アールトの建築の魅力のひとつに緑との関係がある。ツタや木が住宅と絡み合い渾然一体となった姿は、モダンな外壁ラインを周囲に溶かし、異物としての建築すらも自然の風景の一部としている。それこそがアールト建築の真骨頂だとでも言わんばかりに。

例えばル・コルビュジェの建築は、ピロティによって大地から切り離され、同じモダニズム建築であっても、アールトとは対極の自然観を示しているように思える。コルビュジェは建築の純粋性を追求し、空間に流れる時間を止めたのに対して、アールトは空間に時間を刻んでいる。


マイレア邸のリビングの開口部の上部には、ルーバー状のキャノピーが付いている。雨を凌ぐものではないし、陽射しを防いでいるようにも見えない。長年なんだろうと思っていたのだけれど、ふと開口の両脇に目を向けると、キャノピーの高さにまで伸びた鬱蒼としたツタがあった。
アールトはこのツタでぶどう棚のように開口を覆いたかったのではないか。まさかの”ツタ庇”?。真偽の程は未確認だけれど、アールト自邸の窓先にツタが覆うように自生している様を見ると、想像に余りあることだ。



そしてアールト自邸。白い外壁にびっしり絡まったツタは圧巻だが、仔細に見ると、外壁には細いバーが細かいピッチで取り付けられている。ツタは自然に生えたのではなく、明らかにアールトは強い意志を持ってツタを外壁に絡ませたのだということがわかる。



スタジオ・アールトでは曲面を描く壁の突き当たりに、あたかもアールトのスケッチラインのように自由な曲線を描いてツタが壁を這う。しかしこれもよく見ると、曲線に曲げたパイプを壁に取り付けていることがわかる。なんとツタが這うラインすらもアールトが”デザイン”しているのだ。


アールトが空間に持ち込んだ時間軸には、「移ろう自然」はなくてはならない存在だったのではないか。アールトが切り拓いた北欧モダニズムの本質は、まさに自然と建築との関係性にあるのかもしれない。



まず最初の2枚はアールト自邸(1936)のダイニング家具。デザインはアイノ・アールト。細部を仔細に見ても、アイノの家具デザイナーとしての確かな手腕を感じることができる。

そしてこの扉。これを見たときは衝撃だった。あたかも日本人の建築家がデザインしたかのよう。実際私も同じようなデザインの引戸をよく設えるが、80年以上も昔にアイノが既に試したものだったとは思わなかった。

アールト夫妻が当時いかに日本から影響を受けていたかは、こうした部分からも窺い知ることができる。自邸を構えたムンキニエミには当時日本領事館があり、アールト夫妻は日本大使と懇意となり、彼を通じて日本文化を吸収したとも言われている。ちなみにアールトは来日したことはない。




次の3枚は、のちに完成したスタジオ・アールト(1955)のもの。残念ながらこの時には既にアイノは他界していたが、職員ダイニングのキッチンからは強くアイノのアイコンを感じることができる。自邸でアイノがデザインしたものを、20年の時を隔てて復刻したかのようだ。

自邸にもキッチンの手前と奥、両方で使える貫通型の引き出しを設えている部分があるが、スタジオにもそれはある。でもこちらの引手形状は控えめなアイノのそれというより、主張の強いアールトのそれに近い。

引戸も自邸ではレールを下部に設けているが、スタジオでは上吊りとしている。20年分の進化と洗練がここには見られる。


アールト自邸のディテールのモデュールは1インチ(25mm)なのかもしれない。階段の手摺り、アトリエとリビングを仕切る引戸の引手など、随所に1インチ材が使われている。

この1インチの丸棒というスケールは私にはとても新鮮で、これまでスチールで手摺りなどを製作する際はφ27.2という材を標準にしてきた。木製手摺りなどだとφ30という材が流通材としてはよくあるが、途端に垢抜けない印象となり、シャープな手摺りを作るならスチールでと思い込んでいたところもあった。



ところがアールト自邸ではわずかφ25で木製手摺りを成立させている。その細さに驚き、またあまり握ったことのない径だったのでとても新鮮だった。しかも手摺り子まで木を削り出して作っている。こんな細かい芸は日本の建築家でもそうはやらない。

子供の手をおもわず優しく握ってしまうように、アールト自邸の骨格はあまりに繊細で、触れる手にも優しさを要求しているように思える。アールトの建築は一貫して手の触れる部分の処理が徹底している。


アールト自邸のインテリアは、奥さんのアイノがそのほとんどを手がけている。アールトのディテールというよりアイノのディテール。

アイノあってのアールトとよく言われるが、アールトの建築を人間のスケールにぐっと近づけているのは、アイノの功績がいかに大きいかがよくわかる。


言わずと知れたアールト自邸。このメインカットは見学者なら必ず撮るカットだけれど、じゃあ床のフローリングはどう張られていたかまで記憶にある人はなかなかいないと思う。

私ももう何度目かのアールト自邸(実は泊まったこともある)なのに、そこをしっかりと見たのは今回がはじめてだった。アールト自邸のフローリングは意外と幅も狭く、長さも短い(W75xL650)。


一番注目して欲しいのは、その重ね方。通常定尺もの(長さが一定のもの)を張る場合は、半分ずつずらしながら交互に張ることが多いと思うが、アールトは違う。板の先を25mmだけ重ねている。

へえ!これだけで空間の印象がずいぶん違うものだ。これを「アールト張り」と勝手に名付けて、早速試してみようと思う。

※床材の樹種だけが分かりません。木目はナラに近い気がするのだけれど色がずいぶん黄色い。ご存じの方は教えてください。


<はじめに>
先の北欧の旅から帰ってきて、あらためて写真を整理しながら、旅先で気になったアールトのディテールをいろんなエレメントに分けて分類している。

あらためてアールトはフィンランドの建築家の系譜では珍しく凝ったディテールをたくさん残していて、何度も写真を見返しては「ううむ」と唸り、その思考の背景に思いを馳せる。自分自身の頭の整理を兼ねて、ここでも少しずつ紹介してゆきたい。



さてこれはスタジオ・アールト。よく見ないと見逃してしまうレンガのコーナーの納まり。ん?このデコボコしたシルエットはなんだ。すこし考えて分かった。レンガの壁を90度じゃなくて、ほんのちょっとだけ広げて積んでいるんだ。レンガ積みのフィンガージョイントとでも言うべきか。わざとちょっとだけずらすというのがアールトらしい。

アールトは生涯このレンガという素材に向き合い続けた。アールトほどのレンガの使い手はそうはいない。スタジオの完成は1955年。アールトの建築がレンガ一色に染まった赤の時代。

このくらい、どうってことない。
そう言っているかのよう。この余裕とさりげなさがたまらない。



ちなみに、スタジオ・アールトの塀の補強もなかなか良い。コンクリートブロックで応用できないか考えている。


注)ブログではAALTOを「アアルト」と表記したり、「アールト」と表記したりしています。私は表記は発音になるべく忠実であるべきだと思うので、通常は「アールト」と書きますが、アルヴァ・アアルト展のことを書くときは混乱を避けるため「アアルト」と敢えて表記しています。混乱もあるかもしれませんが、どうかご了承下さい。