たので,あっけにとられて思わず”名医”と拝みたくなってしまいました.
もしかしたら,レントゲンもなかった昔の方が,案外正確で本質的な治療ができていたのかもしれません.人間の”気”おそるべし!この年末の奇妙な体験でした.
昨日は仕事納め,焼肉をつつきながらの打上げでした.この年末は進行中の住宅に加えて,店舗など短期勝負の仕事が入ったこともあり,いつになく慌ただしい怒濤の年末となりました.
今年はなんといっても3月の大地震の記憶が生々しかったです.被災地の被害はもちろんですが,我々の仕事に及ぼした影響も甚大でした.
震災後はしばらく”真冬”のような状況でしたが,GW明けにはウェブサイトをリニューアルし,それが功を奏したか夏までにかけて多くのお問合わせやお仕事を頂けたことで,事務所としてもなんとか息を吹き返すことができました.サイトデザインを担当して下さった石曽根さんには,この場をお借りしてあらためて感謝したいと思います.
また一方では長く事務所を支えてくれていた中堅スタッフがこの秋に退職し,戦力的には大きなダメージとなりましたが,それを補うように残ったスタッフが奮起してくれたことは嬉しかったことです.新スタッフの加入によっても事務所の雰囲気が変わり,新しい個性の組み合わせによる新組織としてスタートを切った年でもありました.
今年もいろいろな出会いがありました.クライアントの皆様,同業の建築家たち,学生さんらとの出会いや交流も,我々の一年を豊かで楽しいものにしてくれました.
愛情あふれるクライアントご家族,ご夫婦との関わりからは身につまされることも多く,反省とともに学ばせてもらうことも多々ありました.建築家の友人らからは,震災で困っていたときなど貴重な情報を共有させてもらったりもしました.
また学生やスタッフに対しては,思いが先行してつい感情的になってしまったり,一方でそれに彼らが応えてくれたりと,自分への反省と得た喜びも同じくらいありました.
今年我々と関わってくださったすべての皆様,ありがとうございました!
スタッフの三浦さん,牛島くん,いつも感謝しています.また秋に退職した柴くん,あらためてこれまで支えてくれてありがとう.献身的な仕事をして下さる工務店さん,そして家族….いろんな人に感謝したくなるそんな一年でした.
こういうことを言うのはとても気が引けるのですが,この時期営業の方などに会社のロゴ入りの手帳やカレンダーの類をいっぱい頂くのですが,あれを活用されている方ってどのくらいいるのでしょう?
やっぱり手帳くらいは自分の気に入ったものを使いたいし,カレンダーも同様です.使わなければ処分するしかないのですが,中には素敵なものもあるのでとても心が痛みます.
一応皆さん配慮を下さっているようで,昔のようにベタに社名やロゴマークがついているものは少なくなってきたし,中をめくってみるとシンプルで使いやすそうなものもあるのですが,手帳は普通一人一冊しか使いません.カレンダーだって,これ見よがしに何枚も掛けている家など今時少ないのではと思ったりもします.
人とは違うものを持ってくれば,身の回りに置いてもらえる可能性はずっと高まるし,もらった人だって喜ぶと思います.もういいかげん手帳やカレンダーはやめようよという声が,なぜ企業の中で上がらないのでしょうか.とても不思議です.
他によく頂くものの中にはロゴ入りボールペンというものがあります.ただ,余っているのかオニのように置いていかれて困ることもあります.ボールペンは1本でいい!個人的には,ロゴ入りチョコレートをもらったほうがずっと嬉しいです.
手帳の裏表紙に印刷された「この紙は再生紙を利用し,地球環境保全に努めています」の一文を見るたびに,「だったらさあ!」と思わずツっこみたくなるのです.

子どもの絵って邪気がなくて,いいなと思うことが多い.基本的には何を描いているかわからなかったり,お世辞にも上手いと言えるようなものは少ないのだけれど,10枚に1枚くらいは「おっ」と思わず足を止めてしまうものもある.
上の絵は今朝ダイニングに落ちていたもの.この臆することなく原色を使いまくる感じは,大人には絶対真似ができない.なんだかわからないけれど,ほとばしるものを感じて思わずうなってしまった.
裏にはその解説がある.
『タイムトラップとタイムワープは過去や未来に行く道具です.過去と未来を変えることもできます(一部,漢字に変換)』 あ,これ欲しい.
下は少し前にカレンダーの裏に描かれていた走り描きのような絵.
これは何?と尋ねると「ゲド戦記」と答えた.何も見ないで記憶(というかイメージ)で描いたにしては実に的を得ている気もして,これまたうなってしまった.
う~ん,やっぱこれも描けないなあ….

