このところ週末に新規のご面談が続いている。大変ありがたい。
私の場合、初回面談の際には我々に依頼下さった場合のメリットはもちろん、デメリットもすべて包み隠さず話す。通常初めていらしたお客さんには都合の良いことしか話さないのが普通かもしれないけれど、すべてにおいて素晴らしい選択肢なんてこの世の中にはないと思うから。
包み隠さず話すことのひとつに建築コストの話がある。設計事務所に相談に来る人の不安の9割はコストだと思っているので、最近の弊社設計の住宅の建築コストの相場についても私は包み隠さず話している。あとでだまし討ちのようになるのが嫌だからだ。しかし、これが最近なかなかつらいことになっている。
ここ数年の資材インフレによって、工務店から出てくる見積りがそれ以前とは比べようもなく上がってしまった。うちはこれまで、クオリティの割には高いコストパフォーマンスを維持してきたという自負があったのだけれど、最近ではなかなかそうも胸を張れなくなってきた。現在の市場のコスト感を正直に話すと多くの人はどん引きしてしまう。
「え、そんなに高いんですか!?」
ええ、まあ、その、、そうですね。
コストを引き上げている張本人は我々ではないのだけれど、なんだかとても罪深い気持ちになる。
手練れの営業担当者なら、きっと初回は一番安くなるパターンのことしか話さないのだろう。知人が「結婚式場の手口と同じ」と言っていた。最初に提示されたノーオプションのまま挙式を挙げる人はいないように、好みのものを選んでいくとどんどん高くなってゆくシステムで世の中はできている。自分も駆け引きして、そういうずるい説明が出来ればどんなにいいだろうと思うのだけれど、できない。私はいつも正直者なのだ。
◇
そこにきてこんな報道。これには心が折れる…。
ここ20年で大工が半減したという。ここ40年では1/3だそうだ。あと20年後には…大工さんはいるのか?その前に我々はいるのか?まさにそんな時代がきている。
我々の設計を施工するには手間がかかる。むしろ手間しかかからない。建築工事費は手間賃の塊だ。材料費なんてたかが知れている。
だから我々は少しでもコストを抑えようと安い素材を使って、しかし手間のかかった家を作る。だから結果としてそこそこお金がかかる。我々と同じように安い素材を使って、一方で最も手間のかからないやり方をすると、建築費はすごく安くなる。なんてわかりやすいのだろう。こういう家にはコストでは勝てない。勝つべきじゃないけど、なんか悔しい。
こうして、いつしか当たり前と思っていた職人さんの手による家づくりが、どんどん工業製品に置き換えられてゆく。工場で作られた建具やシステムキッチンやユニットバスが、最小限の手間でどんどん取り付けられてゆく。先見の明のある企業は、きたる職人さん絶滅の「Xデー」に向けたつくり方にどんどんシフトしている。皮肉なことに、それがどんどん職人さんを絶滅(レッドリスト)へと追い込んでいることに気づいているだろうか。
我々が設計した家にお住まいの方、とてもラッキーだったと思います。大工さんという、未来には存在しないかもしれない人が建ててくれたのだから。
そこのあなた、早く頼まないと僕らもいなくなっちゃうかも知れませんよ?
私の場合、初回面談の際には我々に依頼下さった場合のメリットはもちろん、デメリットもすべて包み隠さず話す。通常初めていらしたお客さんには都合の良いことしか話さないのが普通かもしれないけれど、すべてにおいて素晴らしい選択肢なんてこの世の中にはないと思うから。
包み隠さず話すことのひとつに建築コストの話がある。設計事務所に相談に来る人の不安の9割はコストだと思っているので、最近の弊社設計の住宅の建築コストの相場についても私は包み隠さず話している。あとでだまし討ちのようになるのが嫌だからだ。しかし、これが最近なかなかつらいことになっている。
ここ数年の資材インフレによって、工務店から出てくる見積りがそれ以前とは比べようもなく上がってしまった。うちはこれまで、クオリティの割には高いコストパフォーマンスを維持してきたという自負があったのだけれど、最近ではなかなかそうも胸を張れなくなってきた。現在の市場のコスト感を正直に話すと多くの人はどん引きしてしまう。
「え、そんなに高いんですか!?」
ええ、まあ、その、、そうですね。
コストを引き上げている張本人は我々ではないのだけれど、なんだかとても罪深い気持ちになる。
手練れの営業担当者なら、きっと初回は一番安くなるパターンのことしか話さないのだろう。知人が「結婚式場の手口と同じ」と言っていた。最初に提示されたノーオプションのまま挙式を挙げる人はいないように、好みのものを選んでいくとどんどん高くなってゆくシステムで世の中はできている。自分も駆け引きして、そういうずるい説明が出来ればどんなにいいだろうと思うのだけれど、できない。私はいつも正直者なのだ。
◇
そこにきてこんな報道。これには心が折れる…。
ここ20年で大工が半減したという。ここ40年では1/3だそうだ。あと20年後には…大工さんはいるのか?その前に我々はいるのか?まさにそんな時代がきている。
我々の設計を施工するには手間がかかる。むしろ手間しかかからない。建築工事費は手間賃の塊だ。材料費なんてたかが知れている。
だから我々は少しでもコストを抑えようと安い素材を使って、しかし手間のかかった家を作る。だから結果としてそこそこお金がかかる。我々と同じように安い素材を使って、一方で最も手間のかからないやり方をすると、建築費はすごく安くなる。なんてわかりやすいのだろう。こういう家にはコストでは勝てない。勝つべきじゃないけど、なんか悔しい。
こうして、いつしか当たり前と思っていた職人さんの手による家づくりが、どんどん工業製品に置き換えられてゆく。工場で作られた建具やシステムキッチンやユニットバスが、最小限の手間でどんどん取り付けられてゆく。先見の明のある企業は、きたる職人さん絶滅の「Xデー」に向けたつくり方にどんどんシフトしている。皮肉なことに、それがどんどん職人さんを絶滅(レッドリスト)へと追い込んでいることに気づいているだろうか。
我々が設計した家にお住まいの方、とてもラッキーだったと思います。大工さんという、未来には存在しないかもしれない人が建ててくれたのだから。
そこのあなた、早く頼まないと僕らもいなくなっちゃうかも知れませんよ?
先週自宅の見学に来てくださった建築家の佐藤重徳さんが、その後長文の感想をメールで下さった。その的を得たコメントが心に沁みてとても嬉しく、またそこにはさらに拙宅の骨格模型を作ってみたいとも書かれていた。
人のオープンハウスに行って、その骨格模型まで作る人なんているのだろうか?そんなことを思っていたら、後日本当に重徳さんによる骨格模型の写真がコメント付きで送られてきた。こんな人いる??重徳さんってば変態。いや本当にすごい人だ!
でも話はまだ終わらない。
今日は伊礼さんの住宅の見学があった。私は11時に、重徳さんは15時ごろに行くという。じゃあ会えないですね、またの機会に!そんなやり取りをしたというのに、11時台に見学しているとひょっこり重徳さんが現れた。
キョトンとしている私に「はいこれ」といって小さな箱を渡し、僕は予定があるからまた15時に来るね、といって再び消えていった。そこには拙宅の骨格模型が入っていた。まさかこれを渡すために11時にわざわざ来たのだろうか、、。
つまり住宅を設計するってこういうことだよな、とその大きな背中を見て思った。技術ではなく、やっぱり人なんだ。この人大好き!と心底思った。重徳さん、家宝にします。
昨日のブログ内容とも少しリンクするのですが、最近感じる自身の仕事観について書いてみたいと思います。
私は現在51歳。50代になりたてです。同じく10年前は40代になりたての年代でした。40代から見て50代ははるか先のこと。今の私にとっての60代と同じくらい未来の話でした。
私にとっての40代というのは、仕事も少しずつ安定してきてはいるものの、まだまだ上り坂。まだ見ぬ世界に向かって仕事を積み上げている状態でした。当時の私にとって50代の建築家たちというのは当代のトップランナーたちという位置付けで、とても眩しく、必死にそこに追いつこうとしていました。
ところが自分が50代になってみるとどうかというと、50代というのはなかなか微妙なお年頃だなということに気づくのです。
どう微妙かというと、確かにかつて出来なかったことも、今や出来るようになっています。知らなかったことは、今や知識が備わっています。あの頃お近づきになれなかった人とは、今や親しい間柄になっていたり。なにもかもが、あの時よりも進歩していることを感じます。歳を取るって素晴らしい。出来ないことが出来るようになるってなんて素晴らしいのだろう!と心から思います。
ところがです。理屈の上では「出来ないことが出来るようになっている」のに、実際には少しずつ「出来ないこと」が増えていくんです。それが50代ってやつなんです。それはこの歳になってわかったことでした。
これは体力が落ちたからとか、そういう身体的なことじゃないんですね。成功体験を積み重ねると、失敗ができなくなるってことなんです。
もう少し正確に言うと、失敗できないというより「失敗しなくなる」といったら良いのでしょうか。どうして失敗しなくなるかというと、それまでたくさん失敗をしてきて、どうやったら失敗しないかを身をもって知るからです。失敗することを知っていながら前に進む人はいませんよね。これは電気がビリビリってなる棒を、一度体験したら二度と触れなくなるのと同じことなんです。
もちろん今でも細かいレベルではたくさん失敗はしているのですが、大きな失敗をするかもしれない道は自分でも直感でわかります。だから出来なくなるし、結果として失敗もしなくなるんです。
失敗をしないって、これって良いことなのかな?社会的には良いことでしょうね。でも私の中の直感は、それって良くない!と言っています。そんな人生つまらない!でも失敗はしたくないんです。電気がビリビリする棒はもう二度と触りたくないんです…。
これが私の思う、50代という微妙なお年頃の正体です。
これってどうしたらいいんでしょうね。失敗だらけの若い子にはわからないかもしれませんが、失敗しないって実は怖いことなんですよ。固まりつつある自身の思考回路をどこまで柔軟にしていられるか、追いかけてくる老いとの戦いだなと最近つくづく思います。
私は現在51歳。50代になりたてです。同じく10年前は40代になりたての年代でした。40代から見て50代ははるか先のこと。今の私にとっての60代と同じくらい未来の話でした。
私にとっての40代というのは、仕事も少しずつ安定してきてはいるものの、まだまだ上り坂。まだ見ぬ世界に向かって仕事を積み上げている状態でした。当時の私にとって50代の建築家たちというのは当代のトップランナーたちという位置付けで、とても眩しく、必死にそこに追いつこうとしていました。
ところが自分が50代になってみるとどうかというと、50代というのはなかなか微妙なお年頃だなということに気づくのです。
どう微妙かというと、確かにかつて出来なかったことも、今や出来るようになっています。知らなかったことは、今や知識が備わっています。あの頃お近づきになれなかった人とは、今や親しい間柄になっていたり。なにもかもが、あの時よりも進歩していることを感じます。歳を取るって素晴らしい。出来ないことが出来るようになるってなんて素晴らしいのだろう!と心から思います。
ところがです。理屈の上では「出来ないことが出来るようになっている」のに、実際には少しずつ「出来ないこと」が増えていくんです。それが50代ってやつなんです。それはこの歳になってわかったことでした。
これは体力が落ちたからとか、そういう身体的なことじゃないんですね。成功体験を積み重ねると、失敗ができなくなるってことなんです。
もう少し正確に言うと、失敗できないというより「失敗しなくなる」といったら良いのでしょうか。どうして失敗しなくなるかというと、それまでたくさん失敗をしてきて、どうやったら失敗しないかを身をもって知るからです。失敗することを知っていながら前に進む人はいませんよね。これは電気がビリビリってなる棒を、一度体験したら二度と触れなくなるのと同じことなんです。
もちろん今でも細かいレベルではたくさん失敗はしているのですが、大きな失敗をするかもしれない道は自分でも直感でわかります。だから出来なくなるし、結果として失敗もしなくなるんです。
失敗をしないって、これって良いことなのかな?社会的には良いことでしょうね。でも私の中の直感は、それって良くない!と言っています。そんな人生つまらない!でも失敗はしたくないんです。電気がビリビリする棒はもう二度と触りたくないんです…。
これが私の思う、50代という微妙なお年頃の正体です。
これってどうしたらいいんでしょうね。失敗だらけの若い子にはわからないかもしれませんが、失敗しないって実は怖いことなんですよ。固まりつつある自身の思考回路をどこまで柔軟にしていられるか、追いかけてくる老いとの戦いだなと最近つくづく思います。
今日は久しぶりに「しだれ桜の家」へ。しだれ桜の家は2013年に竣工したので、かれこれ10年になります。ちょっと気になることが出てきたとご相談を受け、それでは10年点検を兼ねましょうということでお邪魔させて頂きました。
ただこちら、本当にきれいにお使い下さっていて、浴室の木製建具もほとんどカビなし、水栓も竣工時のままピカピカでびっくり!感動しました。建て主さんの住まいへの愛着を感じました。
もう10年、あるいはまだ10年…。
この10年でいろいろなことが変わりました。当時のスタッフのこと、各所の素材使いや仕様のこと、はたまた身の回りの人間関係やら自分自身のこと。なんだかあれから20年くらい経ったんじゃないかと、まるで浦島太郎のよう、、。点検と共についそんなことを考えてしまいました。
10年後、自分はどうしているだろう?ちょっと想像がつきません。この10年と同じくらい成長できていることを願います!
年が明けて、滞っていたプロジェクトがひとつ動き始めた。幸先の良い年のはじまり。そんな打合せ終わりの雑談で、その方がうちに設計を依頼しようと思ったきっかけとしてこんなことをおっしゃった。
その方はハウスメーカーにも行ったが、画一的なつくりがテンプレートのようで住みたいと思えなかったそう。次に工務店にも話を聞きに行ったが、こだわりある工務店で、そこでは住宅の性能のことをとても丁寧に説明を受け、断熱性能や気密性能がいかに大切かを力説されたそうだ。
ここまではあり得る話。じゃあそこにしようかしら、と気持ちが傾くのが今どきの流れだろう。ところがその建て主さんは、その説明を聞いて「そんな小数点の性能にこだわるよりも、もっと自分たちらしい家に住みたい」と思って設計事務所で建てることを選んだそうだ。
そんなことあるんだ。これまでその真逆の話をずいぶん聞かされてきたので、この話には本当に涙が出るくらい嬉しかった。我が事務所はそうはいっても、性能をけしておろそかにはしていない。HEAT20でG2グレードの断熱性能は当たり前だし、気密測定をすればC値でもそこそこ良い数字は出せる。
性能重視の時代だからこそ、ホームページにも大きく性能のことをアピールすべきだろうかと迷う気持ちもあるけれど、それはしていない。なぜかというと、それはうちの”売り”ではないからだ。
それをした瞬間に性能値の戦いがはじまる。数字では他社に負けるかもしれない。でも我々の価値はそこではないのだ。そうではない土俵で戦っているのだということをずっと考えてきたけど、工務店勢力に押されてここのところ心が折れそうになっていた。
性能はけして諦めないし手は抜かない。けれども我々の本当の価値はそこではない。
それを理解して下さる方が、うちにご依頼を下さる。
なんと嬉しいことだろう!
その方はハウスメーカーにも行ったが、画一的なつくりがテンプレートのようで住みたいと思えなかったそう。次に工務店にも話を聞きに行ったが、こだわりある工務店で、そこでは住宅の性能のことをとても丁寧に説明を受け、断熱性能や気密性能がいかに大切かを力説されたそうだ。
ここまではあり得る話。じゃあそこにしようかしら、と気持ちが傾くのが今どきの流れだろう。ところがその建て主さんは、その説明を聞いて「そんな小数点の性能にこだわるよりも、もっと自分たちらしい家に住みたい」と思って設計事務所で建てることを選んだそうだ。
そんなことあるんだ。これまでその真逆の話をずいぶん聞かされてきたので、この話には本当に涙が出るくらい嬉しかった。我が事務所はそうはいっても、性能をけしておろそかにはしていない。HEAT20でG2グレードの断熱性能は当たり前だし、気密測定をすればC値でもそこそこ良い数字は出せる。
性能重視の時代だからこそ、ホームページにも大きく性能のことをアピールすべきだろうかと迷う気持ちもあるけれど、それはしていない。なぜかというと、それはうちの”売り”ではないからだ。
それをした瞬間に性能値の戦いがはじまる。数字では他社に負けるかもしれない。でも我々の価値はそこではないのだ。そうではない土俵で戦っているのだということをずっと考えてきたけど、工務店勢力に押されてここのところ心が折れそうになっていた。
性能はけして諦めないし手は抜かない。けれども我々の本当の価値はそこではない。
それを理解して下さる方が、うちにご依頼を下さる。
なんと嬉しいことだろう!
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