Finland通信


2001/07/17
Vol. 85

"フィンランド と スウェーデン"


ストックホルム市立図書館(1927)
/設計・Gunnar Asplund

王族の歴史を持つか、否か。

フィンランドとスウェーデンの最大の違いはここにある。そんなの当たり前、と思うだろうか。しかしこの違いは非常に大きい。フィンランドの文化を語る上でこの歴史的事実はけして避けて通れない。それは国民性の深い部分にまで関わる重要な問題なのだ。
そしてまさにこの違いこそが、「北欧」という同じ括りで括られる、全く異なる両国を歴然と分かつ大きなキーワードではないか、とすら思えるのだ。


今日ストックホルムから帰ってきた。フェリー泊のトンボ帰り。奥さんがキャビンで働いているので往復も格安で行ける。この機会を利用しないテはない。今回でストックホルムは3回目。主要なスポットは大体押さえてあるので、今回は気ままな街歩きをむしろ楽しんだ。

僕の目にはフィンランド人とスウェーデン人の外見の違いというものはほとんど見分ける事ができない。気質も「北欧人」という大きな括りで見れば、ラテンやゲルマンのそれとは明らかに異なる北欧気質を感じ取る事ができる。しかしその街並みに目を移したとき、そこには紛れもなくフィンランドではない、別の異国を感じるのである。

何が違うのだろう?
その違いを敢えて一言で表すとすれば冒頭の一言に尽きるような気がする。その華やかさ、洗練、どれを取ってもフィンランドには当てはまらない。なぜならフィンランドは「庶民の国」なのだ。みんな平民・平等の国なのである。

貧富の差はあらゆる意味でその国の歴史に重みを加える。それらは軋轢の歴史でもあるだろう。そして全ての芸術は王族、そして貴族へと捧げられる。ストックホルムの街には明らかに彩られた華があり、洗練がある。残念ながらヘルシンキには無いものだ。また多くのフィンランド人が潜在的に持つコンプレックスもまたこうした歴史背景から派生しているのではないかとも思える。

18世紀までをスウェーデンに、19世紀をロシアに統治されてきたフィンランドが自国の文化に目覚めたのはまさしく20世紀に入ってからである。建国から100年も経っていないこの国がIT大国として世界と肩を並べるようになった背景には、僕はこの国の「歴史コンプレックス」があるように思えて仕方がないのだ。

20世紀初頭に起こったナショナル・ロマンティシズムは良くも悪くも、この国に「歴史と伝統」を仕立てようとした「事件」であった。建築家アルヴァ・アアルトもまた国を挙げて仕立てられた英雄であったともいえよう。フィンランドには自分たちが拠って立つ英雄が常に必要なのだ。

でもなぜだろう。
僕にはそんなフィンランドこそが自分の興味をかき立てる。些細な歴史の事実すらも、失われたパズルを埋める手がかりとなって行く。またフィンランド人のコンプレックスは彼らの持つ「謙虚さ、誠実さ」へと繋がっているようにも思える。純粋な国民性、そしてそのデザインは僕の心を捉えて止まない。東京に溢れる過剰な建築・デザインシーンに飽和した僕の目は、都会的でスタイリッシュなスウェーディッシュ・デザインにはもはや何の感動も覚えないのである。

*

若き日のアアルトの憧れは、洗練に満ちたスウェーデンの巨匠建築家グンナー・アスプルンドであった。そして彼はスウェーデンに渡り、アスプルンドの事務所の門を叩く。

彼はアスプルンドを越えた。それは近代建築の上にフィンランドらしさを追求した彼の独自の路線によってである。あの時アスプルンドに断られていなかったら...フィンランドの歴史は変わっていたかもしれない。





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