最近住宅の性能にかかわる投稿が続いていますが、今日もちょっとそんな話を。

私はこれまで「高断熱住宅」と呼ばれるものにちょっとした違和感を持っていました。その根っこには、「高断熱住宅と呼ばれている住宅に、デザイン的に魅力的に見える住宅が少ない」ということもあったような気がします。正直言うと「暖かいのはいいけどさ、家ってそれだけじゃないよね」というのが私の偽らざる気持ちでした。

たとえば、このエコカー全盛の時代でも私はFIATに乗り続けていますし、その愛らしい佇まいに惚れ込んでしまったら、「燃費が多少悪くても別にいいよ」って思ってしまうのも上記と同じ根っこがある気がします。


ただ個人の趣味の問題はさておき、環境問題は待ってくれません。地球規模のCO2問題にも見て見ぬ振りというわけにはいかない状況です。職業倫理の問題もあります。

また2020年には住宅にも一定の省エネ性能が義務づけられることになりました。設計者は耐震性能と同じく、自分の設計した住宅の断熱性能についても、はっきりと数字で把握しなくてはならない時代がすぐそこまで来ています。

ちなみにリオタデザインの住宅は、以前より「冬とても暖かい」と建て主さんからご評価を頂いています。費用対効果を考えながら、少しずつ断熱仕様を見直してきた結果ですが、果たしてそれがどのくらいなのかを科学的に数字で把握することについては少し後手に回ってきたような気がします。

ということで、今年はその辺りに問題意識を置き、我々の設計による住宅の性能を意識的に数値化してゆこうとスタッフとも意識の共有を計っているところです。

(過去には、前述のような「暖かいのはいいけど、家ってそれだけじゃないよね」的なことをブログにも書いてきたこともあり、一部には私は「アンチ性能派」のように思われているようなのですが、必ずしもそういうことではありません。自分で思っている以上に、周りからそう思われているようなので…誤解を解いておきます汗)


前置きが長くなりました。

昨年都内で「路地の家」という住宅が竣工しました。建て主はデザイナーさんで、ご要望には「吹抜けに目いっぱいの本棚」「路地にひらいた開放的な家」といったキーワードがあり、設計の打合せでもデザインを巡る白熱した議論はありましたが、断熱性能についてはほとんど語られることはありませんでした。
この住宅で求められていたことは、圧倒的に「デザイン>性能」だったのです。

ということで我々としては、断熱については”いつも通りの仕様”で設計を進めました。別の言い方でいうと「いつもの、あったかいやつで」という感じでしょうか。

その結果がどうだったのか、当時はちゃんと計算をしていませんでしたが、最近になってあらためて計算をしてみたところ面白い結果が出ましたので、今日はそんなお話をしたいと思います。


「路地の家」は都内の住宅密集地に建つ家です。前述のように、路地に大きくひらいた開口部と開放的なリビング、そして吹き抜けを貫くように設けた巨大な本棚が特徴の家です。

路地の家
https://www.riotadesign.com/works/17_roji/#wttl

外観はこんな感じ。



キッチンはアイランドキッチンです。
建て主のご希望でオープンに設えた棚には建て主さんのセンスが光ります。


そして三層吹抜けの本棚。
本の規格を考え抜いた棚割や、地震に対する落下防止、安全に本の出し入れができるように設えた可倒手摺りなど、こうした作りを成立させるために様々な仕掛けを随所に施しています。



そんな「路地の家」の熱損失計算の結果は以下の通りとなります。

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・外皮平均熱貫流率 Ua=0.57(W/㎡K)
・熱損失係数 Q=1.88(W/㎡K)


[基本仕様]
壁:グラスウール24K t100
天井:ポリスチレンフォーム3種t150
床:ポリスチレンフォーム3種t50(基礎断熱)
サッシュ:樹脂複合サッシュ(LOW-Eペアガラス)/一部木製建具+防犯PG


2020年に義務化となるH28省エネ基準値はUa=0.87(W/㎡K)で、これより数字が小さいとより高性能(断熱性能が高い)ということになります。今回はUa=0.57ですので、基準値よりも約35%ほど性能が良いということになります。

なおこれは、2020年の義務化基準よりもより高い基準を設定したHEAT20の「G1グレード」(6地域でUa=0.56)とほぼ同性能となります。

もっと高性能な住宅を作っているハウスメーカーさんや、工務店さんはたくさんありますので、数字単体ではさほど自慢できるようなものではなく、”まあまあ”だと思いますが、断熱性能を意識したわけではない今回のようなデザイン指向の高い住宅でも、この程度の高い性能値が普通に達成できていることには意味があるように思います。

もっとも、Ua値と同じくらいQ値も重要です。この違いの説明は省きますが、住まい手にとって十分な断熱性能を体感できるラインとして、個人的には「Q=1.9」程度というのを、5~6地域(東京・埼玉を中心としたエリア)での設計では目安にしてゆきたいと思っています。

また以下のグラフは、今回の住宅の自然室温のシュミレーション結果です。


一番上の、赤い実線がこの住宅のシュミレーションです。

自然室温というのは「無暖房」状態で、日中の太陽光等だけでどのくらいの室温になるかという数値になります。この住宅では、シュミレーション上では日中の太陽光だけで17度程度になることがわかります。

朝方、外気温が仮に2.8度程度まで下がったとすると、最も冷える時間帯で自然室温は約11度程度になります。赤い実線の下の点線で示されている線は、それよりも断熱性能が低い場合の想定値です。無暖房でこれだけのポテンシャルがあれば、ちょっとエアコンをつけるだけですぐに部屋が暖まるのではないかと思います。

もっとも、これらはあくまで机上計算によるもので、今後は現場での気密測定なども行い、施工要素による性能低下を防ぐといった取組みも検討課題となりそうです。


さて、こちらは建て主さんからのコメントです。
こちらはある意味、机上計算よりも重要なフィードバックとなります。

・秋口(寒くなりはじめ)は床暖房を使っておらず、エアコンも控えめだったので寒く感じることがあった。
・冬になってからは、エアコンと床暖房を朝30分程度稼働すれば、あとは消しても大丈夫。保温性が高いと感じる。
・路地側の木製建具の近くはやや冷気を感じる。
・床暖房は路地側の窓まわりのみつけている。奥のキッチン側はほとんどつけない。
・玄関周りが寒いので、廊下側とダイニングとを隔てるガラス戸を冬期は閉めている。
・吹き抜けの可倒手摺りは冬の冷気対策も兼ねていたが、冬期ここを閉じたことはない。むしろ開けておくことで、2階も同時に暖まり、1階と2階とで温度差を感じることがほとんどなくなる。
・部屋ごとの温度むらが少ない。特に2階はエアコンをつけることがほとんどない。


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路地側の製作の木製建具からの漏気はある程度想定はしていましたが、今回の住宅の設計趣旨を実現するためのメインアイテムでしたので仕方がないと思っています。

逆にここを木製建具にしたことで、春先~夏に全開放にして外と全力でつながる心地よさという”性能以上の快適性”を得ることができましたし、建て主さんも強く望んだ部分でしたので、私はこういう部分はあまり細かいことは考えず、大胆な設計判断を下すべき部分かなと思っています。

あとは玄関ですね。
こちらも、我々は既製の玄関戸などを使いませんので、玄関まわりは熱橋や漏気が発生しやすい部位になります。建具自体は製作する限りは気密性などに限界があるため、プランニングの工夫で玄関を別室にするなど、改善の余地はあると思います。

ただプラン的に今回のような玄関と一体となった廊下にせざるを得ないことも多々ありますよね。その場合は、今回のようにダイニング側にガラス戸などを仕込んで、必要に応じて引出して使うなども、デザインを犠牲にせずに快適性を向上させる工夫のひとつかもしれません。




冒頭に、以前「暖かいのはいいけど、家ってそれだけじゃないよね」という考えを持っていたと書きましたが、実のところその考えは今でも本質的にあまり変わっていません。

リオタデザインに設計を依頼される方は、高気密高断熱の住宅を建てたい!というより、デザインが好き!という方が圧倒的に多いので、我々はまずはそこに全力でお応えしたいと考えています。

でもデザインというのはけして表層的なものではなく、人の居心地や安心感というものに深く関わる部分です。ですからそこには、当然断熱性能や耐震性能も含まれるよねというのが我々のスタンスです。

これ見よがしの高性能住宅ではなく、軽装備に見えて、実は高性能。自然体に見えて実はすごい、みたいな。そんな”細マッチョな家”がいいなと思います。